2023年12月 アーカイブ
2023年12月21日 9時27分14秒 (Thu)
「ON THE WATERFRONT」
寒い!!!!!
何だか今月に入ってメッキリ寒くなってきましたネ。
今年も残すところ僅かとなりましたヨ。
そんな今日コノ頃に今年を振り返ってみたところ、先ず最初に思いついたのは、
”お袋ちゃんの乳癌発症、及びソノ手術、以降のケア”
でゲス。
7月に乳癌と分かって8月の初めに手術、左胸と近くのリンパの摘出、現在も抗がん剤治療を行っていますナ。
続いて、
”仲良くしてもらっている年上の友達が甲状腺癌だと分かった事”
でゲス。
本当に日頃から色々と声を掛けてもらっている大切な大切な人物なので滅茶苦茶心配ですナ。
何処か”兄”の様に思って慕っているので、良くなる事を願わずにゃぁいられんのであります。
続いて、
”日頃から仲良くしてもらっている年下の友達が結婚した事”
でゲス。
イヤァ、何だろう、ヤタラメッタラに嬉しい!!!!!
今年1番に嬉しかった出来事かもなぁ。
彼にはチョクチョク帽子のオーダーも貰えて小遣い稼ぎになっているので有難いのであります。
いつか奥さんも連れて遊びに来てほしいものでゲス。
あと、毎年叶わずにいる事なんだけど、
”ムッチリ美人とデートが出来なかった事”
ですかネ。
仕事が滅茶苦茶忙しい事もあって、あんまり出歩く時間が無いってのも原因かなぁ。
ト・ホ・ホ・・・・・でゲス。
まぁ、こんなところで本題にしましょうネ。
今回Upするのは、もしかして以前にもUpしたかもしれない映画の、
「ON THE WATERFRONT」1954年(邦題「波止場」)

でゲス。
監督は、「エリア・カザン」
出演は、「マーロン・ブランド」、「カール・マルデン」、「リー・J・コッブ」、「エヴァ・マリー・セイント」、「ロッド・スタイガー」、「パット・ヘイング」、「マーティン・バルサム」等など。

・・・「テリー(マーロン・ブランド)」は元ボクサーなんだけど、落ちぶれた今は波止場で荷役をする日雇い労働者をしてますナ。
「テリー」がボクシング界を去ったのは、ギャング一味でもある兄「チャーリー(ロッド・スタイガー)」の指示で八百長に加担した為だったんでゲス。
或る日「テリー」は地元のギャング「ジョニー(リー・J・コッブ)」の命令で、昔馴染みの友達を呼び出して、結果的に殺人に関与してしまうんですナ。
波止場を牛耳る「ジョニー」が自分の立場を脅かす存在を殺していく事に皆は怯えて、「テリー」も逆らえずにいたところ、死んだ友人の妹「イディ(エヴァ・マリー・セイント)」と出会うんでゲス。
兄の死の真実を追求する「イディ」の姿に心を動かされて「テリー」は次第に信念に基づいて生きる事に目覚めていくんですナ。
そんな様子を知った「ジョニー」は「チャーリー」に「テリー」を黙らせる様に指示をするんでゲス。
んで、「チャーリー」は「テリー」を説得するんだけど、「テリー」が拒んだ結果「チャーリー」は殺されちゃうんですヨ。
「テリー」は裁判で証言台に立つんだけど、ギャング達の執拗な妨害工作で”裏切者”のレッテルが貼られて仕事も無くなって、仲間の労働者達からもソッポを向かれて疎遠となっていって・・・。






ニューヨークの港を舞台にギャングの一味に立ち向かう1人の港湾労働者の姿を描いた作品でゲス。
寒くなってくると、いつも思い出す作品で、主演の「マーロン・ブランド」が着用しているコスチュームがイイんですヨ。

冬のニューヨーク、しかも波止場なので、当然”薄着なんて絶対無理”でゲス。
”バッファロー・チェック柄のJP”
”無地のネル・シャツ”
”コーデユロイ・パンツ”
”中ボア入りチャッカー・ブーツ”

作品最後の方じゃぁ恐らく、
”民間使用Bー15フライトJK”

なんかも着用して登場しますナ。
他にも、兄貴役の「ロッド・スタイガー」がギャングの仲間って事で、
”高級なカシミアか何かのコート”

着ていたり、港湾労働者達も各々に、
”冬用ワーク・ウェア”

で登場して、こういった服が大好きな俺としちゃぁワクワク嬉しい作品でゲス。
コノ頃の「マーロン・ブランド」の、
”チンピラ具合”
がイイなぁ。
「ポール・ニューマン」が1等賞にイイんだけど、「マーロン」もイイ!!!!!

んでネ、コノ作品は「アカデミー賞」を色々と受賞していて、”作品賞”、”監督賞”、”脚本賞”、”主演男優賞”、”助演女優賞”等8部門を受賞しましたナ。

あのネ、”助演女優賞”を受賞した、
「エヴァ・マリー・セイント」

って、俺あんまり好きじゃぁ無いんだよなぁ。
「北北西に進路をとれ」

とか、
「栄光への脱出」

とかにも出演していて、2作品共大好きなんだけど「エヴァ・マリー」はネ。(ファンの方、ゴメンナサイ。)





以上でゲス。
今年1年お世話になりました。
どうぞ来年も宜しくお願いします。
では、コレにて。
良い(好い)お年を。





何だか今月に入ってメッキリ寒くなってきましたネ。
今年も残すところ僅かとなりましたヨ。
そんな今日コノ頃に今年を振り返ってみたところ、先ず最初に思いついたのは、
”お袋ちゃんの乳癌発症、及びソノ手術、以降のケア”
でゲス。
7月に乳癌と分かって8月の初めに手術、左胸と近くのリンパの摘出、現在も抗がん剤治療を行っていますナ。
続いて、
”仲良くしてもらっている年上の友達が甲状腺癌だと分かった事”
でゲス。
本当に日頃から色々と声を掛けてもらっている大切な大切な人物なので滅茶苦茶心配ですナ。
何処か”兄”の様に思って慕っているので、良くなる事を願わずにゃぁいられんのであります。
続いて、
”日頃から仲良くしてもらっている年下の友達が結婚した事”
でゲス。
イヤァ、何だろう、ヤタラメッタラに嬉しい!!!!!
今年1番に嬉しかった出来事かもなぁ。
彼にはチョクチョク帽子のオーダーも貰えて小遣い稼ぎになっているので有難いのであります。
いつか奥さんも連れて遊びに来てほしいものでゲス。
あと、毎年叶わずにいる事なんだけど、
”ムッチリ美人とデートが出来なかった事”
ですかネ。
仕事が滅茶苦茶忙しい事もあって、あんまり出歩く時間が無いってのも原因かなぁ。
ト・ホ・ホ・・・・・でゲス。
まぁ、こんなところで本題にしましょうネ。
今回Upするのは、もしかして以前にもUpしたかもしれない映画の、
「ON THE WATERFRONT」1954年(邦題「波止場」)

でゲス。
監督は、「エリア・カザン」
出演は、「マーロン・ブランド」、「カール・マルデン」、「リー・J・コッブ」、「エヴァ・マリー・セイント」、「ロッド・スタイガー」、「パット・ヘイング」、「マーティン・バルサム」等など。

・・・「テリー(マーロン・ブランド)」は元ボクサーなんだけど、落ちぶれた今は波止場で荷役をする日雇い労働者をしてますナ。
「テリー」がボクシング界を去ったのは、ギャング一味でもある兄「チャーリー(ロッド・スタイガー)」の指示で八百長に加担した為だったんでゲス。
或る日「テリー」は地元のギャング「ジョニー(リー・J・コッブ)」の命令で、昔馴染みの友達を呼び出して、結果的に殺人に関与してしまうんですナ。
波止場を牛耳る「ジョニー」が自分の立場を脅かす存在を殺していく事に皆は怯えて、「テリー」も逆らえずにいたところ、死んだ友人の妹「イディ(エヴァ・マリー・セイント)」と出会うんでゲス。
兄の死の真実を追求する「イディ」の姿に心を動かされて「テリー」は次第に信念に基づいて生きる事に目覚めていくんですナ。
そんな様子を知った「ジョニー」は「チャーリー」に「テリー」を黙らせる様に指示をするんでゲス。
んで、「チャーリー」は「テリー」を説得するんだけど、「テリー」が拒んだ結果「チャーリー」は殺されちゃうんですヨ。
「テリー」は裁判で証言台に立つんだけど、ギャング達の執拗な妨害工作で”裏切者”のレッテルが貼られて仕事も無くなって、仲間の労働者達からもソッポを向かれて疎遠となっていって・・・。






ニューヨークの港を舞台にギャングの一味に立ち向かう1人の港湾労働者の姿を描いた作品でゲス。
寒くなってくると、いつも思い出す作品で、主演の「マーロン・ブランド」が着用しているコスチュームがイイんですヨ。

冬のニューヨーク、しかも波止場なので、当然”薄着なんて絶対無理”でゲス。
”バッファロー・チェック柄のJP”
”無地のネル・シャツ”
”コーデユロイ・パンツ”
”中ボア入りチャッカー・ブーツ”

作品最後の方じゃぁ恐らく、
”民間使用Bー15フライトJK”

なんかも着用して登場しますナ。
他にも、兄貴役の「ロッド・スタイガー」がギャングの仲間って事で、
”高級なカシミアか何かのコート”

着ていたり、港湾労働者達も各々に、
”冬用ワーク・ウェア”

で登場して、こういった服が大好きな俺としちゃぁワクワク嬉しい作品でゲス。
コノ頃の「マーロン・ブランド」の、
”チンピラ具合”
がイイなぁ。
「ポール・ニューマン」が1等賞にイイんだけど、「マーロン」もイイ!!!!!

んでネ、コノ作品は「アカデミー賞」を色々と受賞していて、”作品賞”、”監督賞”、”脚本賞”、”主演男優賞”、”助演女優賞”等8部門を受賞しましたナ。

あのネ、”助演女優賞”を受賞した、
「エヴァ・マリー・セイント」

って、俺あんまり好きじゃぁ無いんだよなぁ。
「北北西に進路をとれ」

とか、
「栄光への脱出」

とかにも出演していて、2作品共大好きなんだけど「エヴァ・マリー」はネ。(ファンの方、ゴメンナサイ。)





以上でゲス。
今年1年お世話になりました。
どうぞ来年も宜しくお願いします。
では、コレにて。
良い(好い)お年を。





2023年12月7日 13時21分33秒 (Thu)
ソノ後のナッシュヴィルの話 (パート3)
前回は、
「ドン・ギブソン」

がナッシュヴィルにやって来て、最初は振るわなかったモノの、
「I CAN’T STOP LOVIN’ YOU」(邦題「愛さずにはいられない」)
がヒットして、ソノ後ヒット・チャートの常連になって次々と名曲をかっ飛ばしていくところ迄Upしたでゲス。
んで、今回はニューメキシコ州クロービスの「ノーマン・ペティ・スタジオ」で燻っていた、
「ロイ・オービソン」

に、ツアーでやって来た、
「ジョニー・キャッシュ」

が、「サム・フィリップス」を紹介してメンフィスに来て「サン」レーベルから何曲かリリースしていた1958年に今度は「RCA」レーベルに移籍をしたところから話は始まるんですナ。
出版社は「ドン・ギブソン」と同じ「エイカフ・ローズ」、プロデューサーも同じで、
「チェット・アトキンス」

レコーディングした曲は、
「SEEMS TO ME」
で、コーラスは、
「ザ・ジョーダネアーズ」

作曲は「ジ・エヴァリー・ブラザーズ」のヒット・メイカー「ブードロウ・ブライアント」だったんだけど、ヒットしなかったでゲス。
メンフィスからナッシュヴィルにやって来るキッカケになったのは先出の「ジ・エヴァリー・・・」の、
「CLAUDETTE」
が、以前Upした”名曲”の、
「ALL I HAVE TO DO IT DREAM」
のB面としてリリースされて、”ソノ”作者が「ロイ」で、「ポップ・チャート」で30位のヒットした事から「エイカフ・ローズ」から声が掛かったんですナ。
えっと、「クローデット」って曲は「サン」レーベル時代に作った作品で最初はこんな感じでゲス。
んで、こんな縁でナッシュヴィルにやって来て「RCA」レーベルと契約して先出の「シームス・トゥ・・・」が第1弾となったんだけどヒットしなかったんで、第2弾は「ロックンロール」路線でリリースしましたナ。
「ALMOST EIGHTEEN」
で、自作曲だったんだけどヒットせずでゲス。
3枚目は、元の自分のバンド「ザ・ティーン・キングス」でギターを弾いていた、
「ピーナッツ・ウィルソン」

に作った曲のセルフ・カバーでしたナ。
「PAPER BOY」
あのネ、レコーディングはしたんだけど、「エイカフ・ローズ」の社長が「RCA」レーベルからじゃぁなくって「モニュメント」レーベルからリリースすると言い出して、ついてはレコーディングをやり直すって事になったんでゲス。
んで、「ロイ」は「モニュメント」レーベルがどんな所なのか分からないままスタジオに行ったところ、いつものナッシュヴィル”Aチーム”のメンバーが揃っていて再レコーディングしたんですナ。
ガッハッハ!!!
殆ど一緒だヨ!!!
まぁネ、バックのミュージシャンが一緒なのであんまり違いが感じられないでゲス。
「モニュメント」レーベル用のマスターが欲しかったんでしょうかネ。
なので「ロイ」の「モニュメント」レーベル第1弾になったんでゲス。
さて、「モニュメント」レーベルについてですが、1958年3月にワシントンD.C.で始まったレーベルで、後にナッシュヴィルに移ってくるんだけど、作ったのは、
「フレッド・フォスター」

っていって、マイナー・レーベルなんかを捜し歩くってな営業をやっていた人物なんですナ。
なのでセールスに関しては経験豊富だったんでゲス。
因みに「モニュメント」レーベル第1弾は、
「ビリー・グラマー」

の、
「GOTTA TRAVEL ON」
で、「ポップ・チャート」4位、「カントリー・ミュージック・チャート」5位、「リズムンブルーズ・チャート」14位ってな大ヒットで、最初にリリースしたレコードから4位ってなスタート・ダッシュとしちゃぁ凄いですナ。
んで、「ロイ・オービソン」の「ペイパー・ボーイ」なんだけど、ヒットせずでゲス。
中々「ロイ」の”ヒットへの道”は遠かったんですナ。
丁度ソノ頃、「ロイ」はソングライターの、
「ジョー・メルソン」

と知り合うんでゲス。
「ジョー」は「ロイ」の自宅の隣町に住んでいて、2人は意気投合して一緒に曲を作ろうってな事になったんですナ。

「ジョー」が作っていた曲に「ロイ」が詞を付けて、更にストリングスを入れて、”ソコ”にいつものナッシュヴィル”Aチーム”が参加して出来上がったのが、
「UP TOWN」
で、漸く出来ましたヨ。
”「ロイ・オービソン」サウンド”
1956年「ウービー・ドゥービー」が「ポップ・チャート」59位にランクされてから4年半ぶりの1960年1月にチャート入りして72位だったんだけど、まぁしかしココ迄の道のりを考えると”上出来”っていってもイイと思うでゲス。
えっとネ、コノ「アップ・タウン」の前の「ペイパー・・・」迄は「RCAスタジオ」の古い方の”Aスタジオ”を使ってレコーディングしていたんだけど、「アップ・・・」は”Bスタジオ”でレコーディングされたんですナ。
”Bスタジオ”のエンジニアは、
「ビル・ポーター」

(左奥「チェット・アトキンス」、右前「ビル・ポーター」)
で、新しく出来たスタジオの設備を整えて素晴らしいサウンドを作り出していたのは「ビル・ポーター」の手腕によるものだったんでゲス。
1960年春の「RCA”Bスタジオ”」に、いよいよ「エルヴィス」が米陸軍から除隊してやって来るんですナ。

んで、”Bスタジオ”は3月20日から”「エルヴィス」用”にスタジオ・ミュージシャン等も全部抑えて、
”「エルヴィス」復帰”
を準備していたんでゲス。
なので「ロイ」の次回のレコーディングは「エルヴィス」が終わるのを待たなきゃぁならなかったんですナ。
んでネ、「ロイ」の「アップ・タウン」セッションは結果的に「エルヴィス」の”カムバック・サウンド”を作っていたって事になるんでゲス。
同じスタジオ、同じミュージシャン、同じエンジニアで、
「エルヴィス・イズ・バック」

がレコーディングされましたナ。
「ロイ・オービソン」はというと、コノ後、
”栄光の1960年代”
を迎える事になるんでゲス。
さて、今回迄続いた、
”ソノ後のナッシュヴィルの話”
はオシマイになりますナ。
どうぞ今後もヨロシクでゲス。
ではでは。


(「ロイ」&「クローデット」)


(右上「ロイ」、左上?、右下「フレッド・フォスター」、左下「ブードロウ・ブライアント」)




「ドン・ギブソン」

がナッシュヴィルにやって来て、最初は振るわなかったモノの、
「I CAN’T STOP LOVIN’ YOU」(邦題「愛さずにはいられない」)
がヒットして、ソノ後ヒット・チャートの常連になって次々と名曲をかっ飛ばしていくところ迄Upしたでゲス。
んで、今回はニューメキシコ州クロービスの「ノーマン・ペティ・スタジオ」で燻っていた、
「ロイ・オービソン」

に、ツアーでやって来た、
「ジョニー・キャッシュ」

が、「サム・フィリップス」を紹介してメンフィスに来て「サン」レーベルから何曲かリリースしていた1958年に今度は「RCA」レーベルに移籍をしたところから話は始まるんですナ。
出版社は「ドン・ギブソン」と同じ「エイカフ・ローズ」、プロデューサーも同じで、
「チェット・アトキンス」

レコーディングした曲は、
「SEEMS TO ME」
で、コーラスは、
「ザ・ジョーダネアーズ」

作曲は「ジ・エヴァリー・ブラザーズ」のヒット・メイカー「ブードロウ・ブライアント」だったんだけど、ヒットしなかったでゲス。
メンフィスからナッシュヴィルにやって来るキッカケになったのは先出の「ジ・エヴァリー・・・」の、
「CLAUDETTE」
が、以前Upした”名曲”の、
「ALL I HAVE TO DO IT DREAM」
のB面としてリリースされて、”ソノ”作者が「ロイ」で、「ポップ・チャート」で30位のヒットした事から「エイカフ・ローズ」から声が掛かったんですナ。
えっと、「クローデット」って曲は「サン」レーベル時代に作った作品で最初はこんな感じでゲス。
んで、こんな縁でナッシュヴィルにやって来て「RCA」レーベルと契約して先出の「シームス・トゥ・・・」が第1弾となったんだけどヒットしなかったんで、第2弾は「ロックンロール」路線でリリースしましたナ。
「ALMOST EIGHTEEN」
で、自作曲だったんだけどヒットせずでゲス。
3枚目は、元の自分のバンド「ザ・ティーン・キングス」でギターを弾いていた、
「ピーナッツ・ウィルソン」

に作った曲のセルフ・カバーでしたナ。
「PAPER BOY」
あのネ、レコーディングはしたんだけど、「エイカフ・ローズ」の社長が「RCA」レーベルからじゃぁなくって「モニュメント」レーベルからリリースすると言い出して、ついてはレコーディングをやり直すって事になったんでゲス。
んで、「ロイ」は「モニュメント」レーベルがどんな所なのか分からないままスタジオに行ったところ、いつものナッシュヴィル”Aチーム”のメンバーが揃っていて再レコーディングしたんですナ。
ガッハッハ!!!
殆ど一緒だヨ!!!
まぁネ、バックのミュージシャンが一緒なのであんまり違いが感じられないでゲス。
「モニュメント」レーベル用のマスターが欲しかったんでしょうかネ。
なので「ロイ」の「モニュメント」レーベル第1弾になったんでゲス。
さて、「モニュメント」レーベルについてですが、1958年3月にワシントンD.C.で始まったレーベルで、後にナッシュヴィルに移ってくるんだけど、作ったのは、
「フレッド・フォスター」

っていって、マイナー・レーベルなんかを捜し歩くってな営業をやっていた人物なんですナ。
なのでセールスに関しては経験豊富だったんでゲス。
因みに「モニュメント」レーベル第1弾は、
「ビリー・グラマー」

の、
「GOTTA TRAVEL ON」
で、「ポップ・チャート」4位、「カントリー・ミュージック・チャート」5位、「リズムンブルーズ・チャート」14位ってな大ヒットで、最初にリリースしたレコードから4位ってなスタート・ダッシュとしちゃぁ凄いですナ。
んで、「ロイ・オービソン」の「ペイパー・ボーイ」なんだけど、ヒットせずでゲス。
中々「ロイ」の”ヒットへの道”は遠かったんですナ。
丁度ソノ頃、「ロイ」はソングライターの、
「ジョー・メルソン」

と知り合うんでゲス。
「ジョー」は「ロイ」の自宅の隣町に住んでいて、2人は意気投合して一緒に曲を作ろうってな事になったんですナ。

「ジョー」が作っていた曲に「ロイ」が詞を付けて、更にストリングスを入れて、”ソコ”にいつものナッシュヴィル”Aチーム”が参加して出来上がったのが、
「UP TOWN」
で、漸く出来ましたヨ。
”「ロイ・オービソン」サウンド”
1956年「ウービー・ドゥービー」が「ポップ・チャート」59位にランクされてから4年半ぶりの1960年1月にチャート入りして72位だったんだけど、まぁしかしココ迄の道のりを考えると”上出来”っていってもイイと思うでゲス。
えっとネ、コノ「アップ・タウン」の前の「ペイパー・・・」迄は「RCAスタジオ」の古い方の”Aスタジオ”を使ってレコーディングしていたんだけど、「アップ・・・」は”Bスタジオ”でレコーディングされたんですナ。
”Bスタジオ”のエンジニアは、
「ビル・ポーター」

(左奥「チェット・アトキンス」、右前「ビル・ポーター」)
で、新しく出来たスタジオの設備を整えて素晴らしいサウンドを作り出していたのは「ビル・ポーター」の手腕によるものだったんでゲス。
1960年春の「RCA”Bスタジオ”」に、いよいよ「エルヴィス」が米陸軍から除隊してやって来るんですナ。

んで、”Bスタジオ”は3月20日から”「エルヴィス」用”にスタジオ・ミュージシャン等も全部抑えて、
”「エルヴィス」復帰”
を準備していたんでゲス。
なので「ロイ」の次回のレコーディングは「エルヴィス」が終わるのを待たなきゃぁならなかったんですナ。
んでネ、「ロイ」の「アップ・タウン」セッションは結果的に「エルヴィス」の”カムバック・サウンド”を作っていたって事になるんでゲス。
同じスタジオ、同じミュージシャン、同じエンジニアで、
「エルヴィス・イズ・バック」

がレコーディングされましたナ。
「ロイ・オービソン」はというと、コノ後、
”栄光の1960年代”
を迎える事になるんでゲス。
さて、今回迄続いた、
”ソノ後のナッシュヴィルの話”
はオシマイになりますナ。
どうぞ今後もヨロシクでゲス。
ではでは。


(「ロイ」&「クローデット」)


(右上「ロイ」、左上?、右下「フレッド・フォスター」、左下「ブードロウ・ブライアント」)




プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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