2018年9月 アーカイブ
2018年9月25日 0時14分58秒 (Tue)
「チャック・ベリー」はさぁ・・・。
昨夜帰宅して寝ようとしたんだけど、どうにも寝れなくって、パソコン立ち上げて「ロックンロール」を結構デカい音量で(勿論ヘッドフォンしてネ。)聴いてたんでゲス。
んで、色々聴いた流れで、
「チャック・ベリー」

を1曲聴いたら、こりゃぁ大変。
止まらないんでゲス。
ソノ後はズッ~と「チャック」ばかり聴いてたもんネ。
んで、今回はそんな「チャック」の曲の話でゲス。
「MAYBELLENE」1955年
24歳でのデビューにしてコノ年の夏過ぎに「リズムンブルーズ」チャートでトップになったビッグ・ヒット曲ですネ。
シカゴの名門「チェス」レーベルとコノ年に契約して、コノ後も自作自演で次々にヒットをかっ飛ばして、後続の若いバンドマン達に取り上げられるスタンダード曲にどれもなってるでゲス。
んで、コノ曲はというと、
・・・「メイベリーン」ってな名前の彼女が白人のキャデラックでドライブしてるのを見つけて、ポンコツ車で追っかける・・・。
っていう人種的風刺を効かせたストーリーですナ。
早口な唱法とギターに歌詞内容が揃って、当時としてはユニークでフレッシュだったでゲス。
「ROLL OVER BEETHOVEN」1956年
先出の「メイベリーン」でデビューに次いでヒット第2弾の曲ですナ。
地球規模(世界中)で広く知られる様になったのは8年後に「ザ・ビートルズ」が演ってからでゲス。
・・・”「ロックンロール」病”になっちゃって、「リズムンブルーズ」の注射を打ってもらわなくっちゃ・・・「ベートーベン」をぶっ飛ばせ! 「チャイコフスキー」にも知らせてやりな・・・。
ってな”反抗的音楽少年”は狂喜しましたナ。

「ROCK AND ROLL MUSIC」1957年
「ロックンロール」の世界じゃぁ”永遠不滅”のスタンダード・ナンバーでゲス。
タイトル通りの”「ロックンロール」賛歌”で、当時一方の黒人音楽シーンで盛り上がっていた「モダン・ジャズ」に対して、
・・・あんなに速いテンポで演ったり、メロディの綺麗さを変えなきゃ文句ない・・・。
って唄ってるところなんてタマランですナ。
1957年末から58年初めにかけて最高第8位迄なったでゲス。

「SWEET LITTLE SIXTEEN」1958年
「ザ・ビーチ・ボーイズ」の「サーフィンUSA」の原曲としても有名なコノ曲は、ティーンの「ロックンロール」中心の生活ぶりを好意的に描いた、如何にも「チャック」らしい名作ですナ。
1958年2月から6月にかけてビッグ・ヒットして最高第2位にランクされたでゲス。
刑務所暮らしをした1961年~63年の活動ブランク以前のチャート上のピークをコノ曲は記録しましたナ。
「ジャズ・ドキュメンタリー映画」の「真夏の夜のジャズ」は1958年の人気絶頂の「チャック」の姿を記録していて、”ソレ”が↓
んで、色々聴いた流れで、
「チャック・ベリー」

を1曲聴いたら、こりゃぁ大変。
止まらないんでゲス。
ソノ後はズッ~と「チャック」ばかり聴いてたもんネ。
んで、今回はそんな「チャック」の曲の話でゲス。
「MAYBELLENE」1955年
24歳でのデビューにしてコノ年の夏過ぎに「リズムンブルーズ」チャートでトップになったビッグ・ヒット曲ですネ。
シカゴの名門「チェス」レーベルとコノ年に契約して、コノ後も自作自演で次々にヒットをかっ飛ばして、後続の若いバンドマン達に取り上げられるスタンダード曲にどれもなってるでゲス。
んで、コノ曲はというと、
・・・「メイベリーン」ってな名前の彼女が白人のキャデラックでドライブしてるのを見つけて、ポンコツ車で追っかける・・・。
っていう人種的風刺を効かせたストーリーですナ。
早口な唱法とギターに歌詞内容が揃って、当時としてはユニークでフレッシュだったでゲス。
「ROLL OVER BEETHOVEN」1956年
先出の「メイベリーン」でデビューに次いでヒット第2弾の曲ですナ。
地球規模(世界中)で広く知られる様になったのは8年後に「ザ・ビートルズ」が演ってからでゲス。
・・・”「ロックンロール」病”になっちゃって、「リズムンブルーズ」の注射を打ってもらわなくっちゃ・・・「ベートーベン」をぶっ飛ばせ! 「チャイコフスキー」にも知らせてやりな・・・。
ってな”反抗的音楽少年”は狂喜しましたナ。

「ROCK AND ROLL MUSIC」1957年
「ロックンロール」の世界じゃぁ”永遠不滅”のスタンダード・ナンバーでゲス。
タイトル通りの”「ロックンロール」賛歌”で、当時一方の黒人音楽シーンで盛り上がっていた「モダン・ジャズ」に対して、
・・・あんなに速いテンポで演ったり、メロディの綺麗さを変えなきゃ文句ない・・・。
って唄ってるところなんてタマランですナ。
1957年末から58年初めにかけて最高第8位迄なったでゲス。

「SWEET LITTLE SIXTEEN」1958年
「ザ・ビーチ・ボーイズ」の「サーフィンUSA」の原曲としても有名なコノ曲は、ティーンの「ロックンロール」中心の生活ぶりを好意的に描いた、如何にも「チャック」らしい名作ですナ。
1958年2月から6月にかけてビッグ・ヒットして最高第2位にランクされたでゲス。
刑務所暮らしをした1961年~63年の活動ブランク以前のチャート上のピークをコノ曲は記録しましたナ。
「ジャズ・ドキュメンタリー映画」の「真夏の夜のジャズ」は1958年の人気絶頂の「チャック」の姿を記録していて、”ソレ”が↓
「JOHNNY B. GOODE」1958年
「チャック」が生んだ数ある「ロックンロール」スタンダード中の”名曲中の名曲”でゲス。
・・・ルイジアナの奥深くに住んでる読み書き出来ない少年「ジョニー・B」・・・んだけどギターはお手のモノ・・・GO! GO!、GO!ジョニーGO!・・・。
んネ。
本当に「チャック」は詞作りが巧い!!!!!
アップ・テンポの曲調、イントロでのギターも最高!!!!!

他にも、
「YOU CAN’T CATCH ME」1956年
「BROWN EYED HANDSOME MAN」1956年
「TOO MUCH MONKEY BUSINESS」1957年
「OH BABY DOLL」1957年
「BEAUTIFUL DELILAH」1958年
「RUN RUDOLPH RUN」1958年
「LITTLE QUEENIE」1959年
「BACK IN THE USA」1959年
アカン、止まらんでゲス。
なので、今回はココ迄にしますネ。
んじゃぁ、又。





2018年9月21日 8時34分11秒 (Fri)
「THE BLACK SCORPION」
今回Upするのは映画の、
「THE BLACK SCORPION」1957年(邦題「黒い蠍」)

って作品でゲス。
監督は「エドワード・ルドウィッグ」
出演は「リチャード・デニング」、「マーラ・コーディ」、「カルロス・リヴァス」、「マリオ・ナヴァロ」、「カルロス・モスクイス」、「アルトゥーロ・マルチネス」、「パスカスル・パナ」等など。

・・・メキシコ火山帯の大爆発を調査している地質学者「スコット(リチャード・デニング)」と「ラモス(カルロス・リヴァス)」は、サン・ロレンゾへの車中で不気味な鳴き声らしきものを耳にしたんでゲス。
しかも近くにゃぁ破壊されたパトカーと警官の死体があったんでしたナ。
翌朝、懐疑の念に駆られた「スコット」と「ラモス」は噴火跡も生々しい火山帯へ出かけたんでゲス。
途中で「スコット」は遠乗りに来ていて落馬した「テレサ(マーラ・コーディ)」ってな女性を救ったんだけど、ソノ時に「ラモス」が珍しい黒燿石を拾いましたナ。
「スコット」と「ラモス」は「テレサ」を連れて仮住居の研究室に戻ると、毒物学の権威「デラクルス(パスカスル・パナ)」博士と軍の「コシオ(アウトゥーロ・マルチネス)」少佐が待っていたんでゲス。
博士は惨殺された警官の死因は有機性の毒素による中毒死だという事実を打ち明けて、更に死体の近くで発見したってな巨大な足跡の石膏を見せて、数日後「スコット」と「ラモス」は「テレサ」を彼女の牧場に送り届けましたナ。
んで、ソノ夜「ラモス」は例の黒燿石を割って見たんでゲス。
中にゃぁ小さな蠍がいて、話が蠍に集中した折りも折り無気味な鳴き声と共に、想像もつかぬ巨大な蠍が牧場に現れましたナ。
長さ150フィート、高さ50フィートってな怪物の出現に一同は動転し、しかもソノ頃サン・ロレンゾの街は怪物蠍の群に襲われて・・・。




「キング・コング」の特撮をした「ウィリス・H・オブライエン」が晩年に手掛けた「巨大怪獣映画」で、先に後輩の「レイ・ハリーハウゼン」が「原子怪獣現る」で、SFX費やり繰りの為に実写背景の合成を多用した”スクリーン・リア・プロダクション方式”を開発して成功したんだけど、ソノ弊害として、
”モデル・アニメーション”=低予算作品
ってな誤認が映画界に生じてしまったんでゲス。
「オブライエン」も予期しない逆境の中で本作の制作は進行していって、結果、予算を捻出する為に一部のライブ撮影と共にアニメーション・エフェクトは人件費の安いメヒーコで行われましたナ。

ココんところ何年かお気に入りの、
「マーラ・コーディ」

が出演している作品なので観たんだけど、やっぱ好きだなぁ。
あとネ、舞台がメヒーコって事もあってコスチュームがサ、ワーク系なんだけど”ウエスタン・スタイル”(あんまり良いスナップが無くってゴメンナサイ。)ってのが嬉しいでゲス。


1950年代に制作された「現代SF映画」は兎に角コスチュームが俺みたくな”ヴィンテージ・ウエア好き”にゃぁイイですナ。
まぁ、こんな感じでゲス。
では、又。










「THE BLACK SCORPION」1957年(邦題「黒い蠍」)

って作品でゲス。
監督は「エドワード・ルドウィッグ」
出演は「リチャード・デニング」、「マーラ・コーディ」、「カルロス・リヴァス」、「マリオ・ナヴァロ」、「カルロス・モスクイス」、「アルトゥーロ・マルチネス」、「パスカスル・パナ」等など。

・・・メキシコ火山帯の大爆発を調査している地質学者「スコット(リチャード・デニング)」と「ラモス(カルロス・リヴァス)」は、サン・ロレンゾへの車中で不気味な鳴き声らしきものを耳にしたんでゲス。
しかも近くにゃぁ破壊されたパトカーと警官の死体があったんでしたナ。
翌朝、懐疑の念に駆られた「スコット」と「ラモス」は噴火跡も生々しい火山帯へ出かけたんでゲス。
途中で「スコット」は遠乗りに来ていて落馬した「テレサ(マーラ・コーディ)」ってな女性を救ったんだけど、ソノ時に「ラモス」が珍しい黒燿石を拾いましたナ。
「スコット」と「ラモス」は「テレサ」を連れて仮住居の研究室に戻ると、毒物学の権威「デラクルス(パスカスル・パナ)」博士と軍の「コシオ(アウトゥーロ・マルチネス)」少佐が待っていたんでゲス。
博士は惨殺された警官の死因は有機性の毒素による中毒死だという事実を打ち明けて、更に死体の近くで発見したってな巨大な足跡の石膏を見せて、数日後「スコット」と「ラモス」は「テレサ」を彼女の牧場に送り届けましたナ。
んで、ソノ夜「ラモス」は例の黒燿石を割って見たんでゲス。
中にゃぁ小さな蠍がいて、話が蠍に集中した折りも折り無気味な鳴き声と共に、想像もつかぬ巨大な蠍が牧場に現れましたナ。
長さ150フィート、高さ50フィートってな怪物の出現に一同は動転し、しかもソノ頃サン・ロレンゾの街は怪物蠍の群に襲われて・・・。




「キング・コング」の特撮をした「ウィリス・H・オブライエン」が晩年に手掛けた「巨大怪獣映画」で、先に後輩の「レイ・ハリーハウゼン」が「原子怪獣現る」で、SFX費やり繰りの為に実写背景の合成を多用した”スクリーン・リア・プロダクション方式”を開発して成功したんだけど、ソノ弊害として、
”モデル・アニメーション”=低予算作品
ってな誤認が映画界に生じてしまったんでゲス。
「オブライエン」も予期しない逆境の中で本作の制作は進行していって、結果、予算を捻出する為に一部のライブ撮影と共にアニメーション・エフェクトは人件費の安いメヒーコで行われましたナ。

ココんところ何年かお気に入りの、
「マーラ・コーディ」

が出演している作品なので観たんだけど、やっぱ好きだなぁ。
あとネ、舞台がメヒーコって事もあってコスチュームがサ、ワーク系なんだけど”ウエスタン・スタイル”(あんまり良いスナップが無くってゴメンナサイ。)ってのが嬉しいでゲス。


1950年代に制作された「現代SF映画」は兎に角コスチュームが俺みたくな”ヴィンテージ・ウエア好き”にゃぁイイですナ。
まぁ、こんな感じでゲス。
では、又。










2018年9月10日 20時09分51秒 (Mon)
「DEL SHANNON」
先月は仕事(製帽)が滅茶苦茶に忙しかったのでコチラへのUpをする時間が全くなかったでゲス。
メーカーの話だと好評の様で結構な勢いで売れてるみたいですナ。
大変に有り難いでゲス。
サァ、本題ですヨ。
今回Upするのは、
「デル・シャノン」

でゲス。
日本じゃぁ”街角男”なんて異名をとってたけど、1939年12月30日アメリカのミシガン州グランド・ラピッズ生まれで、本名は「チャールズ・ウェストーヴァー」っていいますナ。
初めて手にした楽器はカズーで、ソノ後ウクレレ、ギターへと変わっていって、高校卒業して半年後に入隊して、兵役終了後にミシガン州バトルクリークの「ハイ・ロウクラブ」で酔っ払い達の歌のバックバンドでギタリストとして出演していたんでゲス。
そんなある日「WHRV」の黒人DJ「オーリー・マクラフリン」の紹介で「ビッグ・トップ・レコーズ」レーベルと契約してニューヨークへレコーディングに行く事になったんだけど、ソノ時に用意した曲はレコーディングされずに、いつもの様に「ハイ・ロウ」に出ているとバンドメンバーのオルガン奏者「マックス・クロック」が、ある晩にAmからGへ移るってなコード進行で弾いて、”ソレ”を「デル」は早速”ソノ”コード進行を組み込んで出来た曲が、
「RUNAWAY」(邦題「悲しき街角」)
で、翌日の夜から3ヶ月間「ハイ・ロウ」で演奏した後にニューヨークでレコーディングして、結果、シングル盤は1日に8万枚も売れて、いきなり全米1位のビッグ・ヒットを記録しましたナ。
ソノ後も、
「LITTLE TOWN FLIRT」(邦題「街角のプレイ・ガール」)
「HATS OFF TO LARRY」(邦題「花咲く街角」)
「KEEP SEARCHIN’ (WE’LL FOLLOW THE SUN)」(邦題「太陽を探せ」)
「HANDY MAN」(邦題「ハンディ・マン」)
なんかもチャートに送り込んで、躍動感溢れる魅力を振りまいたんでゲス。
ギタリスト、ソングライターとしても非凡な才能を発揮した「デル」だけど、”ソレ”以上に注目すべきは、ユニークな歌唱スタイルで、唐突なファルセット唱法は、後の「ロック」シーンに少なからぬ影響を与えたんですナ。
あとネ、「ザ・ビートルズ」の、
「FROM ME TO YOU」(邦題「フロム・ミー・トゥ・ユー」)
を、いち早く取り上げて、全米チャートに初めて”「レノン」=「マッカートニー」”の名を登場させたり、
「I GO TO PIECES」(邦題「アイ・ゴー・トゥ・ピーセス」)
が「ピーター&ゴードン」でヒットしたりと、ブリティッシュ・ビート勢との交流も見逃せないでゲス。

そういやぁ、イギリスじゃぁ映画の、
「IT’S TRAD DAD」1962年
にも出演していて、
「YOU NEVER TALKED ABOUT ME」
を唄ってますナ。
1990年に自殺ってな形で早すぎる死を選んだのは残念でゲス。

俺の「デル」の思い出はというと、高校2年生の時にラジオのFM局でやってたオールディーズ番組で初めてリクエストをしたのが先出の「悲しき街角」だったり、名古屋の「ケントス」に当時付き合ってた彼女と初めて行ったのが「デル」が亡くなった当日だったりしましたナ。
どちらの出来事も忘れる事は無いでしょうネ。
ってなところで今回はオシマイでゲス。
んじゃぁ、又。







メーカーの話だと好評の様で結構な勢いで売れてるみたいですナ。
大変に有り難いでゲス。
サァ、本題ですヨ。
今回Upするのは、
「デル・シャノン」

でゲス。
日本じゃぁ”街角男”なんて異名をとってたけど、1939年12月30日アメリカのミシガン州グランド・ラピッズ生まれで、本名は「チャールズ・ウェストーヴァー」っていいますナ。
初めて手にした楽器はカズーで、ソノ後ウクレレ、ギターへと変わっていって、高校卒業して半年後に入隊して、兵役終了後にミシガン州バトルクリークの「ハイ・ロウクラブ」で酔っ払い達の歌のバックバンドでギタリストとして出演していたんでゲス。
そんなある日「WHRV」の黒人DJ「オーリー・マクラフリン」の紹介で「ビッグ・トップ・レコーズ」レーベルと契約してニューヨークへレコーディングに行く事になったんだけど、ソノ時に用意した曲はレコーディングされずに、いつもの様に「ハイ・ロウ」に出ているとバンドメンバーのオルガン奏者「マックス・クロック」が、ある晩にAmからGへ移るってなコード進行で弾いて、”ソレ”を「デル」は早速”ソノ”コード進行を組み込んで出来た曲が、
「RUNAWAY」(邦題「悲しき街角」)
で、翌日の夜から3ヶ月間「ハイ・ロウ」で演奏した後にニューヨークでレコーディングして、結果、シングル盤は1日に8万枚も売れて、いきなり全米1位のビッグ・ヒットを記録しましたナ。
ソノ後も、
「LITTLE TOWN FLIRT」(邦題「街角のプレイ・ガール」)
「HATS OFF TO LARRY」(邦題「花咲く街角」)
「KEEP SEARCHIN’ (WE’LL FOLLOW THE SUN)」(邦題「太陽を探せ」)
「HANDY MAN」(邦題「ハンディ・マン」)
なんかもチャートに送り込んで、躍動感溢れる魅力を振りまいたんでゲス。
ギタリスト、ソングライターとしても非凡な才能を発揮した「デル」だけど、”ソレ”以上に注目すべきは、ユニークな歌唱スタイルで、唐突なファルセット唱法は、後の「ロック」シーンに少なからぬ影響を与えたんですナ。
あとネ、「ザ・ビートルズ」の、
「FROM ME TO YOU」(邦題「フロム・ミー・トゥ・ユー」)
を、いち早く取り上げて、全米チャートに初めて”「レノン」=「マッカートニー」”の名を登場させたり、
「I GO TO PIECES」(邦題「アイ・ゴー・トゥ・ピーセス」)
が「ピーター&ゴードン」でヒットしたりと、ブリティッシュ・ビート勢との交流も見逃せないでゲス。

そういやぁ、イギリスじゃぁ映画の、
「IT’S TRAD DAD」1962年
にも出演していて、
「YOU NEVER TALKED ABOUT ME」
を唄ってますナ。
1990年に自殺ってな形で早すぎる死を選んだのは残念でゲス。

俺の「デル」の思い出はというと、高校2年生の時にラジオのFM局でやってたオールディーズ番組で初めてリクエストをしたのが先出の「悲しき街角」だったり、名古屋の「ケントス」に当時付き合ってた彼女と初めて行ったのが「デル」が亡くなった当日だったりしましたナ。
どちらの出来事も忘れる事は無いでしょうネ。
ってなところで今回はオシマイでゲス。
んじゃぁ、又。







プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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