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2020年6月 アーカイブ

2020年6月21日 13時37分07秒 (Sun)

BOMBER!!!

 
 5月末位からメーカーが動き出して”冬物”の製作が始まったでゲス。

何だか”革製”のモノが多いですヨ。

革は縫い直しが出来ないのでいつも”一発勝負”で大変なんだけど、ソノ分遣り甲斐があって結構楽しいでゲス。




突然話は飛ぶんだけど、先日何故か子供の頃TVでよく観ていた、


「日米対抗ローラーゲーム」

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ってのを思い出したんですナ。


1972年から1975年9月にかけて「東京12チャンネル(現テレビ東京)」が制作、放送したスポーツ中継の番組でゲス。


”殴る!!蹴る!!潰す!!話題のスポーツ、「ローラーゲーム」”


ってな謳い文句の「ローラーゲーム」は、全米じゃぁ「ローラーダービー」ともいわれ人気が高いスポーツとして知られていたんでしたナ。


アリーナに傾斜の付いたスケートリンクを組立てて、1チーム男性5人女性5人で混成された2チームが男女別に得点を競い合うスポーツで、相手チームの選手を何人追い越すかによって点数が決まるんでゲス。


攻守はどちらかのチームに得点役が残った時に攻撃側と守備側に分かれる形になるんだけど両チームに得点役が残った時には両チームが防御しながら攻撃する入り乱れた展開となるんですナ。(コレがタマランのですヨ。)



攻防は殴る、蹴る等の反則妨害を加えるというアクションゲームの要素が詰まったスポーツとされているたでゲス。



そう、解る人にゃぁワカル、

「東京ボンバーズ」

でございます。



んが、俺ネ、”コノ”「ボンバーズ」のメンバーを1人として思い出せなくって、しかも相手のアメリカのチームの事も全く思い出せないんですナ。


んでも、実況中継やってたのが「土居まさる」殿だった事は覚えてるゾ!



只々面白い番組だったなぁ・・・って感じだったでゲス。



と同時に、

”そういえば、昔「ラクウェル・ウェルチ」が出演してた「ローラーゲーム」の映画を観たゾ!”

ってな事で調べてみると、

ジャ~ン!!!


「KANSAS CITY BOMBER」1972年(邦題「カンサス・シティの爆弾娘」)

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でしたナ。



監督は「ジェロルド・フリードマン」

出演は「ラクウェル・ウェルチ」、「ケヴィン・マッカシー」、「ヘレナ・カルアニオテス」、「ノーマン・オールデン」、「ジーン・クーパー」、「メアリー・ケイ・パス」、「マーチン・バートレット」、「コーネリア・シャープ」、「ウィリアム・グレイ・エスパイ」、「ディック・レーン」等など。



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・・・カンサス・シティ・ローラーゲーム競技場じゃぁ、今晩も地元「カンサスシティ・ランブラース」と「タルサ・トーピドーズ」との試合が、いっぱいの観衆を熱狂させていたんでゲス。

わけても「ランブラーズ」の女性チームを担う「K・C・カー(ラクウェル・ウェルチ)」と「ビッグ・バーサ」が関心の的だったんでしたナ。

2人は同じチームのスター・プレーヤーでありながら、日頃から犬猿の仲で、ことに最近「K・C・カー」のトレードの噂が流れて2人の仲が過熱化して、コノ夜ついにクライマックスに達してしまったんでゲス。

2人は満場興奮の中で華々しくやり合い、マッチ・レースで雌雄を決する事になりましたナ。

敗者はチームを去って、2度と町には戻れないってな事で、白熱のマッチ・レースに敗れたのは「K・C・カー」となったでゲス。

んで、彼女はカンサス・シティを去り、久しぶりに郷里の母の許へ帰りましたナ。

郷里にゃぁ彼女の幼い2人の子供が待っていたでゲス。

「K・C・カー」の帰りを待っていたとばかり、彼女を拾い上げたのは「ポーランド・ロジャース」のオーナーで野心家の「バート・ヘンリー(ケヴィン・マッカシー)」で、「バート」は早速、「K・C・カー」を新加入として「ロジャーズ」のメンバーに紹介しましたナ。

「バート」は、「ロジャーズ」と同じくポートランド競技場をフランチャイズとする「レニゲーズ」が彼女の優先権を持っていたので、しばらく同チームでプレーさせる事にして、「ロジャーズ」の選手達も快く彼女を迎え入れたんだけど、なかでも若手の「ロビー(メアリー・ケイ・パス)」は、住居を捜す間もなかった彼女にボートハウスを提供してくれたんでゲス。

んが、6年間スターの座を占めているキャプテンの「ジャッキー・バーデット(ヘレナ・カリアニオテス)」だけは彼女を敵視し、2人のツバぜり合いは激化する一方だったんでしたナ。

「ロジャーズ」の巨漢「ハンク・ホプキンズ(ノーマン・オールデン)」や「ジャッキー」達と猛然と渡り合い、観衆を熱狂させたんでゲス。

オーナーの「バート」はシカゴ最高のチームを作ろうという野心的な計画を実行する為に「K・C・カー」に近づき・・・。




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コノ作品についても、

”何にも覚えていない”

ってのが本当で、改めて観てみようかと思ってますナ。



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ってな事で、今回はココ迄でゲス。


んじゃぁ、又。



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2020年6月7日 12時10分47秒 (Sun)

「ジョー・ミーク」の仕事

 
「JOE MEEK」

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1929年4月5日イギリスのグロスターシャ生まれで1967年2月3日銃で自殺をした男でゲス。



んで、「ジョー」って何者?・・・っていうと、”プレ「ザ・ビートルズ」時代”のブリティッシュ・ポップミュージック・シーンを語る上で欠かす事が出来ない、イギリス初の、

”インディペンデント・プロデューサー”

なんですナ。



自らレコード・レーベルを設立して、”イギリスの「フィル・スペクター」”なんて言われる事もあったりしますナ。



1953年にレコーディング・エンジニアとして音楽業界に足を踏み入れて、1960年にゃぁ念願だった自身のレーベル「トライアンフ」を設立して、

「マイケル・コックス」

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の、

「ANGELA JONES」1960年



を全英チャートのトップ10に送り込んだんでゲス。



んが、「トライアンフ」レーベルは1年足らずの短命に終わっちゃって、ソノ後は「ロイヤル・アカデミー音楽院」卒でライターとしても秀でた才能を持ってる「ジェフ・ゴダード」ってな力強いスタッフを得て活動の場を「パイ」、「デッカ」、「コロンビア」等の大手レーベルに移動して、オルガンの多用、女性コーラス、様々なSEの挿入っていった要素を、時にゃぁ”哀愁のヨーロッパ・サウンド”、時にゃぁ”スペース・サウンド”を散りばめて、独特のエコーを施して作り、ヒットを連発しましたナ。



「ジョー」が作ったサウンドを広く知らしめた最初の曲は、


「ジョン・レイトン」

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の、

「JOHNNY REMEMBER ME」1961年(邦題「霧の中のジョニー」)
 



続いて、

「ザ・トーネイドーズ」

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の、

「TELSTAR」1962年(邦題「テルスター」)
 

んで、コノ「ザ・トーネイドーズ」から独立した、

「ハインツ」

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の、

「JUST LIKE EDDIE」1963年
 


あと、

「ザ・ハニーカムズ」

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の、

「HAVE I THE RIGHT」1964年
 


って相次いで全英チャートを飾ったんでゲス。



んが、「ザ・ビートルズ」を筆頭とするビート・グループ勢の台頭でミュージック・シーンが激変すると、”ソノ”快進撃も先細りになっていきましたナ。



先出の曲程のビッグ・ヒットじゃぁないものの、他にも、


「ジ・アウトロウズ」

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の、

「AMBUSH」1961年
 


や、コノ「ジ・アウトロウズ」をバックに、

「マイク・ベリー」

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が演った、

「TRIBUTE TO BUDDY HOLLY」1961年



や、「ヘレン・シャピロ」の対抗馬としてデビューさせた、

「グレンダ・コリンズ」

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の、

「I LOST MY HEART AT THE FAIRGROUND」1963年



なんかもあったでゲス。




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ってなところかなぁ。



そうそう、主題の「ジョー・ミーク」とは関係無いんだけど、先出の「ジョン・レイトン」って、映画「大脱走」1963年で「チャールズ・ブロンソン」演じる「ダニー」と一緒に脱走を成功させる「ウィリー」役で出演してましたナ。

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あと、「ジ・アウトロウズ」に後の「ディープ・パープル」の「リッチー・ブラックモア」(左端のギター)がいたり、



「ハインツ」のバックバンドのドラマーが後の「スモール・フェイセス」や「ハンブル・パイ」の「スティーヴ・マリオット」だったりしてるでゲス。





ハイ、今回はこんなところで。



では、又。




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プロフィール

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自己紹介
WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、

”「BEAT」野郎”

で、特に1950年代が大好物でゲス。

岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)

他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)

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