2012年4月 アーカイブ
2012年4月8日 21時30分45秒 (Sun)
”アメリカの影”
マンハッタンに住んでいる3人の”兄妹”の生きていく上で”黒人としての血を意識せざるをえない”それぞれの姿を通じて、アメリカの一断面を扱った”ニューヨーク派”の先駆的秀作でゲス。
「SHADOWS」1960年(邦題「アメリカの影」)

俳優の「ジョン・キャサヴェテス」がコノ作品で監督デビューをして、”映画史上類稀なる芸術家”が誕生した瞬間を目撃出来ますナ。
先ず、「ジョン・キャサヴェテス」についてなんだけど、1929年の生まれで彼にまつわるあらゆる伝説が凄いんだけど、何よりも凄いのがギリシア移民のニューヨーカーの彼が”デビュー作に黒人の3兄弟妹の物語”を撮ったっていう事でゲス。
ハッキリ言って、ユダヤ人の監督がナチス・ドイツの映画を撮る並に、更に言うと芦屋で何不自由なく生まれ育った”お嬢様”が西成の”日雇い労働者”の映画を撮る並に”かけ離れた行為”なんですナ。
「キャサヴェテス」という人物をいつも映像の中で見ていて感じるのは、”意思の強さ”と、”人生に対する達観”なんだよなぁ。
んで、コノ作品にも枠に収まらずに自由に自由に!!と”芸術の基本形”を実績しているんでゲス。
よく品のいい服を着た小奇麗な紳士・淑女が”芸術”について「ピカソ」を引き合いに出す時に、こういう言葉を決まって放っているでしょ、
「彼は基本がしっかりしていた。
だからあれだけのものが生み出せたんだ。」
ってネ。
別に、俺もコノ意見には賛成するんだけどサ、ソレは一部的な賛成に過ぎなくってネ、”芸術に基本が必要”とも正直思っちゃぁいないんでゲス。
”芸術”に必要なものは、”ソノ人の独特の感性”で、ソノ感性の荒波の中で揉まれてみる”勇気があるか否か”だと思うんだけどネ。
勇気がなけりゃぁ感性は、常識や一般的なものに置き換えられるようになって、社会の列から外れないように生きる事に汲々とするか、又は社会の列から外れたもの同士で固まるかどちらかに属する事になるんでしょうナ。
”芸術”って、”生きている実感を味わう行為”に他ならない訳でサ。
何故なら、普通に生きていれば感じられない感覚を、意識的に感じようとする事が既に恐ろしくパワーを使う行為だからネ。
んで、”芸術”ってどんなくだらないと思われる事からも生み出される人間の”独創的独走状態”をいうと思うんだけどサ。
多くの精神分析医はソノ活動を称して、
”物質が満たされれば心も満たされる。”
って言っているんだけど、ソレって100%じゃぁないでしょ。
物質が満たされれば”心が空っぽになりやすい”ので満たされやすいだけの話だと思うんだけどネ。
まぁイイや。
映画の方に話は戻るんだけど、コノ作品の登場人物の名前は全て”実名”でゲス。
つまり”演技指導”や、そういったモノを”全く重要視せず”に役者個人の本性をむき出しにして撮りあげた作品なんですナ。

んでサ、「レリア」(妹)と「ベン」(弟)には近親相姦的な雰囲気を疑似体験して楽しんでいる部分が見受けられる上に、後で登場する「トニー」役の「アンソニー・レイ」はコノ2人に触発されて自分の義理の母親である「グロリア・グレハム」とコノ年に近親婚しちゃうんですゼ。
コノ役者達の”リアル・ライフ”の投影が新しい芝居の形かもしれないって「キャサヴェテス」が考えたところに”究極の新しさ”が見受けられるんでゲス。
スタジオで撮影するのじゃぁなく”オールロケ”で撮影したなら、生温かい息使いが聞こえてきて、実に刺激的な映画が撮れるのではないだろうか?
ってな感じですナ。
もっと言うなら、「キャサヴェテス」はこう語っているんでゲス。
「商業的な配給に乗せようなんて気はなかった。
コノ作品は全面的に一つの実験であり、僕らの主目的はただ学ぶという事にあった。
役者は1人も自分の苦労に対する報酬を受け取らなかったし、技術者も何も貰わなかった。
”情熱”だった。
僕らは自分達のしたい事をするっていう楽しみの為に働いていた。
どのみち馬鹿げた事に使う小金を稼ぐよりは、創造的な仕事をする方が重要だ。」
ってネ。
そう、
”今だかつてない創造的な実験をしてやろう!”
ですナ。
新しい事を生み出すってのは、コレだけの気持ちがないと行えない事なんでゲス。
ソコで、果たして”今の日本映画人のどれだけ”が、こういった気質を持っているんのだろう?
なんて考えちゃいますゼ。
んでネ、映画に話を戻すんだけど、主人公の3人の兄・弟・妹が実に魅力的なんだよネ。
3人には白人の両親の血が混ざっていて、兄は黒人そのものなんだけど、弟と妹はそんなんじゃぁないんでゲス。(弟はチョッと見”ラテン”っぽいネ。)

3人が3人共、大変に”魅力的”でネ、”生”の迫力に溢れていましたナ。
”演技力”が充実するのも大切な事なんだけど、こういった”ミズミズしい力に満ちた映像”を見せ付けられると、演技とはキャリア以上に感性というものも”いかに重要”かと感じさせられるんだよネ。
兄「ヒュー」を演じる「ヒュー・ハード」は、怒りっぽいんだけど、凄く弟と妹想いな売れない歌手なんでゲス。
彼は大島渚監督の作品の、
「飼育」1961年(昭和36年)
にも出演していますナ。
弟「ベン」を演じる「ベン・カラザーズ」で、白人の友達2人とツルんで、”喧嘩”と”ナンパ”に明け暮れる”トランペッター”の卵なんだけど、本当に上手く吹けるかどうかは作品中では判らないでゲス。

彼は、実際に「レリア・ゴルドーニ」と結婚して、「特攻大作戦」等にも出演したが1971年に役者を引退したんですナ。
あと、先出の妹「レリア」を演じる「レリア・ゴルドーニ」はネ、自由奔放に生きようとするんだけど、”人種問題”や”男女問題”の中で自分なりの考えを見つけ出そうとしている我侭ではあるんだけど、魅力的な女性の役柄で、彼女は”アクターズ・スタジオ”の出身でゲス。

「レリア」が白人の彼氏「トニー」に言うセリフで印象深いのが、
「君はだれのモノ?」
って聞かれて、
「私は私のモノ」
って答えるんですナ。
コレ何かは非常に格好いいセリフなんだけど、「レリア」の本心は自分が誰かのモノになる事によって”安心を勝ち取りたい”と考えていたから意地を張っているんだろうネ。
”「私は私のモノ」”
イイなぁ。
売れない歌手「ヒュー」のマネージャーといい、「レリア」に未練が残る「トニー」といい、「レリア」と踊りながら、
「君はヒドイ女性だと思うけど・・・好きなんだ。」
って言う黒人青年「デイヴィー」といい、登場人物が実に魅力的で温かいんでゲス。
「キャサヴェテス」は決して意識した訳じゃぁないだろうけど、コノ作品は”モノクロ”の底から溢れんばかりの温かさに満ちている作品なんですヨ。
特に白人の「トニー」との恋が終わり、「デイヴィー」を何時間も待たして邪険に扱ってクラブで踊るシーンの先出のセリフを吐くシーンは映画史に残る心を打つ名シーンの1つだと思いますナ。
それと、「キャサヴェテス」が決めた大体の筋に沿って”脚本無し”で即興で演じられた芝居に重ね合わせられている効果的な「ジャズ」の数々は「モダンジャズ」の巨人「チャールズ・ミンガス」によるモノで、「ジャズ」も映像を見て即興で演じられているので、実に映像にフィットしていて時に軽快で、時に物悲しいでゲス。
コノ時代は、モノクロ”の映像に「モダン・ジャズ」がマッチする時代だったですナ。
本作には制作の「シーモア・カッセル」と「キャサヴェテス」自身もチョイ役で出演していますヨ。
更にナイトクラブでお笑いコンビが弄る客の女性役で無名時代の「キャサヴェテス」婦人の「ジーナ・ローランズ」が一瞬出演しているでゲス。
「ヨ~シ、一丁即興で誰にも縛られずに映画撮ってみようゼ!」
ラジオ番組で「キャサヴェテス」が突然呼びかけたと言う話で、
「マンハッタンで映画を撮りたいから寄付を募る!」
ってネ。
んで、自分の持ち金と一週間で集まった”2000ドル”を元手に映画製作は1956年に始まったらしいでゲス。
”16mmキャメラ”で実に2年かけて撮られた作品は60分の作品になったんだけど、上映してみると評判が芳しくなかったらしいですナ。
ガッカリした「キャサヴェテス」は翌年追加撮影をして、自宅の車庫で再編集し、第2版を完成したんだけど、コレも国内では全く評価されず、逆に海外から評価されたという話でゲス。
映画監督の「マーティン・スコセッシ」は、
「彼の映画は、”キャメラを持ちさえすれば誰にだって映画は撮れる”という気にさせてくれた。
もう言い逃れは出来ない。
キャサヴェテスに出来たのなら、自分達にだって出来る筈ダ。」
コノ映画からアメリカの”インディー映画”の歴史は始まったと言われていますナ。
そして、ソレ位に”大型スタジオ”や”大掛かりな撮影方式”を否定した本作は、斬新であり、当時の映画人の度肝を抜いたんでゲス。
”素晴らしい”の1言につきる作品ですヨ。
では、では。




「SHADOWS」1960年(邦題「アメリカの影」)

俳優の「ジョン・キャサヴェテス」がコノ作品で監督デビューをして、”映画史上類稀なる芸術家”が誕生した瞬間を目撃出来ますナ。
先ず、「ジョン・キャサヴェテス」についてなんだけど、1929年の生まれで彼にまつわるあらゆる伝説が凄いんだけど、何よりも凄いのがギリシア移民のニューヨーカーの彼が”デビュー作に黒人の3兄弟妹の物語”を撮ったっていう事でゲス。
ハッキリ言って、ユダヤ人の監督がナチス・ドイツの映画を撮る並に、更に言うと芦屋で何不自由なく生まれ育った”お嬢様”が西成の”日雇い労働者”の映画を撮る並に”かけ離れた行為”なんですナ。
「キャサヴェテス」という人物をいつも映像の中で見ていて感じるのは、”意思の強さ”と、”人生に対する達観”なんだよなぁ。
んで、コノ作品にも枠に収まらずに自由に自由に!!と”芸術の基本形”を実績しているんでゲス。
よく品のいい服を着た小奇麗な紳士・淑女が”芸術”について「ピカソ」を引き合いに出す時に、こういう言葉を決まって放っているでしょ、
「彼は基本がしっかりしていた。
だからあれだけのものが生み出せたんだ。」
ってネ。
別に、俺もコノ意見には賛成するんだけどサ、ソレは一部的な賛成に過ぎなくってネ、”芸術に基本が必要”とも正直思っちゃぁいないんでゲス。
”芸術”に必要なものは、”ソノ人の独特の感性”で、ソノ感性の荒波の中で揉まれてみる”勇気があるか否か”だと思うんだけどネ。
勇気がなけりゃぁ感性は、常識や一般的なものに置き換えられるようになって、社会の列から外れないように生きる事に汲々とするか、又は社会の列から外れたもの同士で固まるかどちらかに属する事になるんでしょうナ。
”芸術”って、”生きている実感を味わう行為”に他ならない訳でサ。
何故なら、普通に生きていれば感じられない感覚を、意識的に感じようとする事が既に恐ろしくパワーを使う行為だからネ。
んで、”芸術”ってどんなくだらないと思われる事からも生み出される人間の”独創的独走状態”をいうと思うんだけどサ。
多くの精神分析医はソノ活動を称して、
”物質が満たされれば心も満たされる。”
って言っているんだけど、ソレって100%じゃぁないでしょ。
物質が満たされれば”心が空っぽになりやすい”ので満たされやすいだけの話だと思うんだけどネ。
まぁイイや。
映画の方に話は戻るんだけど、コノ作品の登場人物の名前は全て”実名”でゲス。
つまり”演技指導”や、そういったモノを”全く重要視せず”に役者個人の本性をむき出しにして撮りあげた作品なんですナ。

んでサ、「レリア」(妹)と「ベン」(弟)には近親相姦的な雰囲気を疑似体験して楽しんでいる部分が見受けられる上に、後で登場する「トニー」役の「アンソニー・レイ」はコノ2人に触発されて自分の義理の母親である「グロリア・グレハム」とコノ年に近親婚しちゃうんですゼ。
コノ役者達の”リアル・ライフ”の投影が新しい芝居の形かもしれないって「キャサヴェテス」が考えたところに”究極の新しさ”が見受けられるんでゲス。
スタジオで撮影するのじゃぁなく”オールロケ”で撮影したなら、生温かい息使いが聞こえてきて、実に刺激的な映画が撮れるのではないだろうか?
ってな感じですナ。
もっと言うなら、「キャサヴェテス」はこう語っているんでゲス。
「商業的な配給に乗せようなんて気はなかった。
コノ作品は全面的に一つの実験であり、僕らの主目的はただ学ぶという事にあった。
役者は1人も自分の苦労に対する報酬を受け取らなかったし、技術者も何も貰わなかった。
”情熱”だった。
僕らは自分達のしたい事をするっていう楽しみの為に働いていた。
どのみち馬鹿げた事に使う小金を稼ぐよりは、創造的な仕事をする方が重要だ。」
ってネ。
そう、
”今だかつてない創造的な実験をしてやろう!”
ですナ。
新しい事を生み出すってのは、コレだけの気持ちがないと行えない事なんでゲス。
ソコで、果たして”今の日本映画人のどれだけ”が、こういった気質を持っているんのだろう?
なんて考えちゃいますゼ。
んでネ、映画に話を戻すんだけど、主人公の3人の兄・弟・妹が実に魅力的なんだよネ。
3人には白人の両親の血が混ざっていて、兄は黒人そのものなんだけど、弟と妹はそんなんじゃぁないんでゲス。(弟はチョッと見”ラテン”っぽいネ。)

3人が3人共、大変に”魅力的”でネ、”生”の迫力に溢れていましたナ。
”演技力”が充実するのも大切な事なんだけど、こういった”ミズミズしい力に満ちた映像”を見せ付けられると、演技とはキャリア以上に感性というものも”いかに重要”かと感じさせられるんだよネ。
兄「ヒュー」を演じる「ヒュー・ハード」は、怒りっぽいんだけど、凄く弟と妹想いな売れない歌手なんでゲス。
彼は大島渚監督の作品の、
「飼育」1961年(昭和36年)
にも出演していますナ。
弟「ベン」を演じる「ベン・カラザーズ」で、白人の友達2人とツルんで、”喧嘩”と”ナンパ”に明け暮れる”トランペッター”の卵なんだけど、本当に上手く吹けるかどうかは作品中では判らないでゲス。

彼は、実際に「レリア・ゴルドーニ」と結婚して、「特攻大作戦」等にも出演したが1971年に役者を引退したんですナ。
あと、先出の妹「レリア」を演じる「レリア・ゴルドーニ」はネ、自由奔放に生きようとするんだけど、”人種問題”や”男女問題”の中で自分なりの考えを見つけ出そうとしている我侭ではあるんだけど、魅力的な女性の役柄で、彼女は”アクターズ・スタジオ”の出身でゲス。

「レリア」が白人の彼氏「トニー」に言うセリフで印象深いのが、
「君はだれのモノ?」
って聞かれて、
「私は私のモノ」
って答えるんですナ。
コレ何かは非常に格好いいセリフなんだけど、「レリア」の本心は自分が誰かのモノになる事によって”安心を勝ち取りたい”と考えていたから意地を張っているんだろうネ。
”「私は私のモノ」”
イイなぁ。
売れない歌手「ヒュー」のマネージャーといい、「レリア」に未練が残る「トニー」といい、「レリア」と踊りながら、
「君はヒドイ女性だと思うけど・・・好きなんだ。」
って言う黒人青年「デイヴィー」といい、登場人物が実に魅力的で温かいんでゲス。
「キャサヴェテス」は決して意識した訳じゃぁないだろうけど、コノ作品は”モノクロ”の底から溢れんばかりの温かさに満ちている作品なんですヨ。
特に白人の「トニー」との恋が終わり、「デイヴィー」を何時間も待たして邪険に扱ってクラブで踊るシーンの先出のセリフを吐くシーンは映画史に残る心を打つ名シーンの1つだと思いますナ。
それと、「キャサヴェテス」が決めた大体の筋に沿って”脚本無し”で即興で演じられた芝居に重ね合わせられている効果的な「ジャズ」の数々は「モダンジャズ」の巨人「チャールズ・ミンガス」によるモノで、「ジャズ」も映像を見て即興で演じられているので、実に映像にフィットしていて時に軽快で、時に物悲しいでゲス。
コノ時代は、モノクロ”の映像に「モダン・ジャズ」がマッチする時代だったですナ。
本作には制作の「シーモア・カッセル」と「キャサヴェテス」自身もチョイ役で出演していますヨ。
更にナイトクラブでお笑いコンビが弄る客の女性役で無名時代の「キャサヴェテス」婦人の「ジーナ・ローランズ」が一瞬出演しているでゲス。
「ヨ~シ、一丁即興で誰にも縛られずに映画撮ってみようゼ!」
ラジオ番組で「キャサヴェテス」が突然呼びかけたと言う話で、
「マンハッタンで映画を撮りたいから寄付を募る!」
ってネ。
んで、自分の持ち金と一週間で集まった”2000ドル”を元手に映画製作は1956年に始まったらしいでゲス。
”16mmキャメラ”で実に2年かけて撮られた作品は60分の作品になったんだけど、上映してみると評判が芳しくなかったらしいですナ。
ガッカリした「キャサヴェテス」は翌年追加撮影をして、自宅の車庫で再編集し、第2版を完成したんだけど、コレも国内では全く評価されず、逆に海外から評価されたという話でゲス。
映画監督の「マーティン・スコセッシ」は、
「彼の映画は、”キャメラを持ちさえすれば誰にだって映画は撮れる”という気にさせてくれた。
もう言い逃れは出来ない。
キャサヴェテスに出来たのなら、自分達にだって出来る筈ダ。」
コノ映画からアメリカの”インディー映画”の歴史は始まったと言われていますナ。
そして、ソレ位に”大型スタジオ”や”大掛かりな撮影方式”を否定した本作は、斬新であり、当時の映画人の度肝を抜いたんでゲス。
”素晴らしい”の1言につきる作品ですヨ。
では、では。




プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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