2025年10月 アーカイブ
2025年10月21日 9時54分36秒 (Tue)
「ワーク・ソング」と「フォーク・ソング」 (パート2)
前回、
「ハリー・ベラフォンテ」

の登場で「カリプソ」ってな音楽が1950年代に流行った事をUpしたでゲス。
「DAY DAN LIGHT」
は、「カリプソ」じゃぁないそうで、「メント」って言われていますナ。
演っていたのは、
「エドリック・コナー」

で、「ハリー・ベラフォンテ」は”コノ”「エドリック」の「デイ・ダン・ライト」を下に、
「ルイ・ベニット」

のヴァージョンの、
を加味したモノだそうでゲス。
あのネ、実は「ハリー・ベラフォンテ」の「バナナ・ボート」がチャート・インする2週間前に、
「ザ・タリアーズ」

が、
「THE BANANA BOAT SONG」
をリリースしていましたナ。
「ザ・タリアーズ」のリーダーは「エリック・ダーリン」ってな人物で、前回にもUpした、
「ザ・ウィーヴァーズ」

に影響を受けて1956年に「ザ・タリアーズ」を結成したんでゲス。
「ザ・タリアーズ」の「ザ・バナナ・ボート・ソング」は「ハリー・ベラフォンテ」の「バナナ・ボート」の1つ上の4位に「ポップ・チャート」じゃぁランクされましたナ。
さて、「ザ・タリアーズ」のリーダー「エリック・ダーリン」は「ピート・シーガー」が「ザ・ウィーヴァーズ」から脱退した時にソノ後釜として加入して「ザ・ウィーヴァーズ」のメンバーになって活動していたんだけど、脱退して別のグループを結成したんでゲス。
”ソレ”が、
「ザ・ルーフトップ・シンガーズ」

で、少し後の1963年にリリースした、
「WALK RIGHT IN!」
が「ポップ・チャート」1位を2週間ランクされる大ヒットしましたナ。
んで、”「カリプソ」ブーム”や”「フォーク・ミュージック」の復活(2021年11月21日”「THE WEAVERS」”のところにUp)”の動きは徐々に他のレコード会社も参加してくる事となるんでゲス。
先ずは「CBS」社の「コロンビア」レーベルの、
「ザ・イージー・ライダーズ」

「MARIANNE」
で、リーダーの、
「テリー・ギルキーソン」

は作家として活動する傍ら1950年代初期にゃぁ「ザ・ウィーヴァーズ」に呼ばれてゲスト・シンガーとして時々唄っていたんですナ。
まぁ、そんな訳で「フォーク・ミュージック」とは縁があったんでしょうネ。
んで、1956年に「ザ・イージー・ライダーズ」を結成して「マリアンヌ」が「ポップ・チャート」4位の大ヒットになったんでゲス。
もう1曲Upですヨ。
「GREENFIELDS」
で、コノ曲は「ザ・イージー・ライダーズ」と同じ「コロンビア」レーベルの、
「ザ・ブラザーズ・フォア」

がカヴァーして大ヒットさせましたナ。
さて、ココ迄は「カリプソ」、「フォーク・ソング」関連の「フォーク・ミュージック」アーティストでしたが、次回は「ポップ・ミュージック」からの「フォーク・ミュージック」へのアプローチについてもUpしようかと考えていますヨ。
んじゃぁ今回は以上でオシマイでゲス。
では、又。






「ハリー・ベラフォンテ」

の登場で「カリプソ」ってな音楽が1950年代に流行った事をUpしたでゲス。
「DAY DAN LIGHT」
は、「カリプソ」じゃぁないそうで、「メント」って言われていますナ。
演っていたのは、
「エドリック・コナー」

で、「ハリー・ベラフォンテ」は”コノ”「エドリック」の「デイ・ダン・ライト」を下に、
「ルイ・ベニット」

のヴァージョンの、
を加味したモノだそうでゲス。
あのネ、実は「ハリー・ベラフォンテ」の「バナナ・ボート」がチャート・インする2週間前に、
「ザ・タリアーズ」

が、
「THE BANANA BOAT SONG」
をリリースしていましたナ。
「ザ・タリアーズ」のリーダーは「エリック・ダーリン」ってな人物で、前回にもUpした、
「ザ・ウィーヴァーズ」

に影響を受けて1956年に「ザ・タリアーズ」を結成したんでゲス。
「ザ・タリアーズ」の「ザ・バナナ・ボート・ソング」は「ハリー・ベラフォンテ」の「バナナ・ボート」の1つ上の4位に「ポップ・チャート」じゃぁランクされましたナ。
さて、「ザ・タリアーズ」のリーダー「エリック・ダーリン」は「ピート・シーガー」が「ザ・ウィーヴァーズ」から脱退した時にソノ後釜として加入して「ザ・ウィーヴァーズ」のメンバーになって活動していたんだけど、脱退して別のグループを結成したんでゲス。
”ソレ”が、
「ザ・ルーフトップ・シンガーズ」

で、少し後の1963年にリリースした、
「WALK RIGHT IN!」
が「ポップ・チャート」1位を2週間ランクされる大ヒットしましたナ。
んで、”「カリプソ」ブーム”や”「フォーク・ミュージック」の復活(2021年11月21日”「THE WEAVERS」”のところにUp)”の動きは徐々に他のレコード会社も参加してくる事となるんでゲス。
先ずは「CBS」社の「コロンビア」レーベルの、
「ザ・イージー・ライダーズ」

「MARIANNE」
で、リーダーの、
「テリー・ギルキーソン」

は作家として活動する傍ら1950年代初期にゃぁ「ザ・ウィーヴァーズ」に呼ばれてゲスト・シンガーとして時々唄っていたんですナ。
まぁ、そんな訳で「フォーク・ミュージック」とは縁があったんでしょうネ。
んで、1956年に「ザ・イージー・ライダーズ」を結成して「マリアンヌ」が「ポップ・チャート」4位の大ヒットになったんでゲス。
もう1曲Upですヨ。
「GREENFIELDS」
で、コノ曲は「ザ・イージー・ライダーズ」と同じ「コロンビア」レーベルの、
「ザ・ブラザーズ・フォア」

がカヴァーして大ヒットさせましたナ。
さて、ココ迄は「カリプソ」、「フォーク・ソング」関連の「フォーク・ミュージック」アーティストでしたが、次回は「ポップ・ミュージック」からの「フォーク・ミュージック」へのアプローチについてもUpしようかと考えていますヨ。
んじゃぁ今回は以上でオシマイでゲス。
では、又。







2025年10月7日 10時32分03秒 (Tue)
「ワーク・ソング」と「フォーク・ソング」 (パート1)
イヤァ、先月は大忙しだったでゲス。
なのでコチラのUpも出来ませんでしたナ。
今月もソレなりに忙しいんだけど、今のところ先月程じゃぁないでゲス。
さて、本題にしましょうネ。
エッと、2021年11月21日にタイトルの、
”「THE WEAVERS」”
のところで大好きな、
「ザ・ウィーヴァーズ」

を軸に1950年代の「フォーク・ミュージック」がどういった状況だったのかについてはUpしたんだけど、今回はもう少し掘り下げて「ワーク・ソング」(労働歌)や「フォーク・ソング」について色々とUpしてみようかと思うでゲス。
「SIXTEEN TONS」(邦題「16トン」)
「テネシー・アーニー・フォード」

で、コノ曲は純粋な「フォーク・ソング」じゃぁないんだけど、先出の「ザ・ウィーヴァーズ」が音楽シーンに復帰した1955年12月に「カントリー・ミュージック・チャート」トップ10入りして8週連続の1位、「ポップ・チャート」でも1位になりましたナ。

炭鉱労働の歌で、いかにも古くからの「フォーク・ソング」の様に聴こえる人もいるかと思うけど、
「マール・トラヴィス」

が1946年に作った曲で、当時「フォーク・ミュージック」のアルバムがヒットしていたので「キャピトル」レーベルでも何か「フォーク・ミュージック」的な歌を作ってみないかと「マール・トラヴィス」にアドバイスしたそうでゲス。
実際「マール」の父親はケンタッキーの炭鉱で働いていて、”ソレ”を基に曲が作られましたナ。

1947年にアルバムの「フォーク・ソング・オブ・ザ・ヒルズ」に入れてリリースしたんだけど、放送局に”コノ”アルバムの曲は流さない様にとFBIが”圧力”をかけてきたんでゲス。
アルバムなのでラジオ局で流さなきゃぁリスナー達は知る由も無いですナ。
ってな理由から、長らく埋もれていた曲を時は流れて1955年に「テネシー・アーニー・フォード」が所属していた「キャピトル」レーベルのプロデューサーの、
「ケン・ネルソン」

が埋もれていた「16トン」を思い出して「アーニー・フォード」にカヴァーしたらどうかと持ち掛けたんだそうでゲス。
1955年っていうと、
「ジョセフ・マッカーシー」議員

も失脚(先出の2021年11月21日「THE WEAVERS」にて詳しくUp)しているし、まぁそろそろイイんじゃぁないかと「ケン・ネルソン」は思ったんでしょうナ。
んでもヤッパ怖かったのかB面でのリリースだったんだけど、DJがサ、コノB面ばっかり流すもんだからクリスマス迄に200万枚売り上げる特大ヒットになったんでゲス。
んでネ、同55年っていうと、「ザ・ウィーヴァーズ」が再結成するんですナ。
再結成のコンサートで「16トン」を演っているでゲス。
続いて「ワーク・ソング」についてなんだけど、1957年1月に初登場して2月にゃぁ5位の曲が「ポップ・チャート」に登場しましたナ。
「DAY−O(THE BANANA BOAT SONG)」(邦題「バナナ・ボート」)
「カリプソ」ですネ。
唄っていたのは、
「ハリー・ベラフォンテ」

デビューは古くって1949年にレコードをリリースしているでゲス。
「ベラフォンテ」は図書館で、
「ロマックス」親子(アメリカ国立議会図書館で「フォーク・ソング」のアーカイブを制作)

についての勉強をして「フォーク・ソング」に興味を持ったんですナ。
んで、「ビレッジ・ヴァンガード」で唄う様になって、”ソコ”にレコード会社のディレクターが観に来て契約して、1954年に”アメリカ文学の父”なんて言われている、
「マーク・トゥエイン」

をテーマにしたファースト・アルバムを作ったでゲス。
リリースして直ぐにゃぁ売れなかったんだけど、2年後の1956年に突然「アルバム・チャート」の3位を記録しましたナ。
シングル盤のヒットが全く無いのにアルバムが3位ってな事は恐らく「ポップス」史上初めてじゃぁないかなぁ。
1ヶ月後にリリースした2枚目のアルバムは、ナント1位!!!
100万枚以上の売り上げでゲス。
3枚目のアルバムも1位で、1956年に2枚の”ゴールド・ディスク・アルバム”を獲得したんだから、物凄いブームでしたナ。
コノ年は「エルヴィス」も”ゴールド・ディスク・アルバム”を2枚獲得しているので、「アルバム・チャート」じゃぁ「エルヴィス」と「ハリー・ベラフォンテ」は”互角の人気”だった訳でゲス。
翌57年、4枚目のアルバムは2位でしたが”ゴールド・ディスク・アルバム”を獲得して、兎に角コノ頃は”「ベラフォンテ」ブーム”、”「カリプソ」ブーム”で、以前に大ブームだった「マンボ」の様に「カリプソ」ってな言葉も”流行語”となって色々なところで使われましたナ。
今回はココ迄でゲス。
俺の周りじゃぁ、あんまり人気の無いジャンルなんだけど、1950年代の「ポップ・ミュージック」において忘れちゃぁならないところなのでUpしましたナ。
未だ次回にも続きますのでヨロシクでゲス。
では、では。





なのでコチラのUpも出来ませんでしたナ。
今月もソレなりに忙しいんだけど、今のところ先月程じゃぁないでゲス。
さて、本題にしましょうネ。
エッと、2021年11月21日にタイトルの、
”「THE WEAVERS」”
のところで大好きな、
「ザ・ウィーヴァーズ」

を軸に1950年代の「フォーク・ミュージック」がどういった状況だったのかについてはUpしたんだけど、今回はもう少し掘り下げて「ワーク・ソング」(労働歌)や「フォーク・ソング」について色々とUpしてみようかと思うでゲス。
「SIXTEEN TONS」(邦題「16トン」)
「テネシー・アーニー・フォード」

で、コノ曲は純粋な「フォーク・ソング」じゃぁないんだけど、先出の「ザ・ウィーヴァーズ」が音楽シーンに復帰した1955年12月に「カントリー・ミュージック・チャート」トップ10入りして8週連続の1位、「ポップ・チャート」でも1位になりましたナ。

炭鉱労働の歌で、いかにも古くからの「フォーク・ソング」の様に聴こえる人もいるかと思うけど、
「マール・トラヴィス」

が1946年に作った曲で、当時「フォーク・ミュージック」のアルバムがヒットしていたので「キャピトル」レーベルでも何か「フォーク・ミュージック」的な歌を作ってみないかと「マール・トラヴィス」にアドバイスしたそうでゲス。
実際「マール」の父親はケンタッキーの炭鉱で働いていて、”ソレ”を基に曲が作られましたナ。

1947年にアルバムの「フォーク・ソング・オブ・ザ・ヒルズ」に入れてリリースしたんだけど、放送局に”コノ”アルバムの曲は流さない様にとFBIが”圧力”をかけてきたんでゲス。
アルバムなのでラジオ局で流さなきゃぁリスナー達は知る由も無いですナ。
ってな理由から、長らく埋もれていた曲を時は流れて1955年に「テネシー・アーニー・フォード」が所属していた「キャピトル」レーベルのプロデューサーの、
「ケン・ネルソン」

が埋もれていた「16トン」を思い出して「アーニー・フォード」にカヴァーしたらどうかと持ち掛けたんだそうでゲス。
1955年っていうと、
「ジョセフ・マッカーシー」議員

も失脚(先出の2021年11月21日「THE WEAVERS」にて詳しくUp)しているし、まぁそろそろイイんじゃぁないかと「ケン・ネルソン」は思ったんでしょうナ。
んでもヤッパ怖かったのかB面でのリリースだったんだけど、DJがサ、コノB面ばっかり流すもんだからクリスマス迄に200万枚売り上げる特大ヒットになったんでゲス。
んでネ、同55年っていうと、「ザ・ウィーヴァーズ」が再結成するんですナ。
再結成のコンサートで「16トン」を演っているでゲス。
続いて「ワーク・ソング」についてなんだけど、1957年1月に初登場して2月にゃぁ5位の曲が「ポップ・チャート」に登場しましたナ。
「DAY−O(THE BANANA BOAT SONG)」(邦題「バナナ・ボート」)
「カリプソ」ですネ。
唄っていたのは、
「ハリー・ベラフォンテ」

デビューは古くって1949年にレコードをリリースしているでゲス。
「ベラフォンテ」は図書館で、
「ロマックス」親子(アメリカ国立議会図書館で「フォーク・ソング」のアーカイブを制作)

についての勉強をして「フォーク・ソング」に興味を持ったんですナ。
んで、「ビレッジ・ヴァンガード」で唄う様になって、”ソコ”にレコード会社のディレクターが観に来て契約して、1954年に”アメリカ文学の父”なんて言われている、
「マーク・トゥエイン」

をテーマにしたファースト・アルバムを作ったでゲス。
リリースして直ぐにゃぁ売れなかったんだけど、2年後の1956年に突然「アルバム・チャート」の3位を記録しましたナ。
シングル盤のヒットが全く無いのにアルバムが3位ってな事は恐らく「ポップス」史上初めてじゃぁないかなぁ。
1ヶ月後にリリースした2枚目のアルバムは、ナント1位!!!
100万枚以上の売り上げでゲス。
3枚目のアルバムも1位で、1956年に2枚の”ゴールド・ディスク・アルバム”を獲得したんだから、物凄いブームでしたナ。
コノ年は「エルヴィス」も”ゴールド・ディスク・アルバム”を2枚獲得しているので、「アルバム・チャート」じゃぁ「エルヴィス」と「ハリー・ベラフォンテ」は”互角の人気”だった訳でゲス。
翌57年、4枚目のアルバムは2位でしたが”ゴールド・ディスク・アルバム”を獲得して、兎に角コノ頃は”「ベラフォンテ」ブーム”、”「カリプソ」ブーム”で、以前に大ブームだった「マンボ」の様に「カリプソ」ってな言葉も”流行語”となって色々なところで使われましたナ。
今回はココ迄でゲス。
俺の周りじゃぁ、あんまり人気の無いジャンルなんだけど、1950年代の「ポップ・ミュージック」において忘れちゃぁならないところなのでUpしましたナ。
未だ次回にも続きますのでヨロシクでゲス。
では、では。






プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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