2011年12月 アーカイブ
2011年12月30日 20時07分35秒 (Fri)
可愛いなぁ。
以前にUpした映画の「非情の町」に出演していた、
「CHRISTINE KAUFMANN」
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についてでゲス。
1945年1月11日生まれで、ドイツ人の父親とフランス人の母親を持つオーストリア出身のドイツ女優さんですナ。
子供の頃から”バレリーナ”として「オペラ」等に出演していて、7歳の時から映画に出始めたんでゲス。
「KLEINES HERZ IN GROBER NOT」1958年(邦題「幼な心」)

で主演して、可憐な「クリスティーネ」は”清純派美少女スター”として絶大な人気を誇りましたナ。
ソノ後にハリウッドにも進出して期待されたんだけど、
「TARAS BULBA」1962年(邦題「隊長ブーリバ」)

で共演したアメリカの俳優「トニー・カーティス」と18歳の若さで結婚して、結婚後は映画界から遠ざかって2人の娘(「トニー」の前妻「ジェイミー・リー・カーティス」の異母妹)をもうけたが1968年に離婚をしたんでゲス。
ソノ後、本格的に女優に復帰して、現在はドイツのTVドラマや映画で活躍して、又、舞台にも出演しているそうですナ。
アノ、俺ネ、そんな「クリスティーネ」が出演している映画って3作しか観た事が無くって、”ソレ”は、
「THE LAST DAY OF POMPEII」1960年(邦題「ポンペイ最後の日」)
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と、先出の、
「TOWN WITHOUT PITY」1961年(邦題「非情の町」)

”ソレ”とコレも先出の、
「TARAS BULBA」1962年(邦題「隊長ブーリバ」)
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なんでゲス。
なので近年に「クリスティーネ」が出演している作品は観た事は無いんだけど、今回色々と調べていて映画のスナップを見たら当然オバサンになってたけど、イイ感じだったですナ。
あと、自分の”コスメティック・ブランド”を持っていて、美容に関する本も何冊か書いている様でゲス。

さてさて、こんなところでゲス。
んじゃぁ、コレにて。
では、では。




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「CHRISTINE KAUFMANN」
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についてでゲス。
1945年1月11日生まれで、ドイツ人の父親とフランス人の母親を持つオーストリア出身のドイツ女優さんですナ。
子供の頃から”バレリーナ”として「オペラ」等に出演していて、7歳の時から映画に出始めたんでゲス。
「KLEINES HERZ IN GROBER NOT」1958年(邦題「幼な心」)

で主演して、可憐な「クリスティーネ」は”清純派美少女スター”として絶大な人気を誇りましたナ。
ソノ後にハリウッドにも進出して期待されたんだけど、
「TARAS BULBA」1962年(邦題「隊長ブーリバ」)

で共演したアメリカの俳優「トニー・カーティス」と18歳の若さで結婚して、結婚後は映画界から遠ざかって2人の娘(「トニー」の前妻「ジェイミー・リー・カーティス」の異母妹)をもうけたが1968年に離婚をしたんでゲス。
ソノ後、本格的に女優に復帰して、現在はドイツのTVドラマや映画で活躍して、又、舞台にも出演しているそうですナ。
アノ、俺ネ、そんな「クリスティーネ」が出演している映画って3作しか観た事が無くって、”ソレ”は、
「THE LAST DAY OF POMPEII」1960年(邦題「ポンペイ最後の日」)
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と、先出の、
「TOWN WITHOUT PITY」1961年(邦題「非情の町」)

”ソレ”とコレも先出の、
「TARAS BULBA」1962年(邦題「隊長ブーリバ」)
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なんでゲス。
なので近年に「クリスティーネ」が出演している作品は観た事は無いんだけど、今回色々と調べていて映画のスナップを見たら当然オバサンになってたけど、イイ感じだったですナ。
あと、自分の”コスメティック・ブランド”を持っていて、美容に関する本も何冊か書いている様でゲス。

さてさて、こんなところでゲス。
んじゃぁ、コレにて。
では、では。




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2011年12月28日 20時40分37秒 (Wed)
「ボギー」を見直した作品
俺ネ、正直なところ長い間、
「HUMPHREY BOGART」(「ボギー」)
っていう俳優が、何で”人気がある”のかがサッパリ解からなかったんでゲス。
”シブイ”とか、”ダンディ”とか言われていたんだけど、俺が「ボギー」の存在を知ったのは、子供の頃に「沢田研二(「ジュリー」)」殿が歌っていた「カサブランカ・ダンディ」っていう歌なんだよなぁ。
当時は「ジュリー」が歌った「勝手にしやがれ」がヒットした後で、子供の俺達にも人気があったので、コノ「カサブランカ・・・」の歌の中に登場する「ボギー」っていう人物にもチョッと関心があってソノ後に「ボギー」を知る事になるんですナ。
んでも、俺からすれば”タダ顔が長いオッサン”なだけだったんでゲス。
”ソレ”から程なくして映画の、
「CASABLANCA」1943年(邦題「カサブランカ」)

を観たんだけど、ヤッパリ”「ボギー」の好さ”が解からなくって、作品の印象は共演の「イングリッド・バーグマン」がアップになると”紗”がかかっていた事位だったんですナ。
ところが、ある日「ボギー」が出演している作品を観て、今まで抱いていたイメージが一気に吹っ飛んだんでゲス。
”ソノ”作品は、
「THE DESPERATE HOURS」1955年(邦題「必死の逃亡者」)

で、
監督が、「ウィリアム・ワイラー」
出演が、「ボギー」、「フレデリック・マーチ」、「メリー・マーフィ」、「マーサ・スコット」、「デューイ・マーティン」、「ロバート・ハミルトン」、「アーサー・ケネディ」、「ギグ・ヤング」等。
コノ作品はアメリカで実際に起きた”事件”に基づいて「ジョセフ・ヘイズ」が小説化をして”ソレ”を読んだ「ワイラー」監督が映画化をして出来た作品なんですナ。
んで、いったいどんな”事件”なのかというのは、かなりストーリーを語ってしまう事になるのでUpはしないでゲス。
「ボギー」の役どころは”3人組のボス”とだけUpしておきますナ。

それで、ソノ役の「ボギー」がイイんでゲス。
正直、”アカン奴”なんだよネ。
本来”悪役上がり”の「ボギー」は、コノ線の方が”冴える”ネ。
本当に”見直した”もんなぁ。
コノ作品を観た後に同年制作の、
「WE’RE NO ANGELS」1955年(邦題「俺たちは天使じゃない」)

を観たんだけど、コレも好かったなぁ。
んで、俺が観て思ったのは、「ボギー」は”格好付け”て”粋なセリフ”を言うよりも、”ドウニモコウニモなダメ男(犯罪者)役”の方が”冴える”んじゃぁないかって事ネ。
んじゃぁ、コレで。





「HUMPHREY BOGART」(「ボギー」)
っていう俳優が、何で”人気がある”のかがサッパリ解からなかったんでゲス。
”シブイ”とか、”ダンディ”とか言われていたんだけど、俺が「ボギー」の存在を知ったのは、子供の頃に「沢田研二(「ジュリー」)」殿が歌っていた「カサブランカ・ダンディ」っていう歌なんだよなぁ。
当時は「ジュリー」が歌った「勝手にしやがれ」がヒットした後で、子供の俺達にも人気があったので、コノ「カサブランカ・・・」の歌の中に登場する「ボギー」っていう人物にもチョッと関心があってソノ後に「ボギー」を知る事になるんですナ。
んでも、俺からすれば”タダ顔が長いオッサン”なだけだったんでゲス。
”ソレ”から程なくして映画の、
「CASABLANCA」1943年(邦題「カサブランカ」)

を観たんだけど、ヤッパリ”「ボギー」の好さ”が解からなくって、作品の印象は共演の「イングリッド・バーグマン」がアップになると”紗”がかかっていた事位だったんですナ。
ところが、ある日「ボギー」が出演している作品を観て、今まで抱いていたイメージが一気に吹っ飛んだんでゲス。
”ソノ”作品は、
「THE DESPERATE HOURS」1955年(邦題「必死の逃亡者」)

で、
監督が、「ウィリアム・ワイラー」
出演が、「ボギー」、「フレデリック・マーチ」、「メリー・マーフィ」、「マーサ・スコット」、「デューイ・マーティン」、「ロバート・ハミルトン」、「アーサー・ケネディ」、「ギグ・ヤング」等。
コノ作品はアメリカで実際に起きた”事件”に基づいて「ジョセフ・ヘイズ」が小説化をして”ソレ”を読んだ「ワイラー」監督が映画化をして出来た作品なんですナ。
んで、いったいどんな”事件”なのかというのは、かなりストーリーを語ってしまう事になるのでUpはしないでゲス。
「ボギー」の役どころは”3人組のボス”とだけUpしておきますナ。

それで、ソノ役の「ボギー」がイイんでゲス。
正直、”アカン奴”なんだよネ。
本来”悪役上がり”の「ボギー」は、コノ線の方が”冴える”ネ。
本当に”見直した”もんなぁ。
コノ作品を観た後に同年制作の、
「WE’RE NO ANGELS」1955年(邦題「俺たちは天使じゃない」)

を観たんだけど、コレも好かったなぁ。
んで、俺が観て思ったのは、「ボギー」は”格好付け”て”粋なセリフ”を言うよりも、”ドウニモコウニモなダメ男(犯罪者)役”の方が”冴える”んじゃぁないかって事ネ。
んじゃぁ、コレで。





2011年12月27日 12時45分35秒 (Tue)
「HUGH HEFNER」
俺が思うところの、
”数少ない「BEAT」を感じる男性”
でゲス。
「HUGH HEFNER」

って知ってますかネ。
アノ、雑誌の「PLAYBOY」の発刊者でアメリカの実業家でゲス。
1926年4月9日アメリカ中西部のシカゴでドイツ系とアイルランド系の家庭に生まれて、高校卒業後に徴兵されてアメリカ陸軍に入隊してWW2中に軍役に就いていますナ。
WW2後「イリノイ大学」に進学して、更に1949年には「ノースウェスタン大学」に入学しているんでゲス。
ソノ後「エスクァイア」誌等で”ライター”を務めて、1953年9月に「PLAYBOY」誌を発刊するんですナ。

ソノ後同誌は豊満な女性のヌード・グラビアと読み応えのある記事を売り物に、アメリカ国内だけでなく世界的にも高い評価を受けて、ソノ後同社は「プレイボーイ・クラブ」の経営等の”多角化”を進めて、同時に「へフナー」も「PLAYBOY」誌の”顔”として各種メディアに(多くの”プレイ・メイト”と共に)登場する事になりましたナ。

ところで、当初「PLAYBOY」誌のタイトルは「スタッグ・パーティ」(「男ばかりの会合」の意)になる予定だったらしいんでゲス。
んでも、ソレ迄まるで関わりのなかったアウトドア誌の「スタッグ」(“男子専科”の意)から「ヘフナー」に接触があって、もしソノ名前で雑誌を販売するなら、自分たちの登録商標を守るべく法的措置をとるつもりだと告げられたんですナ。
「ヘフナー」と、共同設立者で”取締役副社長”の「エルドン・セラーズ」は、会ってコノ問題を話し合い”コレ”に代わる新しい名前を考えたんでゲス。
ニューヨーク州バッファローで1947年~51年迄、自動車を製造していた「プレイボーイ自動車会社」に母親が勤めていた「セラーズ」が、新しいタイトルに「PLAYBOY」はどうかと提案したんですナ。
こんなエピソードがありますヨ。
創刊号出版にあたり、第2弾が出せるのか「ヘフナー」には確信が持てなかったこともあって1953年9月に発行された創刊号には日付が入っていないんでゲス。

初めての中綴じグラビア写真は「ノーマ・ジーン」(後の「マリリン・モンロー」)だったんだけど、ソノ写真は彼女が”カレンダー用”に撮影したものの流用で「PLAYBOY」誌の為の”撮りおろし”じゃぁなかったんだけど創刊号は即座に話題となって”数週間で売り切れ”となったんですナ。
1冊の値段は”50セント”で、発行部数は”53991部”で、2002年には”新品未使用”もしくは”新品同様”と謳われた”創刊号”が5000ドル以上で売れた事もあるんでゲス。

”タキシード”の”蝶ネクタイ”をつけたウサギの横顔を図案化したロゴ(ラビット・ヘッド)は、”アート・デザイナー”の「アート・ポール」が雑誌2号目の為にデザインしたもので、以来ロゴは毎号掲載されるようになり、コノ雑誌について常に交わされた笑い話は、
「ウサギのロゴは、表紙の絵や写真のどこに隠れているでしょう?」
っていうモノだったし、「ヘフナー」は、ウサギには“快活で、遊び心や茶目っ気がある”というイメージから、
”ユーモラスであり、セクシーさの象徴”
としてウサギをマスコットに選んだと語っていますナ。(ウサギは哺乳類の中で最も繁殖力の強い生物でゲス。)
コノ”ラビット・ヘッド”は色々なジャンルのデザインで採用されている事があり、アメリカ海軍の「VX-4」飛行隊に属する「F-14」トムキャット、「F-4」の尾翼に”ラビット・ヘッド”が描かれた例もありますナ。
コノ雑誌の成功により、出版元はあらゆるメディアに広がる 「PLAYBOY ENTERPRISES、Inc. 」に成長していくんでゲス。
んで、現在「PLAYBOY」は世界でも”最も知られたブランドのひ1つ”で、合衆国内の旗艦誌に加えて各国特別版が全世界で発行されていますヨ。
内容は、”女性のヌード写真”に加えて”ファッション”、”スポーツ”、”有名人のトピック”や、著名な作家(「アーサー・C・クラーク」等)による”短編小説”等を掲載して、ソノ他にも政治上の係争点についてリベラルな見解を表明する事でも知られているんでゲス。
「PLAYBOY」の”趣味が良くって質の高い”ヌード写真は、ライバル誌である「ペントハウス」と共に、1970年代から創刊された”ハードコア”なポルノ雑誌に対して”ソフトコア”と分類される事もある(ココが重要)んですナ。
んでサ、「バニー・ガール」っていう言葉があるでしょ。
本来「バニー・ガール」っていうのは、雑誌「PLAYBOY」との連動企画で運営された高級クラブ「プレイボーイ・クラブ」の”ウエイトレス衣装”として考案されて、「PLAYBOY」のマークの、ラビット・ヘッド(ウサギの頭)を題材にしているんでゲス。

俺は「PLAYBOY」っていう言葉が大好きで、”コレ”には”女遊び好き”とか、”ギャンブル好き”なんていう意味もあるんだけど、俺は
”粋なオトナの趣味人”
ってな感じで受け止めていますナ。
そう言えば、TV番組の「11PM」も初期の頃は、そんなイメージでイカした番組だったなぁ。
んじゃぁ、コノ辺で。
では、では。


”数少ない「BEAT」を感じる男性”
でゲス。
「HUGH HEFNER」

って知ってますかネ。
アノ、雑誌の「PLAYBOY」の発刊者でアメリカの実業家でゲス。
1926年4月9日アメリカ中西部のシカゴでドイツ系とアイルランド系の家庭に生まれて、高校卒業後に徴兵されてアメリカ陸軍に入隊してWW2中に軍役に就いていますナ。
WW2後「イリノイ大学」に進学して、更に1949年には「ノースウェスタン大学」に入学しているんでゲス。
ソノ後「エスクァイア」誌等で”ライター”を務めて、1953年9月に「PLAYBOY」誌を発刊するんですナ。

ソノ後同誌は豊満な女性のヌード・グラビアと読み応えのある記事を売り物に、アメリカ国内だけでなく世界的にも高い評価を受けて、ソノ後同社は「プレイボーイ・クラブ」の経営等の”多角化”を進めて、同時に「へフナー」も「PLAYBOY」誌の”顔”として各種メディアに(多くの”プレイ・メイト”と共に)登場する事になりましたナ。

ところで、当初「PLAYBOY」誌のタイトルは「スタッグ・パーティ」(「男ばかりの会合」の意)になる予定だったらしいんでゲス。
んでも、ソレ迄まるで関わりのなかったアウトドア誌の「スタッグ」(“男子専科”の意)から「ヘフナー」に接触があって、もしソノ名前で雑誌を販売するなら、自分たちの登録商標を守るべく法的措置をとるつもりだと告げられたんですナ。
「ヘフナー」と、共同設立者で”取締役副社長”の「エルドン・セラーズ」は、会ってコノ問題を話し合い”コレ”に代わる新しい名前を考えたんでゲス。
ニューヨーク州バッファローで1947年~51年迄、自動車を製造していた「プレイボーイ自動車会社」に母親が勤めていた「セラーズ」が、新しいタイトルに「PLAYBOY」はどうかと提案したんですナ。
こんなエピソードがありますヨ。
創刊号出版にあたり、第2弾が出せるのか「ヘフナー」には確信が持てなかったこともあって1953年9月に発行された創刊号には日付が入っていないんでゲス。

初めての中綴じグラビア写真は「ノーマ・ジーン」(後の「マリリン・モンロー」)だったんだけど、ソノ写真は彼女が”カレンダー用”に撮影したものの流用で「PLAYBOY」誌の為の”撮りおろし”じゃぁなかったんだけど創刊号は即座に話題となって”数週間で売り切れ”となったんですナ。
1冊の値段は”50セント”で、発行部数は”53991部”で、2002年には”新品未使用”もしくは”新品同様”と謳われた”創刊号”が5000ドル以上で売れた事もあるんでゲス。

”タキシード”の”蝶ネクタイ”をつけたウサギの横顔を図案化したロゴ(ラビット・ヘッド)は、”アート・デザイナー”の「アート・ポール」が雑誌2号目の為にデザインしたもので、以来ロゴは毎号掲載されるようになり、コノ雑誌について常に交わされた笑い話は、
「ウサギのロゴは、表紙の絵や写真のどこに隠れているでしょう?」
っていうモノだったし、「ヘフナー」は、ウサギには“快活で、遊び心や茶目っ気がある”というイメージから、
”ユーモラスであり、セクシーさの象徴”
としてウサギをマスコットに選んだと語っていますナ。(ウサギは哺乳類の中で最も繁殖力の強い生物でゲス。)
コノ”ラビット・ヘッド”は色々なジャンルのデザインで採用されている事があり、アメリカ海軍の「VX-4」飛行隊に属する「F-14」トムキャット、「F-4」の尾翼に”ラビット・ヘッド”が描かれた例もありますナ。
コノ雑誌の成功により、出版元はあらゆるメディアに広がる 「PLAYBOY ENTERPRISES、Inc. 」に成長していくんでゲス。
んで、現在「PLAYBOY」は世界でも”最も知られたブランドのひ1つ”で、合衆国内の旗艦誌に加えて各国特別版が全世界で発行されていますヨ。
内容は、”女性のヌード写真”に加えて”ファッション”、”スポーツ”、”有名人のトピック”や、著名な作家(「アーサー・C・クラーク」等)による”短編小説”等を掲載して、ソノ他にも政治上の係争点についてリベラルな見解を表明する事でも知られているんでゲス。
「PLAYBOY」の”趣味が良くって質の高い”ヌード写真は、ライバル誌である「ペントハウス」と共に、1970年代から創刊された”ハードコア”なポルノ雑誌に対して”ソフトコア”と分類される事もある(ココが重要)んですナ。
んでサ、「バニー・ガール」っていう言葉があるでしょ。
本来「バニー・ガール」っていうのは、雑誌「PLAYBOY」との連動企画で運営された高級クラブ「プレイボーイ・クラブ」の”ウエイトレス衣装”として考案されて、「PLAYBOY」のマークの、ラビット・ヘッド(ウサギの頭)を題材にしているんでゲス。

俺は「PLAYBOY」っていう言葉が大好きで、”コレ”には”女遊び好き”とか、”ギャンブル好き”なんていう意味もあるんだけど、俺は
”粋なオトナの趣味人”
ってな感じで受け止めていますナ。
そう言えば、TV番組の「11PM」も初期の頃は、そんなイメージでイカした番組だったなぁ。
んじゃぁ、コノ辺で。
では、では。


2011年12月26日 0時15分12秒 (Mon)
「STEVE CROPPER」
カッチョ良過ぎ!!!
「BOOKER T. & THE MGs」

の”ギタリスト”、
「STEVE CROPPER」

でゲス。
”1等賞”に大好きな”ギタリスト”ですヨ。
「ソウル・ミュージック」ってな音楽の”リアルネス”を生み出していった「ザ・MGズ」が”黒人”と”白人”の混成だった事は驚くべき事であり、したがって逆に、
”音楽を作っていく事に肌の色なんか全く関係ない。”
っていう事を証明してくれたんですナ。

1941年10月21日ミズーリ州生まれで、幼い頃にラジオから流れてくる「カントリー・ミュージック」をごく自然にインプットして、メンフィスに引越して10歳代を迎えると、同地のラジオから今度は「リズムンブルーズ」にのめり込んで15歳で”ギター”を手にするんでゲス。
「ソウル・ミュージック」が形成される上で「カントリー・ミュージック」が”重要な要素”だとは言われるんだけど、”ソレを地で行く”が如く突っ走っていくんですナ。
メンフィスに来て初めて黒人を見たっていう「スティーヴ」が”人種差別”っていう意識を全く持っていない人間だったってな事も大きい要因だとも思いますナ。
あと、”録音エンジニアリング”にも精通していたので、「テレキャス」1本で多彩なサウンドを生み出す術にも長けていたんでゲス。

・・・1962年の夏が始まろうとする、とある日曜日の昼下がりテネシー州メンフィスの町外れの映画館を改造した床の傾いた録音スタジオで、 ”バック・ミュージシャン”の仕事を終えた男達は何気なくジャム・セッションに興じていたんですナ。
”ギター”を弾いていた20歳の「スティーヴ」が、ふと思いついて、
「コノ間のブルーズ、チョッと演ってみて。」
って”オルガン”に向かって言うと、17歳の「ブッカー・T」がソノ頃よくふざけてプレイしていたフレーズをリフレインさせたんでゲス。
「スティーヴ」が合いの手を入れて、ドラムスの「アル」、ベースの「ルイー」もそれぞれ絡んでいって、オフ・ビート気味に刻まれた”ラフ”で”怪し気”なグルーヴが、何だかエラく”ヒップ”でイイ感じになったんですヨ。
コノ日初めて4人全員が顔を揃えたとは思えないノリの良さ・・・。
こんな感じで出来上がった曲がソノ数週間後に”全米ブラック・チャート”を制覇し、「スタックス/ヴォルト」レーベルにとって記念すべき”最初のNo.1”ヒット 、
「GREEN ONIONS」
でゲス。

んで、そんな「ザ・MGズ」は「スタックス/ヴォルト」レーベルの”ハウス・ミュージシャン”でもあり、「スティーヴ」自身は”音楽監督”的存在として「オーティス・レディング」、「エディ・フロイド」等の多くの”シンガー”を”ギター”と”曲作り”で支えていましたナ。
弾きまくる以上に、さりげないカッティングやメロディの間をすり抜ける様なオブリガートで個性を表出して、「メンフィス・ソウル・ミュージック」にスパイスを加えた、
”七味ギター”
っとでも表現しようか、”薬味の美味しさ”を知っている”ギタリスト”でゲス。
まぁ、こんなところかなぁ。
では、では。






「BOOKER T. & THE MGs」

の”ギタリスト”、
「STEVE CROPPER」

でゲス。
”1等賞”に大好きな”ギタリスト”ですヨ。
「ソウル・ミュージック」ってな音楽の”リアルネス”を生み出していった「ザ・MGズ」が”黒人”と”白人”の混成だった事は驚くべき事であり、したがって逆に、
”音楽を作っていく事に肌の色なんか全く関係ない。”
っていう事を証明してくれたんですナ。

1941年10月21日ミズーリ州生まれで、幼い頃にラジオから流れてくる「カントリー・ミュージック」をごく自然にインプットして、メンフィスに引越して10歳代を迎えると、同地のラジオから今度は「リズムンブルーズ」にのめり込んで15歳で”ギター”を手にするんでゲス。
「ソウル・ミュージック」が形成される上で「カントリー・ミュージック」が”重要な要素”だとは言われるんだけど、”ソレを地で行く”が如く突っ走っていくんですナ。
メンフィスに来て初めて黒人を見たっていう「スティーヴ」が”人種差別”っていう意識を全く持っていない人間だったってな事も大きい要因だとも思いますナ。
あと、”録音エンジニアリング”にも精通していたので、「テレキャス」1本で多彩なサウンドを生み出す術にも長けていたんでゲス。

・・・1962年の夏が始まろうとする、とある日曜日の昼下がりテネシー州メンフィスの町外れの映画館を改造した床の傾いた録音スタジオで、 ”バック・ミュージシャン”の仕事を終えた男達は何気なくジャム・セッションに興じていたんですナ。
”ギター”を弾いていた20歳の「スティーヴ」が、ふと思いついて、
「コノ間のブルーズ、チョッと演ってみて。」
って”オルガン”に向かって言うと、17歳の「ブッカー・T」がソノ頃よくふざけてプレイしていたフレーズをリフレインさせたんでゲス。
「スティーヴ」が合いの手を入れて、ドラムスの「アル」、ベースの「ルイー」もそれぞれ絡んでいって、オフ・ビート気味に刻まれた”ラフ”で”怪し気”なグルーヴが、何だかエラく”ヒップ”でイイ感じになったんですヨ。
コノ日初めて4人全員が顔を揃えたとは思えないノリの良さ・・・。
こんな感じで出来上がった曲がソノ数週間後に”全米ブラック・チャート”を制覇し、「スタックス/ヴォルト」レーベルにとって記念すべき”最初のNo.1”ヒット 、
「GREEN ONIONS」
でゲス。

んで、そんな「ザ・MGズ」は「スタックス/ヴォルト」レーベルの”ハウス・ミュージシャン”でもあり、「スティーヴ」自身は”音楽監督”的存在として「オーティス・レディング」、「エディ・フロイド」等の多くの”シンガー”を”ギター”と”曲作り”で支えていましたナ。
弾きまくる以上に、さりげないカッティングやメロディの間をすり抜ける様なオブリガートで個性を表出して、「メンフィス・ソウル・ミュージック」にスパイスを加えた、
”七味ギター”
っとでも表現しようか、”薬味の美味しさ”を知っている”ギタリスト”でゲス。
まぁ、こんなところかなぁ。
では、では。






2011年12月24日 12時39分19秒 (Sat)
「BUS STOP」
寒いので「B-3」を着て出勤をしましたナ。
まぁ、イイでゲス。
ってか、チョットだけ関係があるかもなぁ。
先日Upした「ザ・ホリーズ」や、「平浩二」殿のヒット曲のタイトルでもあるんだけど、今回の話は、”ソレ”じゃぁ無いでゲス。
映画の、
「BUS STOP」1956年(邦題「バス停留所」)

についてのUpですヨ。
監督は、「ジョシュア・ローガン」
出演は、「マリリン・モンロー」、「ドン・マーレー」、「アーサー・オコンネル」等など。
以前にも書き込んだ事なんだけど、俺ネ、
”「モンロー」は別にどうでもイイ女優さん”
で、”好きでも嫌いでも無い”んですヨ。
只、「モンロー」出演作品の”良し悪し”や、”好きずき”って事になると”コノ作品”と、
「NIAGARA」1953年(邦題「ナイアガラ」)
は好きでゲス。
別に大した作品じゃぁなくって、無鉄砲なカウボーイ(「マーレー」)と、スターを夢見る酒場の歌姫(「モンロー」)との恋を描いただけなんだけど、制作された1950年代の”リアル・フィフティーズ・ウエスタン・ウェア”が色々登場して、”ソレ”が観れるから好きなんですナ。
先ずネ、カウボーイの「ボー」(「マーレー」)の格好がイカス!!!
”「リー」社「ストーム・ライダー」”に”「ブルーベル」社「ラングラー」11MWZ”の上下の中には”カウボーイ・シャツ”、あと”カウボーイ・ハット”、”カウボーイ・ブーツでゲス。
んで、実は、俺が”グッ”と来たのは、”ソノ格好”の上に、設定が”冬”っていう事もあって、「B-3」(どっかの適当な「ボンバーJK」じゃぁ無くってチャンと実物でゲス。)を羽織っているんですナ。

オープニングのシーンから”コレ”だったので、1発で”KO”されたでゲス。
んでサ、「ボー」は年に1度ある”ロデオ大会”で優勝するつもりで田舎から、大会がある会場へ向かって「グレイ・ハウンド」(長距離バス)に乗って行くんだけど、ソノ大会がある街に着いてみると、既に街は”ロデオ大会一色”で、すれ違う人達も、会場で見学している人達も”みんな殆どウエスタン・ルック”なんですナ。
”コレ”サ、俺みたくな”1950年代ファッション好き”しかも”ウエスタン・ウェア好き”にゃぁ、タマラナイでゲス。
只、”ソレ”を着ている人達を、シッカリと観れる様なシーンは無いですヨ。(チラリ、チラリ程度でゲス。)
んでも、映画で”リアル・フィフティーズ・ウエスタン・ウェア”が観れる作品自体が大変少ないから貴重でゲス。

そういえば、”コノ作品”で「モンロー」は”演技に開眼した”なんて言われているんだけど確かに丁度直ぐ前にゃぁ「アクターズ・スタジオ」に通っていたから、そうなのかもしれないですナ。
んでも、日本語以外がサッパリの俺にゃぁ演技力が有るのか無いのか判らないでゲス。
てな訳で、今回はコノ辺でおしまいでゲス。
んじゃぁ、又。


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まぁ、イイでゲス。
ってか、チョットだけ関係があるかもなぁ。
先日Upした「ザ・ホリーズ」や、「平浩二」殿のヒット曲のタイトルでもあるんだけど、今回の話は、”ソレ”じゃぁ無いでゲス。
映画の、
「BUS STOP」1956年(邦題「バス停留所」)

についてのUpですヨ。
監督は、「ジョシュア・ローガン」
出演は、「マリリン・モンロー」、「ドン・マーレー」、「アーサー・オコンネル」等など。
以前にも書き込んだ事なんだけど、俺ネ、
”「モンロー」は別にどうでもイイ女優さん”
で、”好きでも嫌いでも無い”んですヨ。
只、「モンロー」出演作品の”良し悪し”や、”好きずき”って事になると”コノ作品”と、
「NIAGARA」1953年(邦題「ナイアガラ」)
は好きでゲス。
別に大した作品じゃぁなくって、無鉄砲なカウボーイ(「マーレー」)と、スターを夢見る酒場の歌姫(「モンロー」)との恋を描いただけなんだけど、制作された1950年代の”リアル・フィフティーズ・ウエスタン・ウェア”が色々登場して、”ソレ”が観れるから好きなんですナ。
先ずネ、カウボーイの「ボー」(「マーレー」)の格好がイカス!!!
”「リー」社「ストーム・ライダー」”に”「ブルーベル」社「ラングラー」11MWZ”の上下の中には”カウボーイ・シャツ”、あと”カウボーイ・ハット”、”カウボーイ・ブーツでゲス。
んで、実は、俺が”グッ”と来たのは、”ソノ格好”の上に、設定が”冬”っていう事もあって、「B-3」(どっかの適当な「ボンバーJK」じゃぁ無くってチャンと実物でゲス。)を羽織っているんですナ。

オープニングのシーンから”コレ”だったので、1発で”KO”されたでゲス。
んでサ、「ボー」は年に1度ある”ロデオ大会”で優勝するつもりで田舎から、大会がある会場へ向かって「グレイ・ハウンド」(長距離バス)に乗って行くんだけど、ソノ大会がある街に着いてみると、既に街は”ロデオ大会一色”で、すれ違う人達も、会場で見学している人達も”みんな殆どウエスタン・ルック”なんですナ。
”コレ”サ、俺みたくな”1950年代ファッション好き”しかも”ウエスタン・ウェア好き”にゃぁ、タマラナイでゲス。
只、”ソレ”を着ている人達を、シッカリと観れる様なシーンは無いですヨ。(チラリ、チラリ程度でゲス。)
んでも、映画で”リアル・フィフティーズ・ウエスタン・ウェア”が観れる作品自体が大変少ないから貴重でゲス。

そういえば、”コノ作品”で「モンロー」は”演技に開眼した”なんて言われているんだけど確かに丁度直ぐ前にゃぁ「アクターズ・スタジオ」に通っていたから、そうなのかもしれないですナ。
んでも、日本語以外がサッパリの俺にゃぁ演技力が有るのか無いのか判らないでゲス。
てな訳で、今回はコノ辺でおしまいでゲス。
んじゃぁ、又。


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プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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