2025年6月 アーカイブ
2025年6月21日 8時29分02秒 (Sat)
1950年代の「ウエストコースト・ポップス」事情 (パート6)
1959年に劇場公演された映画の、
「GIDGET」

で一躍ティーンエイジャーの人気者になった、
「サンドラ・デイ」

と同時にコノ作品が最初となった「ビーチ映画」も1963年になると、
「アネット」

に人気が移るってなところ迄が前回でしたナ。
「アネット」は1955年の12歳の時に、
「ミッキーマウス・クラブ」

(最前列右端が「アネット」)
のメンバーになって、コノ時点で既に人気者になっていたでゲス。
そんな「アネット」のレコード・デビューは、
「TALL PAUL」
で、1959年「ポップ・チャート」7位の大ヒットでしたナ。
って言っても、元々は「アネット」がオリジナルじゃぁないんでゲス。
以前に先出の「ミッキーマウス・クラブ」で出演していた先輩が唄っていた曲で、「アネット」に合っているってな事でカヴァーさせたんですナ。
「ミッキーマウス・クラブ」は子供向けのTV番組でしたが、同じ頃大人に人気があったTV番組に、
「77 SUNSET STRIP」(邦題「サンセット77」)


コノTVドラマで人気が沸騰したのが、駐車場係でいつも櫛で髪を梳いている「クーキー」役の、
「エド・バーンズ」

で、彼もレコードをリリースして大ヒットしたでゲス。
「KOOKIE, KOOKIE (LEND ME YOUR COMB)」
ガッハッハ・・・、「クーキー」(エド・バーンズ)は殆ど唄ってなくってセリフみたくなのを言ってるだけですナ。
1959年「ポップ・チャート」4位で、曲中の相手の女性は、
「コニー・スティーヴンス」

で、彼女もTVドラマの、
「HAWAIIAN EYE」(邦題「ハワイアン・アイ」)


で人気が出たので「ワーナー・ブラザース」社は「コニー・スティーヴンス」用の曲を探すんでゲス。
「ビル & ドリー・ポスト」

ってなデュオが作った曲が、
「SIXTEEN REASONS (WHY I LOVE YOU)」
で、「コニー・スティーヴンス」ヴァージョンは、
どうやら「コニー」をイメージして作った曲らしく、「コニー・スティーヴンス」にゃぁピッタリですナ。
1960年「ポップ・チャート」3位、「リズムンブルーズ・チャート」10位にランクの大ヒットでゲス。
映画の、
「AMERICAN GRAFFITI」1973年(邦題「アメリカン・グラフィティ」)

の作品中で路上を歩いている「デビー(キャンディ・クラーク)」に車で近づいていった「テリー”ザ・タイガー”(チャールズ・マーティン・スミス)」が、
「ネェ君、コニー・スティーヴンスに似てるネ。」
って声を掛けると彼女も近づいて来て、
「そう、嬉しい! でも自分じゃぁサンドラ・デイに似てると思ってるんだけど。」

ってなシーンがあったんだけど、当時は「サンドラ・デイ」も「コニー・スティーヴンス」も女性アイドルの1番人気だったんですナ。
そんなセリフを入れた監督の、
「ジョージ・ルーカス」

は流石でゲス。
話は戻って「シックスティーン・リーズンズ」なんだけど、ストリングスの華麗なアレンジは、
「ドン・ラルク」

で、彼がストリングス・アレンジを施して大ヒットしたのが、
「ジョニー・ソマーズ」

の、
「ONE BOY」
で、「ジョニー・ソマーズ」も「コニー・スティーヴンス」も同じ「ワーナー・ブラザース」レーベルからのレコード・デビューですナ。
正に”ハリウッド調ポップ・ソング”で、コノ後TV、映画、レコードから次々と女性アイドルが登場してきて”60年代ポップス”って呼ばれる一つの時代が作られたんでゲス。
さて、今回迄続いた、
”1950年代の「ウエストコースト・ポップス」事情”
もオシマイですナ。
ウエストコーストのポップス・クリエイター達の顔ぶれも大体1950年代末にゃぁ揃っていたって事が解ってもらえたかと思うでゲス。
ってな訳で、では又。







「GIDGET」

で一躍ティーンエイジャーの人気者になった、
「サンドラ・デイ」

と同時にコノ作品が最初となった「ビーチ映画」も1963年になると、
「アネット」

に人気が移るってなところ迄が前回でしたナ。
「アネット」は1955年の12歳の時に、
「ミッキーマウス・クラブ」

(最前列右端が「アネット」)
のメンバーになって、コノ時点で既に人気者になっていたでゲス。
そんな「アネット」のレコード・デビューは、
「TALL PAUL」
で、1959年「ポップ・チャート」7位の大ヒットでしたナ。
って言っても、元々は「アネット」がオリジナルじゃぁないんでゲス。
以前に先出の「ミッキーマウス・クラブ」で出演していた先輩が唄っていた曲で、「アネット」に合っているってな事でカヴァーさせたんですナ。
「ミッキーマウス・クラブ」は子供向けのTV番組でしたが、同じ頃大人に人気があったTV番組に、
「77 SUNSET STRIP」(邦題「サンセット77」)


コノTVドラマで人気が沸騰したのが、駐車場係でいつも櫛で髪を梳いている「クーキー」役の、
「エド・バーンズ」

で、彼もレコードをリリースして大ヒットしたでゲス。
「KOOKIE, KOOKIE (LEND ME YOUR COMB)」
ガッハッハ・・・、「クーキー」(エド・バーンズ)は殆ど唄ってなくってセリフみたくなのを言ってるだけですナ。
1959年「ポップ・チャート」4位で、曲中の相手の女性は、
「コニー・スティーヴンス」

で、彼女もTVドラマの、
「HAWAIIAN EYE」(邦題「ハワイアン・アイ」)


で人気が出たので「ワーナー・ブラザース」社は「コニー・スティーヴンス」用の曲を探すんでゲス。
「ビル & ドリー・ポスト」

ってなデュオが作った曲が、
「SIXTEEN REASONS (WHY I LOVE YOU)」
で、「コニー・スティーヴンス」ヴァージョンは、
どうやら「コニー」をイメージして作った曲らしく、「コニー・スティーヴンス」にゃぁピッタリですナ。
1960年「ポップ・チャート」3位、「リズムンブルーズ・チャート」10位にランクの大ヒットでゲス。
映画の、
「AMERICAN GRAFFITI」1973年(邦題「アメリカン・グラフィティ」)

の作品中で路上を歩いている「デビー(キャンディ・クラーク)」に車で近づいていった「テリー”ザ・タイガー”(チャールズ・マーティン・スミス)」が、
「ネェ君、コニー・スティーヴンスに似てるネ。」
って声を掛けると彼女も近づいて来て、
「そう、嬉しい! でも自分じゃぁサンドラ・デイに似てると思ってるんだけど。」

ってなシーンがあったんだけど、当時は「サンドラ・デイ」も「コニー・スティーヴンス」も女性アイドルの1番人気だったんですナ。
そんなセリフを入れた監督の、
「ジョージ・ルーカス」

は流石でゲス。
話は戻って「シックスティーン・リーズンズ」なんだけど、ストリングスの華麗なアレンジは、
「ドン・ラルク」

で、彼がストリングス・アレンジを施して大ヒットしたのが、
「ジョニー・ソマーズ」

の、
「ONE BOY」
で、「ジョニー・ソマーズ」も「コニー・スティーヴンス」も同じ「ワーナー・ブラザース」レーベルからのレコード・デビューですナ。
正に”ハリウッド調ポップ・ソング”で、コノ後TV、映画、レコードから次々と女性アイドルが登場してきて”60年代ポップス”って呼ばれる一つの時代が作られたんでゲス。
さて、今回迄続いた、
”1950年代の「ウエストコースト・ポップス」事情”
もオシマイですナ。
ウエストコーストのポップス・クリエイター達の顔ぶれも大体1950年代末にゃぁ揃っていたって事が解ってもらえたかと思うでゲス。
ってな訳で、では又。







2025年6月8日 21時15分19秒 (Sun)
1950年代の「ウエストコースト・ポップス」事情 (パート5)
先月末28日で遂に”60歳”になったでゲス。
イヤァ、”還暦”ですナ。
何気にココ迄を振り返ってみたんだけど、まぁ生きてりゃぁ多少の浮き沈みはあるんで、大きな”コレ”といって・・・ってな感じでゲス。
なので、今後もこんな感じの人生なんだろうネ。
さて、本題にするでゲス。
1957年、58年になると続々と新規レコード・レーベルが誕生してきますナ。
以前に、
”大好きなので、またしても「SAM COOKE」 (パート1)”
のところでUpした、
「キーン」レーベル

は1957年に、
「サム・クック」

(左から「ボブ・キーン」、「サム・クック」、「バンプス・ブラックウェル」)
で当てたでゲス。
”シンギング・カウボーイ”の、
「ジーン・オートリー」

が立ち上げた、
「チャレンジ」レーベル

は、
「ザ・チャンプス」

の、
「TEQUILA」
が大ヒットしましたナ。
1958年になると、
「ザ・テディ・ベアーズ」

「ジャン & ディーン」

の、
「ドリ」レーベル

前年迄、先出の「キーン」レーベルにいて、独立した、
「ボブ・キーン」

の、
「デル・ファイ」レーベル

は、
「リッチー・ヴァレンス」

がいたでゲス。
作曲家の、
「レオン・ルネ」

は、
「ラン・デ・ブー」レーベル

で、
「アーニー・フィールズ」

「IN THE MOOD」
のインストゥルメンタル・ヒットがありましたナ。
んで、
「ワーナー・ブラザース」レーベル

「コルピックス」レーベル

も1958年に設立されて、どちらも映画やTV関連のレーベルだったでゲス。
んでネ、「コルピックス」レーベルは「コロンビア映画」社のサントラをリリースしてましたナ。
1959年4月公開の映画が、
「GIDGET」

主演は、
「サンドラ・デイ」

で、主題歌を唄っていたのは共演者の、
「ジェームズ・ダーレン」

だったでゲス。
後に「ビーチ映画」なんて呼ばれた作品の”元祖”ですナ。
沢山のサーファーが登場してサーフィンのシーンもふんだんにあって、勿論水着の女性もイッパイ出てくるでゲス。
”GIDGET”ってのは、GIRL IN MIDGET(ちっちゃな女の子)を縮めたモノで、元々小説か何かで有名になっていたキャラクターを「サンドラ・デイ」が演じたんだけど、ピッタシだったんですナ。
俺ネ、コノ頃の「サンドラ・デイ」って大好き!!!!!

んで、コノ作品で一気にティーンエイジャーのアイドルになったんでゲス。
そうそう、映画のトレーラー(予告編)でナレーションをしていたのが、
「ディック・クラーク」

で、続いて「ディック・クラーク」の初主演映画が制作される事になって、「ギジェット」の監督だった、
「ポール・ウェンドコス」

が起用されて出来た作品が、
「BECAUSE THEY’RE YOUNG」

1960年公開の「コロンビア映画」社作品で、主演の「ディック・クラーク」が経営参加していた、
「ジェイミー」レーベル

の”エース”が、
「デュエイン・エディ」

だったから主題歌に起用されたんでしょうネ。
作品中で「デュエイン・エディ」率いる「ザ・レベルズ」が登場して演っている曲が、
「SHAZAM!」
エッと、主題歌を作ったのは、
「ドン・コスタ」

で、メロディーの譜面だけが、
「リー・ヘイゼルウッド」

のところへ送られて来て「デュエイン・エディ」達のバンドがアレンジして「ポップ・チャート」4位になる大ヒットになったでゲス。
所謂”トワンギー・ギター・サウンド”の映画主題歌は”コレ”が初めてで、”コレ”を聴いた作者の「ドン・コスタ」は、早速、
「アル・カイオラ」

で、”トワンギー・ギター・サウンド”を使いましたナ。
「THE MAGNIFICENT SEVEN」(邦題「荒野の七人」)
「荒野の・・・」の作曲は、
「エルマー・バーンスタイン」

なんだけど、アレンジとプロデュースが「ドン・コスタ」でゲス。
コノ後「アル・カイオラ」のバンドは、
「BONANZA」
等の”トワンギー・ギター・サウンド”の主題歌を連発しますナ。
話は大好きな「サンドラ・デイ」に戻って、「ギジェット」公開から約半年後に出演した映画が、
「SUMMER PLACE」(邦題「避暑地の出来事」)

で、作品は大ヒットして、主題歌の、
「パーシー・フェイス」

も「ポップ・チャート」1位を獲得したでゲス。
「THEME FROM SUMMER PLACE」
コノ作品で「サンドラ・デイ」の人気は確定的なモノになりましたナ。
んでネ、そんな「サンドラ」に”お熱”になったのが、
「ボビー・ダーリン」

で、熱烈な求婚で2人は目出度く結婚したでゲス。

さて、「ギジェット」で幕を開けた「ビーチ映画」は、1963年に”女王の座”を「サンドラ・デイ」から、
「アネット」

へ移りますナ。
今回はココ迄でゲス。
続きは次回ですヨ。
んじゃぁ、コレにて。


(「リッチー・ヴァレンス」と「ボブ・キーン」)


イヤァ、”還暦”ですナ。
何気にココ迄を振り返ってみたんだけど、まぁ生きてりゃぁ多少の浮き沈みはあるんで、大きな”コレ”といって・・・ってな感じでゲス。
なので、今後もこんな感じの人生なんだろうネ。
さて、本題にするでゲス。
1957年、58年になると続々と新規レコード・レーベルが誕生してきますナ。
以前に、
”大好きなので、またしても「SAM COOKE」 (パート1)”
のところでUpした、
「キーン」レーベル

は1957年に、
「サム・クック」

(左から「ボブ・キーン」、「サム・クック」、「バンプス・ブラックウェル」)
で当てたでゲス。
”シンギング・カウボーイ”の、
「ジーン・オートリー」

が立ち上げた、
「チャレンジ」レーベル

は、
「ザ・チャンプス」

の、
「TEQUILA」
が大ヒットしましたナ。
1958年になると、
「ザ・テディ・ベアーズ」

「ジャン & ディーン」

の、
「ドリ」レーベル

前年迄、先出の「キーン」レーベルにいて、独立した、
「ボブ・キーン」

の、
「デル・ファイ」レーベル

は、
「リッチー・ヴァレンス」

がいたでゲス。
作曲家の、
「レオン・ルネ」

は、
「ラン・デ・ブー」レーベル

で、
「アーニー・フィールズ」

「IN THE MOOD」
のインストゥルメンタル・ヒットがありましたナ。
んで、
「ワーナー・ブラザース」レーベル

「コルピックス」レーベル

も1958年に設立されて、どちらも映画やTV関連のレーベルだったでゲス。
んでネ、「コルピックス」レーベルは「コロンビア映画」社のサントラをリリースしてましたナ。
1959年4月公開の映画が、
「GIDGET」

主演は、
「サンドラ・デイ」

で、主題歌を唄っていたのは共演者の、
「ジェームズ・ダーレン」

だったでゲス。
後に「ビーチ映画」なんて呼ばれた作品の”元祖”ですナ。
沢山のサーファーが登場してサーフィンのシーンもふんだんにあって、勿論水着の女性もイッパイ出てくるでゲス。
”GIDGET”ってのは、GIRL IN MIDGET(ちっちゃな女の子)を縮めたモノで、元々小説か何かで有名になっていたキャラクターを「サンドラ・デイ」が演じたんだけど、ピッタシだったんですナ。
俺ネ、コノ頃の「サンドラ・デイ」って大好き!!!!!

んで、コノ作品で一気にティーンエイジャーのアイドルになったんでゲス。
そうそう、映画のトレーラー(予告編)でナレーションをしていたのが、
「ディック・クラーク」

で、続いて「ディック・クラーク」の初主演映画が制作される事になって、「ギジェット」の監督だった、
「ポール・ウェンドコス」

が起用されて出来た作品が、
「BECAUSE THEY’RE YOUNG」

1960年公開の「コロンビア映画」社作品で、主演の「ディック・クラーク」が経営参加していた、
「ジェイミー」レーベル

の”エース”が、
「デュエイン・エディ」

だったから主題歌に起用されたんでしょうネ。
作品中で「デュエイン・エディ」率いる「ザ・レベルズ」が登場して演っている曲が、
「SHAZAM!」
エッと、主題歌を作ったのは、
「ドン・コスタ」

で、メロディーの譜面だけが、
「リー・ヘイゼルウッド」

のところへ送られて来て「デュエイン・エディ」達のバンドがアレンジして「ポップ・チャート」4位になる大ヒットになったでゲス。
所謂”トワンギー・ギター・サウンド”の映画主題歌は”コレ”が初めてで、”コレ”を聴いた作者の「ドン・コスタ」は、早速、
「アル・カイオラ」

で、”トワンギー・ギター・サウンド”を使いましたナ。
「THE MAGNIFICENT SEVEN」(邦題「荒野の七人」)
「荒野の・・・」の作曲は、
「エルマー・バーンスタイン」

なんだけど、アレンジとプロデュースが「ドン・コスタ」でゲス。
コノ後「アル・カイオラ」のバンドは、
「BONANZA」
等の”トワンギー・ギター・サウンド”の主題歌を連発しますナ。
話は大好きな「サンドラ・デイ」に戻って、「ギジェット」公開から約半年後に出演した映画が、
「SUMMER PLACE」(邦題「避暑地の出来事」)

で、作品は大ヒットして、主題歌の、
「パーシー・フェイス」

も「ポップ・チャート」1位を獲得したでゲス。
「THEME FROM SUMMER PLACE」
コノ作品で「サンドラ・デイ」の人気は確定的なモノになりましたナ。
んでネ、そんな「サンドラ」に”お熱”になったのが、
「ボビー・ダーリン」

で、熱烈な求婚で2人は目出度く結婚したでゲス。

さて、「ギジェット」で幕を開けた「ビーチ映画」は、1963年に”女王の座”を「サンドラ・デイ」から、
「アネット」

へ移りますナ。
今回はココ迄でゲス。
続きは次回ですヨ。
んじゃぁ、コレにて。


(「リッチー・ヴァレンス」と「ボブ・キーン」)



プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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