2025年4月 アーカイブ
2025年4月21日 14時56分16秒 (Mon)
1950年代の「ウエストコースト・ポップス」事情 (パート2)
毎年5月頃から来季秋冬物の製作に取り掛かるんだけど、今年は3月末頃から来季秋冬物を作っているでゲス。
勿論、今期の夏物も追加で入荷して来るので、差し込みながらの製作となっていますナ。
イヤァ、大忙しでゲス。
んが、今日は月に2度の仕事休みの日なので、コチラのUpをやってますヨ。
さて、前回の続きでゲス。
ウエストコーストでのショウビジネスの”一大産業”っていったら、
”映画”
ですナ。
「アルフレッド・ヒチコック」

の監督作品で、
「REAR WINDOW」1954年(邦題「裏窓」)

ってのがありますナ。
中庭に面した四方のアパートの窓から室内が見えるってな設定の「サスペンス映画」でゲス。
作品中に登場する音楽家は、本物の作曲家で、
「ロス・バグダサリアン」

なんですヨ。
「ローズマリー・クルーニー」

の、
「COME ON−A MY HOUSE」
の作者で、前回Upした「リバティー」レーベル社長の、
「サイモン・ワロンカー」

と仲良しだったので「ロス・バグダサリアン」も「リバティー」レーベルからレコードをリリースしましたナ。
「THE TROUBLE WITH HARRY」
ハリウッド版「猫の災難」ってなところでしょうかネ。
先出の「ヒチコック」監督作品の、
「THE TROUBLE WITH HARRY」1955年(邦題「ハリーの災難」)

のタイトルから頂いたモノで、演っているアーティスト名は「アルフィ & ハリー」ってなっていたでゲス。
「ポップ・チャート」44位で、こういった「コミック・ソング」はウエストコーストの”専売特許”だったんですナ。
「St.GEORGE AND THE DRAGONET」
1953年「ポップ・チャート」1位になった曲で、当時大ヒットしたTVドラマの、
「DRAGNET」

をセント・ジョージのドラゴン退治に仕立て上げた「パロディ・ソング」で、演ったのがパサディナ生まれの、
「スタン・フリーバーグ」

で、1954年にゃぁ、
「SH− BOOM」
を、1956年にゃぁ、
「HEARTBREAK HOTEL」
を、からかっていたでゲス。
んが、んが、「スタン・フリーバーグ」盤の「ハートブレイク・・・」は、本家「エルヴィス」盤のレコーディングの際に、「RCA」レーベルのレコーディング・エンジニアが出来なかった”フィードバック・エコー”を演っているんですナ。
因みに「エルヴィス」盤は、
んネ、謎のエコーでゲス。(間違いなく”フィードバック・エコー”じゃぁない。)
そうそう、「シュ・ブーム」は悪ふざけでも「ポップ・チャート」14位になった程の人気曲だったみたいですナ。
こういったタイプのユーモアは、アメリカ生まれの特にウエストコーストの人々は好きみたいでゲス。
実は、こういった「コミック・ソング」ってか「ノベルティ・ソング」の”元祖”がココの出身なんですナ。
「スパイク・ジョーンズ」

は、カリフォルニアのロング・ビーチ出身でゲス。
「WILLIAM TELL OVERTURE」(邦題「ウイリアム・テル序曲」)
あのネ、”元祖”を生んだ土地なので次々に後輩が登場してくる訳ですナ。
やっぱりコレもハリウッドってな土地柄なんでしょうかネ。
音楽も”ハリウッド的”でサウンドに色々な仕掛けがあるんでゲス。
先出の「ロス・バグダサリアン」は別名「デヴィッド・セヴィル」と名乗っていて、以前からテープレコーダーなんかの機械を弄るのが大好きだったみたいで、”ソコ”に「リバティ」レーベルの共同経営者でレコーディング・エンジニアの「テッド・キープ」が合同で”テープの早回しサウンド”を作りましたナ。
”ソレ”が、
「WITCH DOCTOR」
で、1958年「ポップ・チャート」、「リズムンブルーズ・チャート」共に1位になった大ヒット曲でゲス。
味を占めた「デヴィッド・セヴィル」と「リバティ」レーベルはコノ路線を更に拡大するんですナ。
マルチ・トラック・レコーディングを使って架空のグループを作るんでゲス。
「ザ・チップマンクス」

「THE CHIPMUNK SONG(CHRISTMAS DON’T BE LATE)」
ガハッ、出だしの「OK、サイモン?」ってのは社長の「サイモン・ワロンカー」で、「OK、セオドア」は「セオドア(テッド)・キープ」、んで、最後に怒鳴られる「アルビン」ってのは、もう1人の経営者の、
「アルビン・ベネット」

の事で、クリスマス・シーズンって事もあってか「ポップ・チャート」1位、「リズムンブルーズ・チャート」5位にランクされて、”早回しサウンド”は爆発的な大ヒットになったんですナ。
まぁネ、お分かりの通り子供に大人気で”コレ”が「リバティ」レーベルの”ドル箱路線”となって、次にゃぁ怒鳴られていた「アルビン」を主人公にした、「アルビンのハーモニカ」、「アルビンのオーケストラ」、「大統領」、「トゥイスト」ってな延々とシリーズが作り続けていったんでゲス。
未だまだ話は続くんだけど、今回はココ迄ですヨ。
次回をお楽しみに。
んじゃぁ、コレにて。




勿論、今期の夏物も追加で入荷して来るので、差し込みながらの製作となっていますナ。
イヤァ、大忙しでゲス。
んが、今日は月に2度の仕事休みの日なので、コチラのUpをやってますヨ。
さて、前回の続きでゲス。
ウエストコーストでのショウビジネスの”一大産業”っていったら、
”映画”
ですナ。
「アルフレッド・ヒチコック」

の監督作品で、
「REAR WINDOW」1954年(邦題「裏窓」)

ってのがありますナ。
中庭に面した四方のアパートの窓から室内が見えるってな設定の「サスペンス映画」でゲス。
作品中に登場する音楽家は、本物の作曲家で、
「ロス・バグダサリアン」

なんですヨ。
「ローズマリー・クルーニー」

の、
「COME ON−A MY HOUSE」
の作者で、前回Upした「リバティー」レーベル社長の、
「サイモン・ワロンカー」

と仲良しだったので「ロス・バグダサリアン」も「リバティー」レーベルからレコードをリリースしましたナ。
「THE TROUBLE WITH HARRY」
ハリウッド版「猫の災難」ってなところでしょうかネ。
先出の「ヒチコック」監督作品の、
「THE TROUBLE WITH HARRY」1955年(邦題「ハリーの災難」)

のタイトルから頂いたモノで、演っているアーティスト名は「アルフィ & ハリー」ってなっていたでゲス。
「ポップ・チャート」44位で、こういった「コミック・ソング」はウエストコーストの”専売特許”だったんですナ。
「St.GEORGE AND THE DRAGONET」
1953年「ポップ・チャート」1位になった曲で、当時大ヒットしたTVドラマの、
「DRAGNET」

をセント・ジョージのドラゴン退治に仕立て上げた「パロディ・ソング」で、演ったのがパサディナ生まれの、
「スタン・フリーバーグ」

で、1954年にゃぁ、
「SH− BOOM」
を、1956年にゃぁ、
「HEARTBREAK HOTEL」
を、からかっていたでゲス。
んが、んが、「スタン・フリーバーグ」盤の「ハートブレイク・・・」は、本家「エルヴィス」盤のレコーディングの際に、「RCA」レーベルのレコーディング・エンジニアが出来なかった”フィードバック・エコー”を演っているんですナ。
因みに「エルヴィス」盤は、
んネ、謎のエコーでゲス。(間違いなく”フィードバック・エコー”じゃぁない。)
そうそう、「シュ・ブーム」は悪ふざけでも「ポップ・チャート」14位になった程の人気曲だったみたいですナ。
こういったタイプのユーモアは、アメリカ生まれの特にウエストコーストの人々は好きみたいでゲス。
実は、こういった「コミック・ソング」ってか「ノベルティ・ソング」の”元祖”がココの出身なんですナ。
「スパイク・ジョーンズ」

は、カリフォルニアのロング・ビーチ出身でゲス。
「WILLIAM TELL OVERTURE」(邦題「ウイリアム・テル序曲」)
あのネ、”元祖”を生んだ土地なので次々に後輩が登場してくる訳ですナ。
やっぱりコレもハリウッドってな土地柄なんでしょうかネ。
音楽も”ハリウッド的”でサウンドに色々な仕掛けがあるんでゲス。
先出の「ロス・バグダサリアン」は別名「デヴィッド・セヴィル」と名乗っていて、以前からテープレコーダーなんかの機械を弄るのが大好きだったみたいで、”ソコ”に「リバティ」レーベルの共同経営者でレコーディング・エンジニアの「テッド・キープ」が合同で”テープの早回しサウンド”を作りましたナ。
”ソレ”が、
「WITCH DOCTOR」
で、1958年「ポップ・チャート」、「リズムンブルーズ・チャート」共に1位になった大ヒット曲でゲス。
味を占めた「デヴィッド・セヴィル」と「リバティ」レーベルはコノ路線を更に拡大するんですナ。
マルチ・トラック・レコーディングを使って架空のグループを作るんでゲス。
「ザ・チップマンクス」

「THE CHIPMUNK SONG(CHRISTMAS DON’T BE LATE)」
ガハッ、出だしの「OK、サイモン?」ってのは社長の「サイモン・ワロンカー」で、「OK、セオドア」は「セオドア(テッド)・キープ」、んで、最後に怒鳴られる「アルビン」ってのは、もう1人の経営者の、
「アルビン・ベネット」

の事で、クリスマス・シーズンって事もあってか「ポップ・チャート」1位、「リズムンブルーズ・チャート」5位にランクされて、”早回しサウンド”は爆発的な大ヒットになったんですナ。
まぁネ、お分かりの通り子供に大人気で”コレ”が「リバティ」レーベルの”ドル箱路線”となって、次にゃぁ怒鳴られていた「アルビン」を主人公にした、「アルビンのハーモニカ」、「アルビンのオーケストラ」、「大統領」、「トゥイスト」ってな延々とシリーズが作り続けていったんでゲス。
未だまだ話は続くんだけど、今回はココ迄ですヨ。
次回をお楽しみに。
んじゃぁ、コレにて。




2025年4月7日 9時46分58秒 (Mon)
1950年代の「ウエストコースト・ポップス」事情 (パート1)
以前に1950年代ウエストコーストの音楽事情を色々とUpしたんだけど、未だ取り残しがあるので今回から何回かに分けてUpしていこうと思いますナ。
んじゃぁ、始めましょうネ。
さて、何と言ってもウエストコーストじゃぁ、
「ジョニー・マーサー」

「バディ・デシルビア」

「グレン・ウォーリッチ」

の3人が1942年に設立した、
「キャピトル」レーベル

が最大のレコード会社だったでゲス。

(左から「ジョニー・マーサー」、「グレン・ウォーリッチ」、「バディ・デシルビア」)
ソノ後「ジャズ」や「リズムンブルーズ」の、
「モダン」レーベル

「アラジン」レーベル

「スペシャルティ」レーベル

「インペリアル」レーベル

が1940年代に作られましたナ。
んで、1950年代中盤から後半にかけて雨あられの如く新しいレコード・レーベルが登場してきたんでゲス。
ってな訳で、新しいレコード・レーベルの話を中心に「ウエストコースト・ポップス」事情ですヨ。
「THE WAYWARD WIND」(邦題「風来坊の唄」)
「ゴギ・グラント」

が1956年6月に「ポップ・チャート」1位になった曲で、コノ曲の前の1位だったのが、
「HEARTBREAK HOTEL」
で、当時は、
”「ハートブレイク・ホテル」を蹴落とした曲”
ってな宣伝をしていたでゲス。
曲をリリースしたのは1955年にLAでスタートしたばかりの、
「エラ」レーベル

で、レーベルの社長は先出の「風来坊・・・」の作者の1人としてクレジットされていた、
「ハーブ・ニューマン」

ですナ。
彼は従兄弟にレコード・レーベルを始めてみたらどうかとアドバイスをするんでゲス。
”ソノ”従兄弟ってのが、
「サイモン・ワロンカー」

で、彼が設立したレーベルってのが、
「リバティー」レーベル

で、「リバティー」レーベル第1号はハリウッドの映画音楽でお馴染みの、
「ライオネル・ニューマン」

のシングル盤でしたナ。
「THE GIRL UPSTAIRS」
”上の階の女”
ってところですかネ。
「マリリン・モンロー」

が出演した、
「THE SEVEN YEAR ITCH」(邦題「七年目の浮気」)

の挿入歌でゲス。
作曲したのはコノ作品の音楽担当だった、
「アルフレッド・ニューマン」

で、つまり兄貴が作った曲を弟がカヴァーしたって訳ですナ。
「リバティー」レーベル社長の「サイモン・ワロンカー」はレーベルを立ち上げる以前に15年近くも映画会社の、
「20世紀フォックス」社

で仕事をしていて、”ソノ”関係からリリース第1号を「ライオネル・ニューマン」に依頼したんじゃぁないかと思うでゲス。(”お祝い”ってなところでしょうかネ。)
そんな「リバティー」レーベルの6枚目が大ヒットしましたナ。
「CRY ME A RIVER」
1955年「ポップ・チャート」9位で、ヒットから1年後の映画の中で、
「ジュリー・ロンドン」

本人が登場して「クライ・ミー・・・」を唄うシーンがあったでゲス。
”ソノ”映画ってのが、
「THE GIRL CAN’T HELP IT」(邦題「女はそれを我慢できない」)

「20世紀フォックス」社作品で、音楽担当「ライオネル・ニューマン」ですナ。
「リバティー」レーベル社長「サイモン・ワロンカー」と「20世紀フォックス」社、んで「ライオネル・ニューマン」との関係を考えると映画で使ってもらえる立場だったんでしょうネ。
同じく「20世紀フォックス」社作品っていうと、
「LOVE ME TENDER」

の音楽担当も「ライオネル・ニューマン」だったでゲス。
んでネ、本当なら「女は・・・」に「エルヴィス」を出演させたかったんだけど、ギャラの都合で無理だった為に「エルヴィス」の代役?として「リバティー」レーベルで新人の、
「エディ・コクラン」

を出演させる事になったらしいですナ。
まぁ、今回はココ迄でゲス。
続きをお楽しみに。
では、又。





んじゃぁ、始めましょうネ。
さて、何と言ってもウエストコーストじゃぁ、
「ジョニー・マーサー」

「バディ・デシルビア」

「グレン・ウォーリッチ」

の3人が1942年に設立した、
「キャピトル」レーベル

が最大のレコード会社だったでゲス。

(左から「ジョニー・マーサー」、「グレン・ウォーリッチ」、「バディ・デシルビア」)
ソノ後「ジャズ」や「リズムンブルーズ」の、
「モダン」レーベル

「アラジン」レーベル

「スペシャルティ」レーベル

「インペリアル」レーベル

が1940年代に作られましたナ。
んで、1950年代中盤から後半にかけて雨あられの如く新しいレコード・レーベルが登場してきたんでゲス。
ってな訳で、新しいレコード・レーベルの話を中心に「ウエストコースト・ポップス」事情ですヨ。
「THE WAYWARD WIND」(邦題「風来坊の唄」)
「ゴギ・グラント」

が1956年6月に「ポップ・チャート」1位になった曲で、コノ曲の前の1位だったのが、
「HEARTBREAK HOTEL」
で、当時は、
”「ハートブレイク・ホテル」を蹴落とした曲”
ってな宣伝をしていたでゲス。
曲をリリースしたのは1955年にLAでスタートしたばかりの、
「エラ」レーベル

で、レーベルの社長は先出の「風来坊・・・」の作者の1人としてクレジットされていた、
「ハーブ・ニューマン」

ですナ。
彼は従兄弟にレコード・レーベルを始めてみたらどうかとアドバイスをするんでゲス。
”ソノ”従兄弟ってのが、
「サイモン・ワロンカー」

で、彼が設立したレーベルってのが、
「リバティー」レーベル

で、「リバティー」レーベル第1号はハリウッドの映画音楽でお馴染みの、
「ライオネル・ニューマン」

のシングル盤でしたナ。
「THE GIRL UPSTAIRS」
”上の階の女”
ってところですかネ。
「マリリン・モンロー」

が出演した、
「THE SEVEN YEAR ITCH」(邦題「七年目の浮気」)

の挿入歌でゲス。
作曲したのはコノ作品の音楽担当だった、
「アルフレッド・ニューマン」

で、つまり兄貴が作った曲を弟がカヴァーしたって訳ですナ。
「リバティー」レーベル社長の「サイモン・ワロンカー」はレーベルを立ち上げる以前に15年近くも映画会社の、
「20世紀フォックス」社

で仕事をしていて、”ソノ”関係からリリース第1号を「ライオネル・ニューマン」に依頼したんじゃぁないかと思うでゲス。(”お祝い”ってなところでしょうかネ。)
そんな「リバティー」レーベルの6枚目が大ヒットしましたナ。
「CRY ME A RIVER」
1955年「ポップ・チャート」9位で、ヒットから1年後の映画の中で、
「ジュリー・ロンドン」

本人が登場して「クライ・ミー・・・」を唄うシーンがあったでゲス。
”ソノ”映画ってのが、
「THE GIRL CAN’T HELP IT」(邦題「女はそれを我慢できない」)

「20世紀フォックス」社作品で、音楽担当「ライオネル・ニューマン」ですナ。
「リバティー」レーベル社長「サイモン・ワロンカー」と「20世紀フォックス」社、んで「ライオネル・ニューマン」との関係を考えると映画で使ってもらえる立場だったんでしょうネ。
同じく「20世紀フォックス」社作品っていうと、
「LOVE ME TENDER」

の音楽担当も「ライオネル・ニューマン」だったでゲス。
んでネ、本当なら「女は・・・」に「エルヴィス」を出演させたかったんだけど、ギャラの都合で無理だった為に「エルヴィス」の代役?として「リバティー」レーベルで新人の、
「エディ・コクラン」

を出演させる事になったらしいですナ。
まぁ、今回はココ迄でゲス。
続きをお楽しみに。
では、又。





プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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