2025年2月 アーカイブ
2025年2月21日 15時23分46秒 (Fri)
大好きなので、またしても「SAM COOKE」 (パート1)
今月はズ~ッと忙しかったので月2回の仕事休みの内の1回目が仕事をやる事となって、2回目の今日も午前中は仕事をやったんだけど、流石に午後からは休みにする事にしたでゲス。
少し前の14日に「ヴァレンタイン・デー」ってな事で、いつもの女友達からこういった嬉しい物が送られて来ましたナ。

”チョコレート大好物”なので、滅茶苦茶嬉しかったでゲス。
本題にしますナ。
1950年代、LAの「リズムンブルーズ」専門のレコード・レーベルに、
「スペシャルティ」レーベル

があるんだけど1950年代中期に、
「リトル・リチャード」

や、
「ラリー・ウイリアムズ」

がヒット曲をジャンジャカ出していたでゲス。
そんな「スペシャルティ」レーベルへ1951年に「ゴスペル」グループの、
「ザ・ソウル・スターラーズ」

が契約しましたナ。
グループ自体の活動は古くって、1936年の音源があるみたいでゲス。
んで、新しく契約した「スペシャルティ」レーベルでの1枚目のシングル盤のA面はお馴染みの、
「PEACE IN THE VALLEY」
B面は、
「JESUS GAVE ME WATER」
A、B面どちらもリード・ヴォーカルは若き日の、
「サム・クック」

ですナ。
レコーディングされたのはLAの「ユニバーサル・スタジオ」なんだけど、次の曲は同じくLAの「マスター・レコーダーズ」で1955年にレコーディングした「ゴスペル・ソング」で、
「WANDERFUL」
「サム・クック」はコノ曲を”原型”にして”ポップ調”の曲を作るんでゲス。
プロデューサーは、
「バンプス・ブラックウェル」

ニューオリンズの「コジモ・スタジオ」でレコーディングしたのが、
「LOVABLE」
コノ時のセッションで初めて、
「アール・パーマー」

と出会いましたナ。
ところが「スペシャルティ」レーベルの社長は「サム」がこういったポップ調の曲を唄うのを好まなかったんでゲス。(なのでレコードにゃぁ「サム・クック」じゃぁなくって「デイル・クック」と表示されている。)
んで結果、「サム」とプロデューサーの「バンプス・ブラックウェル」は「スペシャルティ」レーベルを解雇されちゃいましたナ。

んでも、”最後の土産”とばかりに1957年6月に行った最後のセッションの音源を「スペシャルティ」レーベルにプレゼントしたんでゲス。
んで、”ソレ”を出来たばかりのレコード・レーベルの、
「キーン」レーベル

に持ち込まれてリリースしたところ、超大ヒットしたのが、
「YOU SEND ME」
で、シングル盤としては3枚目のリリースだったんだけど、「サム・クック」にとって”初のチャート・イン曲”で、「リズムンブルーズ・チャート」は勿論の事、「ポップ・チャート」でも堂々の1位になりましたナ。
「リズムンブルーズ」アーティストが「ポップ・チャート」に初めて登場して1位になるってのは非常に珍しいケースで、しかも「サム・クック」は純粋な「ゴスペル」シンガーで、
”「ポップス」に転向して成功を収めた最初の人物”
とも言われているでゲス。
「ユー・センド・ミー」のセッションでは先出の「アール・パーマー」がドラムで参加していて、ギターは、
「ルネ・ホール」

で、「アール・パーマー」と「ルネ・ホール」の2人は「サム・クック」とコノ後長い付き合いになりますナ。
特にギターの「ルネ・ホール」は「サム・クック」のセッションで無くてはならない存在になったんでゲス。
何だか久し振りの仕事休みだったからか、疲れてきちゃったので今回はココ迄にしますネ。
ゴメンナサイ。
んじゃぁ、又。




少し前の14日に「ヴァレンタイン・デー」ってな事で、いつもの女友達からこういった嬉しい物が送られて来ましたナ。

”チョコレート大好物”なので、滅茶苦茶嬉しかったでゲス。
本題にしますナ。
1950年代、LAの「リズムンブルーズ」専門のレコード・レーベルに、
「スペシャルティ」レーベル

があるんだけど1950年代中期に、
「リトル・リチャード」

や、
「ラリー・ウイリアムズ」

がヒット曲をジャンジャカ出していたでゲス。
そんな「スペシャルティ」レーベルへ1951年に「ゴスペル」グループの、
「ザ・ソウル・スターラーズ」

が契約しましたナ。
グループ自体の活動は古くって、1936年の音源があるみたいでゲス。
んで、新しく契約した「スペシャルティ」レーベルでの1枚目のシングル盤のA面はお馴染みの、
「PEACE IN THE VALLEY」
B面は、
「JESUS GAVE ME WATER」
A、B面どちらもリード・ヴォーカルは若き日の、
「サム・クック」

ですナ。
レコーディングされたのはLAの「ユニバーサル・スタジオ」なんだけど、次の曲は同じくLAの「マスター・レコーダーズ」で1955年にレコーディングした「ゴスペル・ソング」で、
「WANDERFUL」
「サム・クック」はコノ曲を”原型”にして”ポップ調”の曲を作るんでゲス。
プロデューサーは、
「バンプス・ブラックウェル」

ニューオリンズの「コジモ・スタジオ」でレコーディングしたのが、
「LOVABLE」
コノ時のセッションで初めて、
「アール・パーマー」

と出会いましたナ。
ところが「スペシャルティ」レーベルの社長は「サム」がこういったポップ調の曲を唄うのを好まなかったんでゲス。(なのでレコードにゃぁ「サム・クック」じゃぁなくって「デイル・クック」と表示されている。)
んで結果、「サム」とプロデューサーの「バンプス・ブラックウェル」は「スペシャルティ」レーベルを解雇されちゃいましたナ。

んでも、”最後の土産”とばかりに1957年6月に行った最後のセッションの音源を「スペシャルティ」レーベルにプレゼントしたんでゲス。
んで、”ソレ”を出来たばかりのレコード・レーベルの、
「キーン」レーベル

に持ち込まれてリリースしたところ、超大ヒットしたのが、
「YOU SEND ME」
で、シングル盤としては3枚目のリリースだったんだけど、「サム・クック」にとって”初のチャート・イン曲”で、「リズムンブルーズ・チャート」は勿論の事、「ポップ・チャート」でも堂々の1位になりましたナ。
「リズムンブルーズ」アーティストが「ポップ・チャート」に初めて登場して1位になるってのは非常に珍しいケースで、しかも「サム・クック」は純粋な「ゴスペル」シンガーで、
”「ポップス」に転向して成功を収めた最初の人物”
とも言われているでゲス。
「ユー・センド・ミー」のセッションでは先出の「アール・パーマー」がドラムで参加していて、ギターは、
「ルネ・ホール」

で、「アール・パーマー」と「ルネ・ホール」の2人は「サム・クック」とコノ後長い付き合いになりますナ。
特にギターの「ルネ・ホール」は「サム・クック」のセッションで無くてはならない存在になったんでゲス。
何だか久し振りの仕事休みだったからか、疲れてきちゃったので今回はココ迄にしますネ。
ゴメンナサイ。
んじゃぁ、又。




プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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