2012年1月 アーカイブ
2012年1月30日 21時43分26秒 (Mon)
「THE MAN WITH THE GOLDEN ARM」
「THE MAN WITH THE GOLDEN ARM」1955年(邦題「黄金の腕」)

監督は、「オットー・プレミンジャー」
出演は、「フランク・シナトラ」、「キム・ノヴァク」、「エレノア・パーカー」等など。
映画好きな人なら、もうココ迄で納得でしょ。(ってか、既に観てますネ。)
ソノ上”スコア”が「エルマー・バーンスタイン」(出た!)でゲス。
アメリカらしい”社会派ドラマ”で、「フランキー」が思いのほかイイ味出していますナ。
「フランキー」の役は、”麻薬中毒者”で、彼が病院で更生して出てきてホーム・タウンへ戻ってきたところからストーリーの始まるんでゲス。

「エレノア」の役は、車椅子で「フランキー」の奥さんですナ。
「キム」の役は、「モーリー」っていう「フランキー」の事を気にかけている安酒場の女でゲス。

あとネ、作品中に”棚ボタ”がありましたナ。
「フランキー」がドラマーとしてのオーディションを受けるシーンがあって、”ソコ”に出演しているジャズ・メンが「シェリー・マン」と「ショーティ・ロジャース」だったんでゲス。(「ショーティ」は大好きな映画「乱暴者」のオリジナル・スコアを担当)
「フランキー」の気持ちが高ぶってくると、序々に「バーンスタイン」が作ったスコアがボリュームUpされていってムードがあるんだけど、そんなシーンが多い為か、”有り難味”に欠けちゃってますナ。
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あと、観所は登場している人達のコスチューム(ファッション)でゲス。
とにかくワザとらしく無くって”ナチュラル”なんですナ。(観れば解ると思うでゲス。)
まぁ、こんなところでゲス。
んじゃぁ、又。


2012年1月26日 20時34分46秒 (Thu)
空前絶後の”ホンカー”
「BIG JAY McNEELY」

の登場でゲス。
あのネ、”ホンカー”ってのは”サクソフォン”をブリブリピ~ッ!!!なんて吹く人の事をそう言いますナ。
1927年4月29日ロサンゼルスのワッツ地区生まれでゲス。
本名「CECIL JAMES McNEELY」っていって、特に何処かで修行した事も無く16歳の時にゃぁ自分のバンドを持っていて、最初は”ジャズ・メン”を志したんだけど1947年に「ジョニー・オーティス」楽団に参加して発表した、
「BARRELHOUSE STOMP」
での”ブロウ”が評判になって、”ホンカー”へ突き進んでいく事になるんでゲス。
数々の”ホンカー”達の中でも”最右翼”だと思うし、プレイは”1940年代~50年代の「ヘビ・メタ」”なんて言われてますゼ。
「サヴォイ」、「インペリアル」、「フェデラル」、「ヴィージェイ」っていった各レーベルで特に吹きまくってますナ。

”音は割れる”、”ひっくり返る”、”曲頭からハイ・トーン”なんて事も、お構い無しで、こんなに無茶なのは聴いた事がなかったんで、1パツでKOされたんでゲス。
あと、写真で見たんだけどステージ・マナーもかなり過激らしく、伝説として語り継がれているみたいですナ。

「SAXOPHONOGRAPH」ってレーベルから出てる「ROAD HOUSE BOOGIE」ってなLPレコードが非常に気になるんだけど誰か持ってませんかネ。(CD化されてるんだろうか?)

ソノ中の、
「BLOW BIG JAY」
がイイらしく、
”彼のエビ反った姿が目に浮かんでくる。”
なんてガイド本に書いてあったでゲス。
ハイ、ココ迄ですナ。
んじゃぁ、又。


2012年1月23日 12時29分43秒 (Mon)
「THE SPENCER DAVIS GROUP」
あのネ、俺サ、アメリカ(”北米”だけに限らず”中米”、”南米”もネ。)の音楽が大好きなんだけど、イギリスにも大好きなバンドが沢山あるんでゲス。
昨年12月21日にUpした「ザ・ホリーズ」は”マージー・ビート / ポップ”系(?)のバンドとして”1等賞”に好きで、今回Upする、
「THE SPENCER DAVIS GROUP」

は、”モッド / R&B”系(?)では”1等賞”に好きなバンドなんですヨ。
彼らを意識して初めて聴いたのは、19、20歳の頃で、曲は
「I’M A MAN」
で、”コレ”は「マディ・ウォーターズ」の”名曲”「MANNISH BOY」じゃぁなくって、彼らのオリジナルですナ。
当時”神童”といわれた「スティーヴ・ウィンウッド」が在籍していた事で有名になったバーミンガムの「R&B」グループで、当初のメンバーの顔ぶれは、
「スペンサー・デービス」(ギター、ボーカル)
「ピート・ヨーク」(ドラムス)
「マフ・ウィンウッド」(ベース)
「スティーヴ・ウィンウッド」(ボーカル、ギター、キーボード)
の4人でゲス。

リーダーは「スペンサー」というものの、注目されたのはLIVEデビュー弱冠15歳の「スティーヴ」で、”シンガー”、”マルチ・プレイヤー”としての活躍は目覚しく、実際に黒人音楽を愛し、”本物”に迫ろうと躍起になっていた多くのバンド達も、ソノ”白人少年”とは信じ難い”ソウルフル”な歌声には衝撃を与えられたといいますナ。

んで、当然レコード・デビューも早くって1964年「スティーブ」16歳の時で、1stアルバムの、
「THEIR FIRST LP」
じゃぁ大半をカバー曲で占めてはいるものの、自在に唄いこなす「スティーヴ」の存在が際立っているでゲス。(イヤァ、本当に”神童”とはよく言ったものですナ。)
何だか、バンドっていうより、「スティーヴ・ウィンウッド」についてばかりになってしまったけど、仕方がないですナ。
当時の「スティーヴ」は凄過ぎるからネ。
んな彼等の曲の中で好きなのは、
「DINPLES」
「MY BABE」
「EVERY LITTLE BIT HURTS」
「OH! PRETTY WOMAN」
「KEEP ON RUNNING」
「DUST MY BLUES」
「WHEN I COME HOME」
「GIMME SOME LOVIN’」
「I’M A MAN」
「BLUES IN F」
等など・・・って沢山ありますナ。

当時の”ブリティッシュ・バンド”の「ストーンズ」、「フー」、「マン・フレッドマン」、「キンクス」、「アニマルズ」、「ゼム」、「スモール・フェイセズ」等などといった、所謂”R&B”系バンドはどのバンドも大好きでゲス。
そうそう、「ブルース・ブラザース2000」で、「B.B.キング」率いる「ルイジアナ・ゲイター・・・」?(名前に自信がない。)なるバンドで「スティーヴ」は”キーボード”を演奏していましたナ。
あと、「スティーヴ」は昨年末に「クラプトン」と一緒に来日していたでゲス。
んじゃぁ、コレにて。



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2012年1月21日 13時53分40秒 (Sat)
「DONALD”DUCK”DUNN」
”完璧にソウルフルな白人ギタリスト”
って事に異論の余地は無いでしょうナ。
んでも、「クロッパー」と同じ、
「BOOKER T.& THE MGs」
のメンバーで”ベーシスト”の、
「DONALD”DUCK”DUNN」

も、”筋金入り”なのに、何故かあんまり話題に出てこないんでゲス。
んで、今回のUpは大好きなのに、あんまり話題にならない「”ダック”ダン」についてですヨ。
1941年11月24日テネシー州メンフィス生まれの「”ダック”ダン」も、先出の「クロッパー」同様に”「リズムンブルーズ」フリーク”で、ハイスクールの頃に「クロッパー」とバンドを組んでいたみたいでゲス。

”ソノ”「THE ROYAL SPADES」って名前の”白人「リズムンブルーズ」バンド”は、後の「THE MAR-KEYS」として「サテライト」レーベル(「スタックス/ヴォルト」レーベルの前身)からデビューする事になるんだけど、間も無く「クロッパー」がバンドを抜けて”セッション・ギタリスト”に専念する様になるんですナ。
んで、そんな「クロッパー」は1人の”黒人”大学生の「ブッカー・T・ジョーンズ」と意気投合して先の仕事と並行して新しいバンドを結成するんでゲス。
”ソノ”バンドが先出の「ブッカー・T & ザ・MGs」なんですナ。
メンバーは、
「ブッカー・T・ジョーンズ」(オルガン)
「スティーヴ・クロッパー」(ギター)
「アル・ジャクソンJr.」(ドラムス)
「ルイー・スタインバーグ」(ベース)
でゲス。
んで、コノ「ザ・MGs」の人気が急上昇していって”レコーディング”や”ツアー”等の過密スケジュールになっちゃって、活動がキツくなった年長者の「ルイー」がバンドから脱退して、ソノ”後釜”として「スティーヴ」が声をかけたのが「”ダック”ダン」だったんですナ。
なので、もう既にご存知かもしれませんが、彼等「ザ・MGs」の最初の”ビッグ・ヒット曲”の、
「GREEN ONIONS」
での”ベース”は「”ダック”ダン」じゃぁ無くって「ルイー」での録音なんですネ。
”ビッグ・バンド”での経験が長かった「ルイー」の堅実なプレイは、初期の「ザ・MGs」の”ブルーズィ”なムードに欠かせないモノだったんだけど、「”ダック”ダン」のトボケた様でキャッチーなラインは、ソノ後の「ザ・MGs」が打ち出していった”ヒップな泥臭さ”の重要なファクターだと思うでゲス。
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現在も活動中(なのかぁ?)の「ザ・ブルース・ブラザーズ・バンド」の”ギタリスト”の1人は「クロッパー」(もう1人は「マット”ギター”マーフィ」!!!)で、”ベーシスト”は「”ダック”ダン」なので、ソノどれを聴いても”センスがイイ”し、”安定感”もあって並々ならぬモノを感じるますナ。

以上でゲス。
んじゃぁ、又。


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2012年1月17日 12時30分29秒 (Tue)
「明石家」じゃぁ無い”さんま”・・・の話でゲス。
「秋刀魚の味」
でしたナ。
ズ~ッと以前から「小津」監督の名前は知ってはいたものの、ご縁が無くって観て無かったんでゲス。

一時レンタル・ビデオ店に通っていた(勿論、仕事じゃぁなく借りに)通い続けていると当然の事ながらソコソコ経つと借りる作品が無くなってきてソレ迄”手を着けてなかった”ジャンル(当時の俺は”邦画”)へ突入していって、ソノ最初に観た作品が、”コレ”だったんですヨ。
んで、何で”選りによって”コノ作品なのかって言うと、理由は至って単純なんでゲス。
偶々入ったレンタル店の”邦画”のコーナーで「黒澤明」監督の作品か、「石井輝夫」監督の作品か、「小津」監督の作品か、どれにしようか悩んでいたら傍で同じ様に選んでいた”見るからにタイプのオネエチャン”が「小津」監督の作品の、
「東京物語」昭和28年(1953年)
を借りていったので、んじゃぁ俺も・・・ってな調子で「小津」監督の作品を物色していたら、コノ作品の出演者メンツが1番好かったので”コレ”にしましたナ。
どんな出演メンツかと言うと、
「笠智衆」、「岩下志麻」、「佐田啓二」、「岡田茉莉子」、「三上真一郎」、「東野英治郎」、「杉村春子」、「中村伸郎」、「北竜二」、「吉田輝雄」、「牧紀子」、「三宅邦子」、「加東大介」、「岸田今日子」、「高橋とよ」等など。
と、”判る人には解かる”かなりのメンツでゲス。
”結婚適齢期”を迎えた娘と父親の出来事で、早く嫁にやらねばと思いつつ妻に先立たれた為に未だ娘を手放したくない父親と”ソレ”が解かるだけに結婚には容易に踏み切れない娘の日常を、周囲の人々の”人間像”を絡めながら、どこかユーモラスに”淡々と描いている”作品ですナ。

観た感想は、”良かった”ですヨ。
特に、主演の「笠智衆」殿(当たり前ですネ。)と、ソノ”旧友達”、それから、奴等が日頃集まる”居酒屋「若松」”の女将役の「高橋とよ」さんの”何とも言えない空気感”がイイでゲス。




俺ネ、コノ作品を観てイッペンに「小津」監督の作品が好きになっちゃって、ソノ後も、
「大人の見る絵本 生れてはみたけれど」昭和7年(1932年)
「長屋紳士録」昭和22年(1947年)
「麦秋」昭和26年(1951年)
「お茶漬の味」昭和27年(1952年)
「東京物語」昭和28年(1953年)
「東京暮色」昭和32年(1957年)
「彼岸花」昭和33年(1958年)
「お早よう」昭和34年(1959年)
「浮草」昭和34年(1959年)
「秋日和」昭和35年(1960年)
と、イッパイ観ましたナ。
どの作品も、サスガにイイんだけど俺は「長屋紳士録」(タマラン!!!)と、コノ「秋刀魚の味」が大好きでゲス。
んで、未観の作品中では、
「突貫小僧」昭和4年(1929年)
が、大変観たいですナ。
あと、随分後になってから、コノ「秋刀魚の味」が「小津」監督の”遺作”になったという事を知ったでゲス。
2003年にTVドラマとしてコノ「秋刀魚の味」は放映されて、”ソレ”も観たんだけど、俺としては映画の方が好きだったですナ。
父親役を「宇津井健」殿、娘役を「財前直見」さん、他に「玉木宏」殿、「米倉斉加年」殿、「植木等」殿、「泉ピン子」さん、「佐野史郎」殿、「仲村トオル」殿等など。
だったでゲス。
唐突ですが、今回はコレにて。
んじゃぁ、又。



プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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