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2024年12月 アーカイブ

2024年12月31日 19時51分45秒 (Tue)

”コーラス”モノ (パート11)

遂に今年最後の日になったでゲス。

コノ1年を思い返してみると、ヤタラメッタラ忙しかった様な気がする1年でしたナ。

特に7月から10月末迄ネ。

仕事の量か半端なくって、朝は6時からやってたもんネ。

なので、何処へも遊びに行けなかったでゲス。

とは言え、取り敢えず大きな病気や怪我もなく1年が終われたので吉としますナ。

来年はどんな1年になるのか大変楽しみでゲス。



さて、本題にしましょうネ。


今回は”ガール・グループ”にしようと思うんでゲス。


”ガール・グループ”って言っても以前に登場した、

「ザ・マクガイヤー・シスターズ」

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「ザ・フォンテーン・シスターズ」

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「ザ・コーデッツ」

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なんかもソノ範疇に入るんだけど彼女達とは違う、”「リズムンブルーズ」側”からの話ですナ。


んで、以前の定説じゃぁ、

「ザ・ボベッツ」

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が「リズムンブルーズ」の”ガール・グループの元祖”って言われていたでゲス。

「MR.LEE」
 

ニューヨークのスパニッシュ・ハーレム出身で、1957年「ポップ・チャート」6位、「リズムンブルーズ・チャート」1位の大ヒットでしたナ。


んでも昨今はウエストコーストLAの、

「シャーリー・ガンター & ザ・クィーンズ」

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「OOP SHOOP」
 

の方がタイムライン的に先っていう事で「シャーリー・ガンター」達が”元祖”って言われる様になったでゲス。


只、「リズムンブルーズ・チャート」8位の大ヒットにはなったけど「ポップ・チャート」に入らなかったのでニューヨーク等のイーストコーストでの知名度が薄かった為に、「ポップ・チャート」でも6位になった「ザ・ボベッツ」とは印象度が違いましたナ。


まぁ、どっちを”元祖”とするかは各々の解釈でゲス。


「シャーリー・ガンター & ザ・クィーンズ」や「ザ・ボベッツ」は全員メンバーが女性だったけど、

「ザ・チューン・ウィーヴァーズ」

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は、女性2人男性2人でリード・ヴォーカルが女性って事でコチラのラインナップにしましたナ。

「HAPPY, HAPPY BIRTHDAY BABY」
 

ボストン出身で1957年「ポップ・チャート」5位、「リズムンブルーズ・チャート」4位の大ヒットでゲス。


次はサウンドとして1960年代に沢山登場してきた女性グループの”元祖的グループ”の、

「ザ・シャンテルズ」

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「MAYBE」
 

1958年「ポップ・チャート」15位、「リズムンブルーズ・チャート」2位の大ヒットでしたナ。

”リード・ヴォーカル”の「アーリン・スミス」がイイ!!!!!

俺ネ、コノ「メイビー」って曲が大好きで、何かさぁ、毎回聴く度に、

”熱いモノがこみ上げてくる”

んでゲス。


さてさて、続いてはニュージャージのパセイクにある小さなレコード会社の「ティアラ」レーベルってところで1958年に「パセイク・ハイスクール」女生徒達で結成したグループが自作の曲でデビューしましたナ。

「ザ・ポケッツ」ってなグループ名だったのをレコード・デビューの際に、

「ザ・シレルズ」

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ってグループ名を変えて、

「I MET HIM ON A SUNDAY」
 

をリリースして、「ティアラ」レーベルの原盤を「デッカ」レーベルに売ったら「ポップ・チャート」49位にランクされて、ソノ後「デッカ」レーベルから2枚のシングル盤をリリースしたんだけど、全くヒットしなかったので「ティアラ」レーベルの女社長の、

「フローレンス・グリーンバーク」

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は新しく、

「セプター」レーベル

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を立ち上げて「ザ・シレルズ」に、

「ザ・ファイヴ・ロイヤルズ」

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の、

「DEDICATED TO THE ONE I LOVE」
 

をカヴァーさせたんでゲス。
 

「ポップ・チャート」83位迄しか上がらなかったので社長の「フローレンス・グリーンバーク」は、

「ルーサー・ディクソン」

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に作曲を依頼しましたナ。

何か話によると、偶然エレベーターで一緒になったので曲を頼んだって事らしいでゲス。

んで、出来上がった曲が、

「TONIGHT THE NIGHT」
 

で、「ポップ・チャート」39位、「リズムンブルーズ・チャート」14位にランクされて、人気も徐々に上がりつつあったところへ次の曲が「ザ・シレルズ」としても”アメリカン60’sポップス”、”ガール・グループ”サウンドとしても決定打となった大ヒットが登場しましたナ。

「WILL YOU LOVE ME TOMORROW」
 

で、1960年11月「ポップ・チャート」1位、「リズムンブルーズ・チャート」2位で、”60’sポップス”の幕を切って落としたんでゲス。

作者は、

「ジェリー・ゴフィン」&「キャロル・キング」

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アレンジャーは先出の「ルーサー・ディクソン」、出版社は「アルドン」ですナ。

”ガール・グループ”としては先出の「ザ・マクガイヤー・シスターズ」の、

「SUGARTIME」
 

が1958年に「ポップ・チャート」で1位を獲得して以来となる「ポップ・チャート」制覇で、しかも”黒人ガール・グループ”じゃぁ初の快挙だったんでゲス。

1950年代末頃にゃぁポツポツとしかいなかった”女性コーラス・グループ(ガール・グループ)”がコノ後ジャンジャカ登場して賑やかになっていくんですナ。


ハイ、今回は以上ですヨ。


今年も1年間ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。



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(社長の「フローレンス・グリーンバーク」を囲んで「ザ・シレルズ」の面々)

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2024年12月21日 16時42分00秒 (Sat)

”コーラス”モノ (パート10)

1950年代中期にゃぁ”男女デュオ”も盛んになってきて、そんな中の最初の成功例って言われているのが、

「ミッキー & シルヴィア」

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「LOVE IS STRANGE」
 

で、1956年にリリースして「ポップ・チャート」11位、「リズムンブルーズ・チャート」1位ってな大ヒットだったでゲス。


こういったデュエット・スタイルは直ぐに、

「ビリー & リリー」

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「LA DEE DAH」
 

に持って行かれましたナ。


続いての”男女デュオ”はブロンクス出身の、

「ジョニー & ジョー」

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「OVER THE MOUNTAIN, ACROSS THE SEA」
 

で、1957年「ポップ・チャート」8位、「リズムンブルーズ・チャート」3位の大ヒットだったでゲス。


ってな感じで”男女混合グループ”、”男女デュオ”が以降益々増えていきましたナ。



さて、”コーラス・グループ”に話を戻すでゲス。


フィラデルフィアで結成された、

「リー・アンドリュー & ザ・ハーツ」

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「LONG LONELY NIGHTS」
 


続いてニュージャージのニューアーク出身の、

「ザ・コダックス」

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「OH GEE, OH GOSH」
 

1957年にリリースされた曲で、”「フランキー・ライモン」スタイル”ですナ。


ニュージャージ出身のミュージシャンはニューアークが多いなぁ。

「コニー・フランシス」

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もそうだしネ。


「ザ・モノトーンズ」

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もニューアーク出身でゲス。

「BOOK OF LOVE」
 

1958年「ポップ・チャート」5位、「リズムンブルーズ・チャート」3位の大ヒットでしたナ。

彼等も”ワン・ヒット・ワンダー”のグループで、コノ曲のバス・ドラムはマレットで叩いてるでゲス。


さぁ次は、ロング・アイランドのロング・ビーチから登場した、

「ザ・ジェニーズ」

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で、

「WHO’S THAT KNOCKING」
 

1959年「ポップ・チャート」71位のランクだったんだけど、こういったサウンドも1960年代の「ポップス」の主流になりますナ。


次は、ブロンクスのグループで、

「ジ・エターナルズ」

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「ROCKIN’ IN THE JUNGLE」
 

”コーラス”モノ (パート7)

のところでUpした、

「ザ・ジェイホークス」

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や、

「ザ・キャデッツ」

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がリリースした、

「STRANDED IN THE JUNGLE」
 

 

からヒントを得た曲だそうでゲス。


コノ曲も「リズムンブルーズ」の曲なのに「ポップ・チャート」のみのランクで78位でしたナ。



”ファルセット・ボイス”の登場でゲス。

1956年ニューヨークのグループで、

「ザ・プリテンダーズ」

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「LOVER」
 

リード・ヴォーカルは、

「ジミー・ジョーンズ」

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で、彼は後にソロとなって、

「GOOD TIMIN’」
 

をリリースして「ポップ・チャート」3位の大ヒットでしたナ。


そんな「ジミー・ジョーンズ」は1955年頃から活動していて色々なグループ名で沢山レコードを出してたでゲス。


続いて、

「リトル・ジョー & ザ・スリラーズ」

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「PEANUTS」
 

1957年「ポップ・チャート」22位のヒットでしたナ。


さぁ、”ファルセット・ボイス”で彼等を外す訳にゃぁイカンですヨ。

「ザ・フォー・ラヴァーズ」

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「YOU’RE THE APPLE OF MY EYE」
 

 
1956年「ポップ・チャート」62位だったニュージャージ出身のグループでゲス。


続いては、

「THE 3 FRIENDS」

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「BLANCHE」
 

コノ「ザ・スリー・フレンズ」のメンバーの「ジョー・フランキャヴィラ」が次に作ったグループが、

「ザ・ロイヤル・ティーンズ」

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「BELIEVE ME」
 

1959年「ポップ・チャート」26位で、唄い出しにバースが付いている曲が多いのも「ホワイト・ドゥ・ワップ」の特徴ですナ。

日本じゃぁ「ザ・ロイヤル・ティーンズ」って言ったら、

「SHORT SHORTS」
 

の方が有名かもなぁ。

「ポップ・チャート」3位、「リズムンブルーズ・チャート」2位ってな大ヒットだったでゲス。


んで、「ザ・ロイヤル・ティーンズ」のメンバーだった、

「ボブ・ゴーディオ」

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が、先出の「ザ・フォー・ラヴァーズ」のメンバーだった、

「フランキー・ヴァリ」

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達と組んだグループが、

「ザ・フォー・シーズンズ」

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でしたナ。



今回はココ迄でゲス。

では、では。



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2024年12月12日 19時21分51秒 (Thu)

”コーラス”モノ (パート9)

今日は製作している商品のパーツが不足している為に早く仕事を終わらせたのでコチラのUpの作業が出来るでゲス。


早速始めましょうネ。


「ホワイト・ドゥ・ワップ」ってのじゃぁ無いんだけど、”コーラス”モノっていう括りでいうと、

「SH−BOOM」
 

をカヴァーした、

「ザ・クリュー・カッツ」

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や、

「LITTLE DARLING」
 

をカヴァーした、

「ザ・ダイアモンズ」

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も、”白人グループ”ってな意味じゃぁ範疇に入るんだけど、彼等は当初カヴァー曲ばっかりだったんですナ。

んでも1950年代後半になると、オリジナル曲を演る様になるんでゲス。

「ザ・ダイアモンズ」も以前にUpした「ザ・ストロール」に続いて、

「SHE SAY (OOM DOOBY DOOM)」
 

をリリースしたんですナ。

「大瀧詠一」殿の言うところの”お囃子言葉”を上手く使った曲で、B面のリリースだったんだけど1959年「ポップ・チャート」18位のヒットだったでゲス。

作曲はブルックリン生まれの、

「バリー・マン」

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で、作家としちゃぁ2曲目のヒット曲なんだけど、初のトップ20入りをした曲ですナ。

”オールディーズ好き”な人達にゃぁ「バリー・マン」って言ったら、コノ曲でしょうかネ。

「WHO PUT THE BOMP (IN THE BOMP, BOMP, BOMP)
 


「ニール・セダカ」、「キャロル・キング」、「バリー・マン」、んで未だ登場してないんだけど、

「エリー・グリニッジ」

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(左「エリー・グリニッジ」、右「ジェフ・バリー」)

と、全員がブルックリン育ちだったんでゲス。


そんな彼等が中心となって作られたのが、

”アメリカン60’sポップス”

なんですナ。


さて、続いてはニューヨークから離れてピッツバーグ出身のグループの、

「ザ・スカイライナーズ」

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「SINCE I DON’T HAVE YOU」
 

で、「ポップ・チャート」12位、「リズムンブルーズ・チャート」3位の大ヒットでゲス。

俺ネ、リード・ヴォーカルの「ジミー・ボーモント」の声大好き!!!!!

あのネ、「シンス・アイ・ドント・・・」は、”ストリート・コーラス”の後に所謂「ドゥ・ワップ」って言われた音楽で、初めて大掛かりなストリングス・オーケストラを取り入れたサウンドと言われていますナ。


続いては以前の、

”コーラス”モノ (パート3)

で登場した、

「ザ・ファイヴ・サテンズ」

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の故郷のコネチカット州ニューヘヴンの更に北にあるハートフォード出身の「ジ・エンバース」が1958年にレコーディングしたデモなんだけど、最初聴いた時に声こそ違うものの明らかに、

「クライド・マクファター」

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の影響を感じられる”唄い口”だったので、てっきり、

「ディー・クラーク」

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「HEY LITTLE GIRL」
 

が唄っているのかと思って、色々と調べてみたらナント、びっくり!!!!!

「ジーン・ピットニー」

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だったんですナ。

聴いてみてくださいヨ。

「DARKNESS」
 

言われてみれば・・・ですが、まさか「ジーン・ピットニー」とは思わなかったなぁ。

確かに「ジーン」は「クライド・マクファター」が大好きなので影響がある歌唱方でゲス。

「ジーン・ピットニー」はコノ後、「ジェイミー & ジェイン」ってな男女デュオを組んでレコードをリリースしますナ。

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「STROLLING」
 

1959年にB面でのリリースだったんだけど、「ジーン・ピットニー」の相手の女性シンガーは後に「ダム・ヘッド」のヒットをリリースした、

「ジニー・アーネル」

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「DAMB HEAD」
 

でゲス。

こうやって聴いてみると、コノ「ジニー・アーネル」の唄い方は何処か「ジーン・ピットニー」の歌唱法に似たモノがありますナ。

コノ後、「ジーン・ピットニー」は「ビリー・ブライアン」ってな名前ででもレコードをリリースしているんでゲス。

「CRADLE OF MY ARMS」
 

1959年11月のリリースで、コノ曲もB面だったんだけど作曲は、

「オーティス・ブラックウェル」

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でしたナ。


今回はこんなところで終わりましょうネ。


んじゃぁ、又。


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(左「バリー・マン」、右「ニール・セダカ」)

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(手前「バリー・マン」、奥「シンシア・ワイル」、右「キャロル・キング」)

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(左から「アル・ネヴィンズ」、「バリー・マン」、「アラン・ローバー」、「ドン・カーシュナー」)

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2024年12月7日 14時21分21秒 (Sat)

”コーラス”モノ (パート8)

今回は「リズムンブルーズ」グループが中心だった1950年代中期のニューヨークのコーラス・グループのソノ後についてのUpでゲス。


「ニール・セダカ」

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や、

「ポール・アンカ」

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が「ドゥ・ワップ」調の曲を作って、"ソコ"へブロンクスのベルモント・アベニューを根城にしていた「ディオン・ディムーチ」率いる、

「ザ・ベルモンツ」

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の登場で本格的な「ホワイト・ドゥ・ワップ」の時代がやって来ますナ。

以前の、

”コーラス”モノ (パート4)

でも登場した、

「I WONDER WHY」
 


から始めるでゲス。


「ディオン」と同じくブロンクス出身の、

「ボビー・ダーリン」

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よりも先にヒット・チャートに登場したのは「ディオン」の方で、「アイ・ワンダー・・・」が1958年5月19日、「ボビー・ダーリン」の、

「SPLISH SPLASH」
 

は同年6月28日の登場でしたナ。

アッ、そうそう、「スプリッシュ・・・」は「ロックンロール」で”初ステレオ曲”でゲス。


あとネ、「ボビー・ダーリン」は1956年デビューで2年間ヒット曲無しで、「ディオン」は1957年デビューで1年間ヒット曲が無かったですナ。


「アイ・ワンダー・・・」は「ポップ・チャート」22位のヒット曲だったけど、1ヶ月とはいえ「ボビー・ダーリン」より先に「ディオン」の方が音楽ファンに知られていた訳でゲス。


更に「ニール・セダカ」がチャートに登場するのは同年の暮れなので、ニューヨークの音楽ファンにとって「ディオン」の登場は鮮烈なモノだったみたいですナ。


さて、続いても「ホワイト・ドゥ・ワップ」でゲス。


「ザ・メロー・キングス」

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「TONIGHT, TONIGHT」
 

彼等は「ザ・ベルモンツ」よりも1年前にヒットして「ポップ・チャート」77位だったけどチャート・インしましたナ。


リリースしたのは、

「ヘラルド」レーベル

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で、既に、

「フェイ・アダムズ」

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や、

「ザ・ターバンズ」

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のヒット曲をリリースしていたんだけど徐々に白人グループも手掛ける様になっていたでゲス。


続いてはブルックリンの、

「ジ・インパラス」

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「SORRY (I RAN ALL THE WAY HOME)」
 

1959年「ポップ・チャート」2位、「リズムンブルーズ・チャート」14位ってな大ヒットでしたナ。

リード・ヴォーカルが黒人で他のメンバー全員が白人っていう”混交グループ”でゲス。

1958年、59年になると他にも続々とこういったグループが登場してきて然程珍しくはなくなってきましたナ。

厳密にゃぁ「ジ・インパラス」は「ホワイト・ドゥ・ワップ」に入らないのかもしれないんだけど、サウンドがコノ当時の「ホワイト・ドゥ・ワップ」サウンドなので、”ココ”で取り上げたでゲス。


続いては、俺が大好きなマンハッタン出身の”男声シンガー”の、

「ジョニー・マエストロ」

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がリード・ヴォーカルの、

「ザ・クレスツ」

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「16 CANDLES」
 

ガッハッハ・・・!!!!!

兎に角大好きなので他の曲もUpしますヨ。

「MY JUANITA」
 


「THE ANGELS LISTENED IN」
 


「STEP BY STEP」
 

もう、タマランでゲス。

「ザ・クレスツ」は黒人2人白人2人なので「ジ・インパラス」より分類は難しいんだけど、しかし、まぁ、人種云々ってのは社会での実態は別にして、”音楽”、特にコーラス・グループってなジャンルじゃぁどうでもよくなっているんですナ。

問題は”サウンドそのモノ”で、1940年代末の「リズムンブルーズ」色が強いモノから徐々に「ポップス」色が強くなっていくのが1958年、59年の傾向で、「16キャンドルズ」がそういった時代の代表曲ってなところでゲス。

「ポップ・チャート」2位、「リズムンブルーズ・チャート」4位の大ヒットでしたナ。


因みに「16キャンドルズ」のセールス担当は後に「ハーブ・アルパート」と共同で、

「A & M」レーベル

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を立ち上げた「ジェリー・モス」でゲス。

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(左「ハーブ・アルパート」、右「ジェリー・モス」)


続いてはブルックリンの西のスタテン・アイランド出身でリーダーが「ヴィト・ピコーネ」の、

「ジ・エレガンツ」

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「LITTLE STAR」
 

コレ又、「ホワイト・ドゥ・ワップ」の典型サウンドで、「ポップ・チャート」、「リズムンブルーズ・チャート」共に1位!!!!!

ウルトラ・スーパー超特大のヒットだったんだけど、チャートに登場した曲はコノ「リトル・・・」だけで他の曲は100位にも入らなかった所謂、

”ワン・ヒット・ワンダー(日本では”1発屋”)”

っていうグループですナ。


続いては又ブルックリン出身の、

「ザ・ミスティックス」

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「HUSHABYE」
 

「ザ・ミスティックス」も「ジ・エレガンツ」同様”ワン・ヒット・ワンダー”のグループで、チャート上では「ポップ・チャート」20位と「リトル・スター」程の大ヒットじゃぁなかったんだけど、後に沢山カヴァーされる人気曲となったでゲス。


続いても又々ブルックリン出身の、

「ザ・パッションズ」

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「JUST TO BE WITH YOU」
 

1959年「ポップ・チャート」59位だったんだけど、実は「ザ・パッションズ」がレコーディングする前に別のグループがデモ・レコードを作ってましたナ。

グループは「ザ・カズンズ」っていって、ギターとリード・ヴォーカルは「ポール・サイモン」、ピアノとバック・コーラスは「キャロル・キング」だったんでゲス。

ソノ場に「ジェリー・ゴフィン」もいて、手伝っていたみたいですナ。
 

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(左から「キャロル・キング」、「ポール・サイモン」、「ジェリー・ゴフィン」)


「ポール・サイモン」はクイーンズ育ちで、ハイスクールで「アート・ガーファンクル」と出会って、

「トム & ジェリー」

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ってなグループを組んでいたでゲス。

「HEY SCHOOLGIRL」
 

1958年のリリースで、「ポップ・チャート」49位でしたが他の曲は全くヒットしなくって、ソノ後2人は其々別々の大学に行く事になって、「ポール・サイモン」は「クイーンズ・カレッジ」に進んで、”ソコ”で「キャロル・キング」、「ジェリー・ゴフィン」と知り合いましたナ。


因みに「キャロル・キング」と「ジェリー・ゴフィン」は学生結婚でゲス。

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んでネ、「ザ・パッションズ」と「ザ・ミスティックス」のマネージャーが同じって事で「ポール・サイモン」は「ザ・ミスティックス」にも時々参加してましたナ。

「LET ME STEAL YOUR HEART AWAY」
 

ソロの箇所、確かに「ポール・サイモン」って判るでゲス。


1958年、59年にかけてニューヨークじゃぁいよいよ次世代の「ポップ・ミュージック」を作り出す有能なアーティスト達が動き始めていたって事ですナ。


ハイ、今回はココ迄でゲス。


では、又。


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プロフィール

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自己紹介
WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、

”「BEAT」野郎”

で、特に1950年代が大好物でゲス。

岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)

他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)

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