2009年11月 アーカイブ
2009年11月30日 16時38分18秒 (Mon)
「お早う、フェルプス君。」
1966年(昭和41年)~1973年(昭和48年)迄放映されていた全171話からなるアメリカの人気TVドラマの、「MISSION:IMPOSSIBLE」(邦題「スパイ大作戦」)
のUpでゲス。
どうもネ、”原題”の「ミッション・・・」ってな響きだと、近年の映画の方を思い浮かべてしまってアカンですナ。(コノ事は「オーシャンズ11」と一緒。)
かなり以前にも「スパイ大作戦」についてはUpした事があったと思うんだけど、確かソノ時は、作品中に出演している「ローラン」役の「マーティン・ランドー」(出た!!!大好き)についてだったんじゃぁなかったっけなぁ。(違ったっけ?)
まぁイイや、そんなこんなでゲス。
「スパイ大作戦。
実行不可能な指令を受け、
頭脳と体力の限りをつくしてコレを遂行する、
プロフェッショナル達の秘密機関の活躍である。」
ってな”ナレーション”が、「ラロ・シフリン」(出た!!!大好き)のカッチョイイ”テーマ・ミュージック”に重なって始まるドラマですナ。
”当局”からの指令を受けた謎の組織の”リーダー”が立てた作戦を、”リーダー”及び選ばれたメンバーが遂行する姿を描いているでゲス。
んで、作戦はドラマ開始から終了迄をかけて行われる程”複雑”で、作戦遂行におけるチームワークの連携の良さがコノ作品の”大きな魅力”になっていましたナ。
基本的な話の流れは、
”リーダー”が当局からの指令を受ける。
↓
”リーダー”が作戦を立てて、メンバーを選ぶ。
↓
作戦会議の後に、作戦を開始する。
ってな感じでゲス。
作品自体は、全てにおいて任務に関係無い”会話”や”行動”は描いていないってのも”特長”ですナ。
ハイ、こんなところでゲス。
では、では。
2009年11月29日 11時57分29秒 (Sun)
「M-422A」
アメリカ海軍の”フライトJK”っていって先ず頭に浮かんでくるのが、「G−1」
でしょうかネ。
んで、今日Upするのは、ソノ「G−1」以前にアメリカ海軍が使用していた”フライトJK”の、
「M−422A」
についてでゲス。
コノ「M−422A」は、アメリカ海軍初の”インターミディエイテット・ゾーン(中温域)用フライトJK”の「M−422」の”後継モデル”で、1930年代後半に開発されて、WW2の初頭から終戦迄使用されていましたナ。
基本デザインは「M−422」のスタイルを継承していて、後のスペック「AN−6552」、「AN−J−3A」、んで1950年代のタイプ「G−1」へと続いていくアメリカ海軍航空隊の”レザーJKの基本形”になったんでゲス。
アメリカ陸軍は1907年に最初の航空隊を組織したんだけど、一方の海軍も飛行機には多大な興味を寄せていたんですナ。
アメリカ海軍が最初の飛行機を購入したのは1911年の事で、ソノ3年後の1914年に発生したメキシコとの紛争時には最初の”実戦任務”(主として偵察)に従事しているそうでゲス。
んでも、当時の海軍航空隊は陸軍と同様に満足な機材を保有してなくって、ソノ本格的発展はWW1突入後となったんですナ。
WW1後の1921年には海軍航空局が新設されて、翌22年には最初の航空母艦「ラングレー」が就役されるでゲス。
以後海軍航空隊は順調な発展を遂げて、次第に海軍戦力における地位を確固たるものとしていくのでしたナ。
初期の海軍航空隊が使用した”飛行服”は基本的に同時期の陸軍と同様の物で、通常の”制服”の上に”飛行帽”と”手袋”を着用するか、丈の長い”レザー・コート”、あるいは”革製オーバーオール”を着用する等のスタイルが見られたんでゲス。
残念な事に”海軍フライトJK”に関しては資料が極端に少なくって、ソノ概略の判然としない部分が多いんですヨ。
んでも、1930年代の末迄には基本スタイルが確立されていた事が”記録写真”等から確認出来るでゲス。
”海軍フライトJK”を便宜的に区分すると(1)軽装備(ライト)(2)中間装備(インターミディエイト)、(3)重装備(ヘヴィー)の”3種類”に分かれていて、陸軍航空隊の気温区分とほぼ同じ分類となってるんですヨ。
(1)の”軽装備JK”はコットン製で、WW2当時に使用された物としては「M−421」及び「Mー421A」が存在する他に、戦後に採用された物として「J−7758」が存在しているでゲス。
因みに、”JK”の型式名は海軍航空局が制定したスペックの番号なんですヨ。
(2)の”中間装備JK”としては1930年代に開発された「M−422」及び”改良型”の「M−422A」が、ソノ代表格なんだけど、コノ”JK”は1950年代に「G−1」の型式名を付けられて、陸軍航空隊の「A−2」と同様に海軍を象徴する”JK」となったんでゲス。
WW2終結後、アメリカ軍は陸軍航空隊から独立したかたちで空軍を結成して、WW2後に”ナイロン”を”フライトJK”の素材として導入したんだけど、”コレ”は海軍も例外じゃぁ無くって、1950年代後半に新型の”JK”を採用しているんですナ。
”コレ”が俗に言う「WEP」なんだけど、制式な名称は「ジャケット・スーツ・フライング・ウインター」で、”ジャケット”と”トラウザーズ”から構成されるアイテムとなっていたんでゲス。 ところで「WEP」っていうのはスペックを制定した”海軍兵器局の略称”の事ですヨ。
んで、最後が(3)の”重装備JK”なんだけど、”コレ”は”冬期用フライトJK”で、ソノ素材には陸軍航空隊と同様に”羊皮”が使用されていたでゲス。 海軍が使用した”冬期用JK”には「Mー445」、「Mー445A」、あと「Mー445B」が存在するんだけど、コレ等の型式名(実際はスペック)の後に付けられた”A”と”B”はスペックに変更が加えられた事を示すもので、基本的には同じシリーズの”フライトJK”ですナ
。 尚、「M−445」は、同じく”羊皮”製の「M−446トラウザーズ」とセットで使用されているんでゲス。
又、”羊皮”を使用した”冬期用JK”には「Mー444」が存在するんだけど、”コレ”は”冬期用軽量型JK”として「M−445」とは区別されていたんですヨ。
両者の関係はちょうど陸軍航空隊の「B−3」と「B−6」に酷似していて、あるいはソノ開発経緯も同様だったと想像されるでゲス。
さて、話は戻って「M−422A」を、俺は”2着”持っているんだけど、1着はペイントが施されているんだけど”裏地”も”フライス(リヴ)”も付け替えられている物(サイズ38)で、もう1着は、ほぼ”完品”(サイズ34)ですナ。
赤みを帯びた”ライナー(裏地)”がカッチョイイ、”インター・ライニング”にゃぁ”ラバー・エキスパンダー”が内蔵されているので、”着心地”がグンバツでゲス。
どちらも「ゴードン&ファーガソン」社製のモデルですナ。
ハイ、今日は以上でゲス。 んじゃぁ、又。
2009年11月28日 11時40分03秒 (Sat)
「タイガーマスク」と「よせばいいのに」の以外な関係
先日、車を走らせていた時(午後1時頃)に”カー・ラジオ”から、”白いマットの ジャングルに
今日も嵐が 吹き荒れる
ルール無用の悪党に
正義のパンチを ブチかませ
行け! 行け! タイガー!(タイガー!)
タ~イガァマ~ス~クゥ~!”
って流れてきたんでゲス。
俺達世代の人には直ぐに判るでしょうが”コレ”って、昭和44年(1969年)10月2日~昭和46年(1971年)9月30日迄、全105話を「NTV」局系列「よみうりテレビ」局系列で放映されていたTVアニメの、
「タイガーマスク」
の ”主題歌”、
「行け!タイガーマスク」
ですナ。
んで、コノ曲を唄っているのは、「新田洋」っていう人と「スクールメイツ」なんだそうでゲス。
コノ「新田洋」殿ってのは、大阪府堺市出身で本名を「泉谷 広」っていうんですヨ。 皆さんは、あんまり関心が無いかもしれないんだけど、チョット” 略歴”をUpすると、昭和40年(1965年)「ナベプロ」社の新人オーディションに合格しって”芸能界入り”をしたんでゲス。
昭和44年(1969年)に「新田洋/スクールメイツ」名義でTVアニメ「タイガーマスク」の”主題歌”を担当しましたナ。
昭和48年(1973年)に「ナベプロ」社を退社して、「ムード歌謡」の代表的グループの1つである「敏いとうとハッピー&ブルー」に「森本英世」の”芸名”で”リード・ボーカル”として参加したそうでゲス。
昭和58年(1983年)に先出の「敏いとうとハッピー&ブルー」から脱退して、”ソロ歌手”としての活動を開始したそうですヨ。
って事は、”アノ”「行け!タイガーマスク」と、「わたし祈ってます」、「よせばいいのに」は、
”同一人物が唄っていた。”
って事なんですネ。
もう1つ踏み込んでみると、「タイガーマスク」の”エンディング曲”の、
「みなし児のバラード」
も、唄っていたのは”同一人物”だったんでゲス。
子供の頃に大好きだった「TV漫画」(当時は未だ”アニメ”って言って無かった。)は、「天才バカボン」、「妖怪人間ベム」、「ルパン3世」と、コノ「タイガーマスク」だった俺としては、大変に”面白い情報”だったので、Upしない訳にはいかなかったんですナ。
まぁ、こんなところでしょうかネ。 んじゃぁ、コレにて。
2009年11月27日 13時46分18秒 (Fri)
国産ロングセラー物は”ライフスタイル確立に大きな役割を果たした”とは言い過ぎかなぁ。
1960年代に生まれた”ロングセラー製品”が日本人の、 ”ライフスタイル確立に大きな役割を果たした” って言うのはチョイと言い過ぎでしょうかネ。 高度経済成長の中、工業が発達して”都市生活者”が増えてくる1960年代は、現在の日本人の”ライフスタイル”が形成されていく時代でもあったんでゲス。 ”豊かな暮らしを夢見て、皆が一生懸命働いた時代” って、俺(1965年生まれ)は聞いているんですナ。
とはいえ、”身体がダルい”って不調を訴える人の多かった様で、”栄養剤”が大変売れたそうでゲス。
最初は”錠剤”、次に”アンプル剤”が登場しましたナ。
んで、「リポビタンD」に代表される”ドリンク剤”が、コノ1960年代に登場したんでゲス。
「オロナミンC」も、ソノ流れの製品なんだけど、”炭酸入り”で薬臭く無い”手軽さ”で人気になったんですナ。(俺は炭酸が苦手なので、未だ飲んだ事が無い。)
話は変わって、”ダイニング・テーブル”で食事をする家庭も多くなって、食卓周りの小道具も”ソレ”に合わせて変化していったんでゲス。
赤いキャップ兼注ぎ口の「キッコーマン」醤油も、ソノ頃に登場してきましたナ。 当時の人々には”醤油”が洋風のデザインを纏って新鮮に映った事でしょうネ。 んでも、未だ食事は貧しかった様で、バナナは”高級果物”だったし、「カルピス」だって”特別な日”にしか飲めなかったみたいでゲス。
海老の香りがする「かっぱえびせん」は手軽にリッチな気分が味わえて、飽きが来ないので”大ヒット”しましたナ。
1968年に”世界初のレトルト食品”として発売された「ボンカレー」は、当時1個80円だったそうで、”甘口”、”中辛”、”辛口”の3種類があったでゲス。 又、話は変わって”男性用整髪料”もソレ以前は”ポマード”や”チック”っていうので、ソレこそ”一糸乱れぬ”感じに塗り固めていたのに、1960年代に入るとガラリと様子を変えてくるんですナ。
ベタベタ、ガチガチの髪型は”古い”ってな訳で、ベトつかず、光らず、サラリと仕上げるモノが求められだしたんでゲス。 (俺は、どっちも好き)
丁度ソノ頃流行だした”アイビー・ルック”に似合うは”短髪の7:3分け”で、”コレ”をカッチョ良くキメるにゃぁソフトな感覚の”リキッド・タイプ”が必要とされたんでしたナ。
先ず「ライオン」社から1962年に「ヴァイタリス」が発売されて、翌63年には「資生堂」社から「MG5」が発売されたでゲス。
「MG5」はカッチョイイCMとボトル・デザインで”大人気”になったそうですナ。 んで、ココから”男性化粧品”のブームが始まったんだけど、本当のブームを迎えるのは1967年からだったそうでゲス。

ってな訳で、今日はココ迄ですナ。 んじゃぁ又。
2009年11月26日 12時36分54秒 (Thu)
「BEND OF THE RIVER」
あのサ、期限が無い”引越し”って、いつ迄経っても終らないモノですナ。 まぁ、期限が無いのでコレといって慌てている訳じゃぁ無いんだけど、”物を多く持ち過ぎ”の俺としては、いつ迄経っても収拾がつかないのはチョット厄介でもあるでゲス。
そんな事はさて置いて、今日Upするのは映画の、
「BEND OF THE RIVER」1951年(邦題「怒りの河」)
ですヨ。
監督は、「アンソニー・マン」
出演は、「ジェームズ・スチュアート」、「アーサー・ケネディ」、「ジュリー・アダムス」、「ロック・ハドソン」、「ロリー・ネルソン」等など。
・・・かつてはミズーリ州境の無法者で、今はオレゴン州奥地へ移動する開拓団の誠実な”道案内人”を勤める「グリン・マクリントック(ジェイムズ・スチュワート)」が、今しリンチという間際を救った男は、コレも名代の無法者「エマースン・コール(アーサー・ケネディ)」だったんでゲス。
無法者同志の奇妙な友情は、襲来したインディアンを協力して退けた事等からいよいよ深まったんだけど、ポートランド到着と共に「コール」は土地の顔役「ヘンドリックス」の賭場に居付いて、幌馬車隊はインディアンの矢に傷ついた隊長「ジェレミー」の娘「ローラ(ジュリー・アダムス)」を治療の為に残して出発したんですナ。
開墾第1年の冬が迫って、「ヘンドリックス」と契約した食料の未着を怪しんで再びポートランドに現われた「ジェレミー」と「グリン」は、意外にも砂金景気に湧く町の有様を見たんでゲス。
彼等の食料は砂金堀の山男達に売られかけていたのでしたナ。
「コール」と「ローラ」の妹「マージー」の愛人「トレイ(ロック・ハドソン)」の協力で食料を奪取した彼等は、追跡する「ヘンドリックス」一味をも壊滅させたんでゲス。
んでも、件の食料を金堀の飯場に売れば莫大な利益になる事を知った「コール」は人夫達と謀り、詭計をもって「グリン」を丸腰にして・・・。
「マン」監督&「スチュアート」って、コノ作品以前に、
「WINCHESTER ’73」1950年(邦題「ウィンチェスター銃’73」)
があるし、コノ作品以降にも、
「THE NAKED SPUR」1953年(邦題「裸の拍車」)
「THE GLENN MILLER STORY」1953年(邦題「グレン・ミラー物語」)
「THE MAN FROM LARAMIE」1955年(邦題「ララミーから来た男 」)
って続く(内「グレン・ミラー・・・」以外は「西部劇」)んでゲス。
コノ頃以前の「スチュアート」って、 ”ヌーボー都会人” ってな、”今1つ頼り無いイメージ”だったけど、コノ辺りの作品から一切ソノ感が無くなりましたナ。
コレも「マン」監督の”表現センス”からなのか「スチュアート」が”変化”したからなのか、俺には判らないでゲス。
んで、作品的には先出の「ウィンチェスター銃’73」の方が好きなんだけど、こっちの「怒りの河」は出演メンツがイイので好きでもあるんですヨ。
アノ「大アマゾンの半魚人」に出演していた「ジュリー・アダムス」(大好き!!!)は、多分デビュー作じゃぁないかと思うんだけど、違うかなぁ。
あと、作品中で「スチュアート」が着用しているグリーン色の”コットンJK”(「リヴァイ」社の1st「506」に似た物)がカッチョイイでゲス。
まぁ、こんなところでしょうかネ。
んじゃぁ、コレにて。
プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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