2023年3月 アーカイブ
2023年3月31日 20時27分28秒 (Fri)
1950年代の「ELVIS」のレコーディングの話 (パート4)
早速前回の続きでゲス。

「トゥモロー・ナイト」から5曲のレコーディングが行われた1954年9月10日「ジャスト・ビコーズ」の辺りから何となくコツを掴みだした「エルヴィス」は、同じ様なノリでレコーディングした次の曲なんだけど、オリジナルは、
「ロイ・ブラウン」

の、
「GOOD ROCKIN’ TONIGHT」(邦題「今夜は快調!」)
で、「エルヴィス」としちゃぁ、
”初の本格的「リズムンブルーズ」のカバー”
って事になりましたナ。
ノリノリの「エルヴィス」は、次の様な解釈で演ったんでゲス。
んネ。
カッチョイイ!!!!!
コノ「今夜は・・・」をA面と先出の「お日様なんか・・・」をB面っていうカップリングで9月25日に2枚目のシングル盤としてリリースされましたナ。

んが、未だ時代が追い付いてないんだなぁ。
全くチャートされなかったでゲス。
んでも、懲りずに3枚目のレコードを出す為12月20日にスタジオへGO!
選ばれた曲は、
「ココモ・アーノルド」

の、1935年とコレ又古い「ブルーズ」の、
「MILKCOW BLUES」
を、こういった解釈で演ってますヨ。
「MILKCOW BLUES BOOGIE」
カッチョイイ!!!!!
タマラン!!!!!
俺ネ、「サン」時代の「エルヴィス」の曲で、コノ曲の「スコッティ・ムーア」のギターが1等賞に好きでゲス。
勿論、コノ曲が3枚目のシングルA面に、んでB面に選ばれたのが、
「YOU’RE A HEARTBREAKER」
ですナ。
翌55年になって直ぐの1月にリリースとなるでゲス。

そうそう、忘れちゃぁいかんのが、こういったレコーディングの合間に、
”LIVE演奏活動”
を演っているんですナ。
「エルヴィス」と「スコッティ」と「ビル」の3人で南部中心にネ。
小さな町で何度もLIVEを演っても、そんなに宣伝効果にゃぁならないみたいで、やっぱ当時は、
”ラジオ放送”
ってのが大きな役割を果たしていたんでゲス。
んで、南部一帯のラジオ放送で、一番大きな催し物っていうと、ナッシュビルで行われる、
「グランド・オール・オプリー」
で、「エルヴィス」達もオーディションを受けたんでしたナ。
んが、不合格だったんでゲス。
んじゃぁ、「グランド・・・」の対抗馬っていうかの、
「ルイジアナ・ヘイライド」
ってな催し物にサ。
こっちは合格しましたナ。
勿論、ラジオ放送もあるでゲス。
1954年10月16日に初出演しましたナ。

コノ時の録音が残っているので聴いてみましょう。
で、チャートにゃぁ全く入らなかったのに、若者達にゃぁ支持されていた事が判るでゲス。
今回はココ迄にしますネ。
次回は1955年からでゲス。
んじゃぁ、又。


「トゥモロー・ナイト」から5曲のレコーディングが行われた1954年9月10日「ジャスト・ビコーズ」の辺りから何となくコツを掴みだした「エルヴィス」は、同じ様なノリでレコーディングした次の曲なんだけど、オリジナルは、
「ロイ・ブラウン」

の、
「GOOD ROCKIN’ TONIGHT」(邦題「今夜は快調!」)
で、「エルヴィス」としちゃぁ、
”初の本格的「リズムンブルーズ」のカバー”
って事になりましたナ。
ノリノリの「エルヴィス」は、次の様な解釈で演ったんでゲス。
んネ。
カッチョイイ!!!!!
コノ「今夜は・・・」をA面と先出の「お日様なんか・・・」をB面っていうカップリングで9月25日に2枚目のシングル盤としてリリースされましたナ。

んが、未だ時代が追い付いてないんだなぁ。
全くチャートされなかったでゲス。
んでも、懲りずに3枚目のレコードを出す為12月20日にスタジオへGO!
選ばれた曲は、
「ココモ・アーノルド」

の、1935年とコレ又古い「ブルーズ」の、
「MILKCOW BLUES」
を、こういった解釈で演ってますヨ。
「MILKCOW BLUES BOOGIE」
カッチョイイ!!!!!
タマラン!!!!!
俺ネ、「サン」時代の「エルヴィス」の曲で、コノ曲の「スコッティ・ムーア」のギターが1等賞に好きでゲス。
勿論、コノ曲が3枚目のシングルA面に、んでB面に選ばれたのが、
「YOU’RE A HEARTBREAKER」
ですナ。
翌55年になって直ぐの1月にリリースとなるでゲス。

そうそう、忘れちゃぁいかんのが、こういったレコーディングの合間に、
”LIVE演奏活動”
を演っているんですナ。
「エルヴィス」と「スコッティ」と「ビル」の3人で南部中心にネ。
小さな町で何度もLIVEを演っても、そんなに宣伝効果にゃぁならないみたいで、やっぱ当時は、
”ラジオ放送”
ってのが大きな役割を果たしていたんでゲス。
んで、南部一帯のラジオ放送で、一番大きな催し物っていうと、ナッシュビルで行われる、
「グランド・オール・オプリー」
で、「エルヴィス」達もオーディションを受けたんでしたナ。
んが、不合格だったんでゲス。
んじゃぁ、「グランド・・・」の対抗馬っていうかの、
「ルイジアナ・ヘイライド」
ってな催し物にサ。
こっちは合格しましたナ。
勿論、ラジオ放送もあるでゲス。
1954年10月16日に初出演しましたナ。

コノ時の録音が残っているので聴いてみましょう。
で、チャートにゃぁ全く入らなかったのに、若者達にゃぁ支持されていた事が判るでゲス。
今回はココ迄にしますネ。
次回は1955年からでゲス。
んじゃぁ、又。

2023年3月30日 21時12分56秒 (Thu)
1950年代の「ELVIS」のレコーディングの話 (パート3)
お袋ちゃんが日頃お世話になっている眼科に連れていったんだけど、ソノ眼科の結構近い所に、
”「中将姫」の桜”
があるので見に行ってきたでゲス。


とっても綺麗だったなぁ。
さて、本題でゲス。
前回迄の「エルヴィス」は、
”バラード・シンガー”
ってな感じで、色々と唄ってはみたものの「サン・スタジオ」の「サム・フィリップス」も、バックの「スコッティ・ムーア」と「ビル・ブラック」も、勿論「エルヴィス」本人もイマイチな感じは否めなかったんでゲス。

そんな試行錯誤している時の休憩中に「エルヴィス」は「ブルーズ」を唄い出すんですナ。
1954年7月5日の事でゲス。
曲は、
「アーサー”ビッグ・ボーイ”クルダップ」

の、
「THAT'S ALL RIGHT」
で、”ソレ”を聴いた「サム・フィリップス」が、
「オイオイ、こりゃぁイイ感じだゾ!」
ってな事で、コノ曲をレコードにする事になったんですナ。
んが、始まってみると、中々上手くいかないんですヨ。
「エルヴィス」もバックの2人も、どうにも曲が掴み切れないんでゲス。
何度も何度も演ってるうちに段々調子が出てきてレコード化されましたナ。
は、1954年7月19日にシングル盤のA面としてリリースされたんでゲス。
ココで世に言う、
”デビュー・レコード”
って事になる訳ですナ。
ローカルじゃぁチョットしたヒットにゃぁなったんだけど、流石にチャートに入る様な事は無かったんでゲス。
んが、「カントリー・ミュージック」業界は、新しい試みだと気が付いたんですナ。
んで、
「マーティ・ロビンス」

が、デビューして2年目だったんだけど、「カントリー・ミュージック」チャートじゃぁ既に1位の曲が何曲もあって、そんな「マーティ」6枚目のシングルとして選んだんでゲス。
1955年2月にリリースされて「カントリー・ミュージック」チャートで7位迄上がりましたナ。
”「中将姫」の桜”
があるので見に行ってきたでゲス。


とっても綺麗だったなぁ。
さて、本題でゲス。
前回迄の「エルヴィス」は、
”バラード・シンガー”
ってな感じで、色々と唄ってはみたものの「サン・スタジオ」の「サム・フィリップス」も、バックの「スコッティ・ムーア」と「ビル・ブラック」も、勿論「エルヴィス」本人もイマイチな感じは否めなかったんでゲス。

そんな試行錯誤している時の休憩中に「エルヴィス」は「ブルーズ」を唄い出すんですナ。
1954年7月5日の事でゲス。
曲は、
「アーサー”ビッグ・ボーイ”クルダップ」

の、
「THAT'S ALL RIGHT」
で、”ソレ”を聴いた「サム・フィリップス」が、
「オイオイ、こりゃぁイイ感じだゾ!」
ってな事で、コノ曲をレコードにする事になったんですナ。
んが、始まってみると、中々上手くいかないんですヨ。
「エルヴィス」もバックの2人も、どうにも曲が掴み切れないんでゲス。
何度も何度も演ってるうちに段々調子が出てきてレコード化されましたナ。
は、1954年7月19日にシングル盤のA面としてリリースされたんでゲス。
ココで世に言う、
”デビュー・レコード”
って事になる訳ですナ。
ローカルじゃぁチョットしたヒットにゃぁなったんだけど、流石にチャートに入る様な事は無かったんでゲス。
んが、「カントリー・ミュージック」業界は、新しい試みだと気が付いたんですナ。
んで、
「マーティ・ロビンス」

が、デビューして2年目だったんだけど、「カントリー・ミュージック」チャートじゃぁ既に1位の曲が何曲もあって、そんな「マーティ」6枚目のシングルとして選んだんでゲス。
1955年2月にリリースされて「カントリー・ミュージック」チャートで7位迄上がりましたナ。
んで、「エルヴィス」に話は戻るんだけど、コノ「ザッツ・オール・・・」のB面に選んだ曲は、「ブルーグラス・ミュージック」の大御所の、
「ビル・モンロー」

の、
「BLUE MOON OF KENTUCKY」(邦題「ケンタッキーの青い月」
で、「エルヴィス」は、こういった「ワルツ」スタイルじゃぁ演ってなくって、
こんな風、アップ・テンポの「シャッフル」にしてるでゲス。
しかも、”エコー”が掛かってるでしょ。
「フィードバック・エコー」
ってな”テープ・エコー”なんだけど、
「レス・ポール」

が発明したらしいでゲス。
1954年7月6日、コノ曲が、
”最初期の「ロックンロール」の1つのスタイル”
として、
”「ロックンロール」誕生!!!!!”
って認識されていますナ。
続いて2枚目のシングルはどうしようって事になって、8月19日に又レコーディングを始めるんでゲス。
ココで”バラード・シンガー”に戻って・・・ってか、「バラード」が好きなんでしょうネ。
選ばれたのは、”名曲”の、
「BLUE MOON」(邦題「ブルーム)
でゲス。
「ブルームーン」に続いて9月10日にレコーディングした曲は古い「ブルーズ」の、
「TOMORROW NIGHT」
で、コノ頃は未だヒット曲が出てないんだけど、んでも「バラード」の唄い方はズ~ッと一緒なんだよネ。
んで、コノ曲って大勢のシンガーが唄っているんだけど、「エルヴィス」は誰のバージョンを引用しているかと考えるに恐らく、
「ロニー・ジョンソン」

の、
”コレ”じゃぁないかと思うでゲス。
んでネ、どの曲も第2弾シングルにゃぁ相応しくないって事で、他に4曲レコーディングをし直すんですナ。
選ばれた曲は、
「I'LL NEVER LET YOU GO」(邦題「あなたを離さない」)
続いてコレ又大勢のシンガーが唄っている、
「I DON’T CARE IF THE SUN DON’T SHINE」(邦題「お日様なんか出なくても構わない」)
で、コノ曲は、
”「ロック」の歴史において可成り重要な曲”
なんだそうでゲス。
っていうのも、曲中で”キス”が何度も登場するんだけど、”ソノ”表現の仕方が”直接的”ってところが「エルヴィス」の功績のひとつだと言われていますナ。
続いて選んだのは、コレ又大勢のシンガーが唄っている古い曲のカバーで、
「JUST BECAUSE」
でゲス。
コノ日のレコーディングだと、あと1曲あるんだけど、今回はココ迄ですヨ。
続きは次回でゲス。
んじゃぁ、又。
で、「エルヴィス」は、こういった「ワルツ」スタイルじゃぁ演ってなくって、
こんな風、アップ・テンポの「シャッフル」にしてるでゲス。
しかも、”エコー”が掛かってるでしょ。
「フィードバック・エコー」
ってな”テープ・エコー”なんだけど、
「レス・ポール」

が発明したらしいでゲス。
1954年7月6日、コノ曲が、
”最初期の「ロックンロール」の1つのスタイル”
として、
”「ロックンロール」誕生!!!!!”
って認識されていますナ。
続いて2枚目のシングルはどうしようって事になって、8月19日に又レコーディングを始めるんでゲス。
ココで”バラード・シンガー”に戻って・・・ってか、「バラード」が好きなんでしょうネ。
選ばれたのは、”名曲”の、
「BLUE MOON」(邦題「ブルーム)
でゲス。
「ブルームーン」に続いて9月10日にレコーディングした曲は古い「ブルーズ」の、
「TOMORROW NIGHT」
で、コノ頃は未だヒット曲が出てないんだけど、んでも「バラード」の唄い方はズ~ッと一緒なんだよネ。
んで、コノ曲って大勢のシンガーが唄っているんだけど、「エルヴィス」は誰のバージョンを引用しているかと考えるに恐らく、
「ロニー・ジョンソン」

の、
”コレ”じゃぁないかと思うでゲス。
んでネ、どの曲も第2弾シングルにゃぁ相応しくないって事で、他に4曲レコーディングをし直すんですナ。
選ばれた曲は、
「I'LL NEVER LET YOU GO」(邦題「あなたを離さない」)
続いてコレ又大勢のシンガーが唄っている、
「I DON’T CARE IF THE SUN DON’T SHINE」(邦題「お日様なんか出なくても構わない」)
で、コノ曲は、
”「ロック」の歴史において可成り重要な曲”
なんだそうでゲス。
っていうのも、曲中で”キス”が何度も登場するんだけど、”ソノ”表現の仕方が”直接的”ってところが「エルヴィス」の功績のひとつだと言われていますナ。
続いて選んだのは、コレ又大勢のシンガーが唄っている古い曲のカバーで、
「JUST BECAUSE」
でゲス。
コノ日のレコーディングだと、あと1曲あるんだけど、今回はココ迄ですヨ。
続きは次回でゲス。
んじゃぁ、又。
2023年3月29日 20時24分35秒 (Wed)
1950年代の「ELVIS」のレコーディングの話 (パート2)
今朝、お袋ちゃんが以前に住んでいた家(600m位離れたの所)にある家庭菜園へ行って、帰ってきたら、
「道中に見える山の桜が綺麗だったから、クルマで近く迄見に行こう。」
なんて言うじゃぁないの。
まぁ、仕事もべらぼうに忙しい事もないのでOKして行ってきたでゲス。


とっても綺麗だったなぁ。
さてさて、本題ですヨ。
前回に続いて「エルヴィス」の話でゲス。

前回の最後に、
「スコッティ・ムーア」と「ビル・ブラック」

がバックに就くってなところ迄でしたナ。
んで、1954年7月5日に最初のレコーディングをするんでゲス。
最初に選ばれたのは、
「HARBOR LIGHTS」(邦題「ハーバー・ライト」)
で、”コレ”を聴くと、やっぱり「コーラス・グループ」のリード・シンガーになりたかったんじゃぁないかと思っちゃうなぁ。
”バラード・シンガー”なんだよネ。
例えば後に「LOVE ME TENDER」とか「ARE YOU LONESOME TONIGHT」、「BLUE HAWAII」なんかの曲をリリースする度に、
「エルヴィスはイメージ・チェンジした!」
とか言われたもんなんだけど、”逆”なんだよネ。
本来はこうゆう歌が好きで、こうゆうタイプの歌を唄いたかったんだとでゲス。
当時、
「ザ・ドミノズ」

っていう「コーラス・グループ」がいて、リード・シンガーが「クライド・マクファター」で、「エルヴィス」は大好きだったみたいで、コノ「ザ・ドミノズ」も「ハーバー・ライト」を演っているんで、彼等のバージョンもUpしましょうネ。
カッチョイイ!!!!!
「エルヴィス」とは全く違うけど、幾らかは参考にしたのかナ。
んで、「ハーバー・ライト」に続いてレコーディングしたのは、
「I LOVE YOU BECAUSE」
で、コノ後も沢山「バラード」を唄うけど、ズ~ッとこんな感じの”唄い方”なんだよなぁ。
最初から、こういった感じで、もう出来上がってるでゲス。
んで、コノ曲は、
「エディ・フィッシャー」

が唄っているので、こちらのバージョンもUpしますネ。
当時大変に人気があった「エディ・フィッシャー」のバージョンを恐らく「エルヴィス」は聴いていたと思うんだけど、「エルヴィス」が演ったのは凄くスロー・テンポで、未だ19歳のアマチュアだったのに、プロ・シンガーと互角の歌唱力でゲス。
さてさて、今回はココ迄ですナ。
次回は本格的にロックンローラーとしてスタートする「エルヴィス」の登場でゲス。
んじゃぁ、コレにて。


「道中に見える山の桜が綺麗だったから、クルマで近く迄見に行こう。」
なんて言うじゃぁないの。
まぁ、仕事もべらぼうに忙しい事もないのでOKして行ってきたでゲス。


とっても綺麗だったなぁ。
さてさて、本題ですヨ。
前回に続いて「エルヴィス」の話でゲス。

前回の最後に、
「スコッティ・ムーア」と「ビル・ブラック」

がバックに就くってなところ迄でしたナ。
んで、1954年7月5日に最初のレコーディングをするんでゲス。
最初に選ばれたのは、
「HARBOR LIGHTS」(邦題「ハーバー・ライト」)
で、”コレ”を聴くと、やっぱり「コーラス・グループ」のリード・シンガーになりたかったんじゃぁないかと思っちゃうなぁ。
”バラード・シンガー”なんだよネ。
例えば後に「LOVE ME TENDER」とか「ARE YOU LONESOME TONIGHT」、「BLUE HAWAII」なんかの曲をリリースする度に、
「エルヴィスはイメージ・チェンジした!」
とか言われたもんなんだけど、”逆”なんだよネ。
本来はこうゆう歌が好きで、こうゆうタイプの歌を唄いたかったんだとでゲス。
当時、
「ザ・ドミノズ」

っていう「コーラス・グループ」がいて、リード・シンガーが「クライド・マクファター」で、「エルヴィス」は大好きだったみたいで、コノ「ザ・ドミノズ」も「ハーバー・ライト」を演っているんで、彼等のバージョンもUpしましょうネ。
カッチョイイ!!!!!
「エルヴィス」とは全く違うけど、幾らかは参考にしたのかナ。
んで、「ハーバー・ライト」に続いてレコーディングしたのは、
「I LOVE YOU BECAUSE」
で、コノ後も沢山「バラード」を唄うけど、ズ~ッとこんな感じの”唄い方”なんだよなぁ。
最初から、こういった感じで、もう出来上がってるでゲス。
んで、コノ曲は、
「エディ・フィッシャー」

が唄っているので、こちらのバージョンもUpしますネ。
当時大変に人気があった「エディ・フィッシャー」のバージョンを恐らく「エルヴィス」は聴いていたと思うんだけど、「エルヴィス」が演ったのは凄くスロー・テンポで、未だ19歳のアマチュアだったのに、プロ・シンガーと互角の歌唱力でゲス。
さてさて、今回はココ迄ですナ。
次回は本格的にロックンローラーとしてスタートする「エルヴィス」の登場でゲス。
んじゃぁ、コレにて。


2023年3月28日 20時53分52秒 (Tue)
1950年代の「ELVIS」のレコーディングの話 (パート1)
イヤァ、先月の最終週から始まった、
”大量入荷地獄”(ソレも急ぎ!!!!!)
が、昨日やっと終わったでゲス。
内訳はというと、
※ レディース「デザイン・ハット」170個
※ レディース「キャスケット・キャップ」250個
※ メンズ「キャスケット・キャップ」470個
だったんだけど、ソコに追加の、
※ レディース「デザイン・ハット」170個
の全1060個製作しましたナ。
んで、現在は、
※ メンズ「キャスケット・キャップ」460個
製作中でゲス。
コチラは急ぎじゃぁないので普通のスピードで納品出来ますナ。
ってなところで、本題でゲス。
あのネ、どれ位前だったか、大好きな1960年代の”アメリカン・ゴールデン・ポップス”について可成り詳しい資料を手に入れたんですナ。
んで、”ソコ”にゃぁ、
何故、アノ時代の「アメリカン・ポップス」が”ゴールデン”と呼ばれているのか。
そして、”ソコ”に至る迄の経緯(特に”1950年代の「商業音楽」について)がUpされていたんでゲス。
実は、今回資料で以前から色知っていた事が色々と認識が違っていたり、新しく知った事が多々あったんですヨ。
んで、改めて学習し直したんでゲス。
そんな中から今回は「エルヴィス・プレスリー」のレコーディングについての話をUpをしようと思いましたナ。
1953年7月18日、「エルヴィス」は「サン・スタジオ」へレコーディングにやって来ましたナ。

18歳の「エルヴィス」がレコーディングした曲は、
「MY HAPPINESS」
でゲス。
コノ世に存在する「エルヴィス」の”最古の歌声”ですナ。
んで、B面にもう1曲唄っていて、
「THAT'S WHEN YOUR HAARTACHES BEGIN」(邦題「心のうずく時」)
で、先出の「マイ・ハピネス」は誰のヴァージョンから引用したのかは?だけど、「心の・・・」は恐らく、
「ジ・インクスポッツ」

のヴァージョンからの引用じゃぁないかと思うでゲス。
どうやら「エルヴィス」って「コーラス・グループ」が大好きだったみたいで、こういったグループの”リード・シンガー”になりたかったみたいですナ。
んで、レコードを作ったんだけど、一説にゃぁ、
”お母さんへの誕生日プレゼント”
ってな話を聞いた事があると思うんだけど、お母さんの誕生日って7月18日前後じゃぁないらしく、どうやら作り話みたいでゲス。
要するに”歌手”になりたかった「エルヴィス」は「サン・スタジオ」のオーナーの、
「サム・フィリップス」

が、「サン・レコード」として自分のレーベルを持っていたので「サム」が聴いてくれるだろうと思ってレコーディングに行ったんだと思われますナ。
んが、半年たっても何の連絡もないので、1954年1月に又「サン・スタジオ」に行くんでゲス。
んで、レコーディングする事になるんだけど、曲は、
「I’LL NEVER STAND IN YOUR WAY」
なんだけど、「サム」はレコードを無くちゃって、6月位にどっかから手に入れて、
「”コレ”を唄ってる男を探せ!」
ってな事で、ようやく「エルヴィス」に連絡があったんですナ。
もう、丸々1年待った訳でゲス。
んで、早速知り合いのミュージシャンに「エルヴィス」を預ける事になったんだけど、「サン」レーベルでレコードを出していた、
「ダグ・ポインデクスター」

のバック・バンドのギタリストの「スコッティ・ムーア」とベーシストの「ビル・ブラック」でしたナ。
さてさて、やっとココで、
「エルヴィス & スコッティ & ビル」

が揃うんでゲス。
コノ続きは次回にしますネ。
んじゃぁ、今回はコレにて。



”大量入荷地獄”(ソレも急ぎ!!!!!)
が、昨日やっと終わったでゲス。
内訳はというと、
※ レディース「デザイン・ハット」170個
※ レディース「キャスケット・キャップ」250個
※ メンズ「キャスケット・キャップ」470個
だったんだけど、ソコに追加の、
※ レディース「デザイン・ハット」170個
の全1060個製作しましたナ。
んで、現在は、
※ メンズ「キャスケット・キャップ」460個
製作中でゲス。
コチラは急ぎじゃぁないので普通のスピードで納品出来ますナ。
ってなところで、本題でゲス。
あのネ、どれ位前だったか、大好きな1960年代の”アメリカン・ゴールデン・ポップス”について可成り詳しい資料を手に入れたんですナ。
んで、”ソコ”にゃぁ、
何故、アノ時代の「アメリカン・ポップス」が”ゴールデン”と呼ばれているのか。
そして、”ソコ”に至る迄の経緯(特に”1950年代の「商業音楽」について)がUpされていたんでゲス。
実は、今回資料で以前から色知っていた事が色々と認識が違っていたり、新しく知った事が多々あったんですヨ。
んで、改めて学習し直したんでゲス。
そんな中から今回は「エルヴィス・プレスリー」のレコーディングについての話をUpをしようと思いましたナ。
1953年7月18日、「エルヴィス」は「サン・スタジオ」へレコーディングにやって来ましたナ。

18歳の「エルヴィス」がレコーディングした曲は、
「MY HAPPINESS」
でゲス。
コノ世に存在する「エルヴィス」の”最古の歌声”ですナ。
んで、B面にもう1曲唄っていて、
「THAT'S WHEN YOUR HAARTACHES BEGIN」(邦題「心のうずく時」)
で、先出の「マイ・ハピネス」は誰のヴァージョンから引用したのかは?だけど、「心の・・・」は恐らく、
「ジ・インクスポッツ」

のヴァージョンからの引用じゃぁないかと思うでゲス。
どうやら「エルヴィス」って「コーラス・グループ」が大好きだったみたいで、こういったグループの”リード・シンガー”になりたかったみたいですナ。
んで、レコードを作ったんだけど、一説にゃぁ、
”お母さんへの誕生日プレゼント”
ってな話を聞いた事があると思うんだけど、お母さんの誕生日って7月18日前後じゃぁないらしく、どうやら作り話みたいでゲス。
要するに”歌手”になりたかった「エルヴィス」は「サン・スタジオ」のオーナーの、
「サム・フィリップス」

が、「サン・レコード」として自分のレーベルを持っていたので「サム」が聴いてくれるだろうと思ってレコーディングに行ったんだと思われますナ。
んが、半年たっても何の連絡もないので、1954年1月に又「サン・スタジオ」に行くんでゲス。
んで、レコーディングする事になるんだけど、曲は、
「I’LL NEVER STAND IN YOUR WAY」
なんだけど、「サム」はレコードを無くちゃって、6月位にどっかから手に入れて、
「”コレ”を唄ってる男を探せ!」
ってな事で、ようやく「エルヴィス」に連絡があったんですナ。
もう、丸々1年待った訳でゲス。
んで、早速知り合いのミュージシャンに「エルヴィス」を預ける事になったんだけど、「サン」レーベルでレコードを出していた、
「ダグ・ポインデクスター」

のバック・バンドのギタリストの「スコッティ・ムーア」とベーシストの「ビル・ブラック」でしたナ。
さてさて、やっとココで、
「エルヴィス & スコッティ & ビル」

が揃うんでゲス。
コノ続きは次回にしますネ。
んじゃぁ、今回はコレにて。



プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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