「ワーク・ソング」と「フォーク・ソング」 (パート1)
2025年10月7日 10時32分03秒 (Tue)
イヤァ、先月は大忙しだったでゲス。
なのでコチラのUpも出来ませんでしたナ。
今月もソレなりに忙しいんだけど、今のところ先月程じゃぁないでゲス。
さて、本題にしましょうネ。
エッと、2021年11月21日にタイトルの、
”「THE WEAVERS」”
のところで大好きな、
「ザ・ウィーヴァーズ」

を軸に1950年代の「フォーク・ミュージック」がどういった状況だったのかについてはUpしたんだけど、今回はもう少し掘り下げて「ワーク・ソング」(労働歌)や「フォーク・ソング」について色々とUpしてみようかと思うでゲス。
「SIXTEEN TONS」(邦題「16トン」)
「テネシー・アーニー・フォード」

で、コノ曲は純粋な「フォーク・ソング」じゃぁないんだけど、先出の「ザ・ウィーヴァーズ」が音楽シーンに復帰した1955年12月に「カントリー・ミュージック・チャート」トップ10入りして8週連続の1位、「ポップ・チャート」でも1位になりましたナ。

炭鉱労働の歌で、いかにも古くからの「フォーク・ソング」の様に聴こえる人もいるかと思うけど、
「マール・トラヴィス」

が1946年に作った曲で、当時「フォーク・ミュージック」のアルバムがヒットしていたので「キャピトル」レーベルでも何か「フォーク・ミュージック」的な歌を作ってみないかと「マール・トラヴィス」にアドバイスしたそうでゲス。
実際「マール」の父親はケンタッキーの炭鉱で働いていて、”ソレ”を基に曲が作られましたナ。

1947年にアルバムの「フォーク・ソング・オブ・ザ・ヒルズ」に入れてリリースしたんだけど、放送局に”コノ”アルバムの曲は流さない様にとFBIが”圧力”をかけてきたんでゲス。
アルバムなのでラジオ局で流さなきゃぁリスナー達は知る由も無いですナ。
ってな理由から、長らく埋もれていた曲を時は流れて1955年に「テネシー・アーニー・フォード」が所属していた「キャピトル」レーベルのプロデューサーの、
「ケン・ネルソン」

が埋もれていた「16トン」を思い出して「アーニー・フォード」にカヴァーしたらどうかと持ち掛けたんだそうでゲス。
1955年っていうと、
「ジョセフ・マッカーシー」議員

も失脚(先出の2021年11月21日「THE WEAVERS」にて詳しくUp)しているし、まぁそろそろイイんじゃぁないかと「ケン・ネルソン」は思ったんでしょうナ。
んでもヤッパ怖かったのかB面でのリリースだったんだけど、DJがサ、コノB面ばっかり流すもんだからクリスマス迄に200万枚売り上げる特大ヒットになったんでゲス。
んでネ、同55年っていうと、「ザ・ウィーヴァーズ」が再結成するんですナ。
再結成のコンサートで「16トン」を演っているでゲス。
続いて「ワーク・ソング」についてなんだけど、1957年1月に初登場して2月にゃぁ5位の曲が「ポップ・チャート」に登場しましたナ。
「DAY−O(THE BANANA BOAT SONG)」(邦題「バナナ・ボート」)
「カリプソ」ですネ。
唄っていたのは、
「ハリー・ベラフォンテ」

デビューは古くって1949年にレコードをリリースしているでゲス。
「ベラフォンテ」は図書館で、
「ロマックス」親子(アメリカ国立議会図書館で「フォーク・ソング」のアーカイブを制作)

についての勉強をして「フォーク・ソング」に興味を持ったんですナ。
んで、「ビレッジ・ヴァンガード」で唄う様になって、”ソコ”にレコード会社のディレクターが観に来て契約して、1954年に”アメリカ文学の父”なんて言われている、
「マーク・トゥエイン」

をテーマにしたファースト・アルバムを作ったでゲス。
リリースして直ぐにゃぁ売れなかったんだけど、2年後の1956年に突然「アルバム・チャート」の3位を記録しましたナ。
シングル盤のヒットが全く無いのにアルバムが3位ってな事は恐らく「ポップス」史上初めてじゃぁないかなぁ。
1ヶ月後にリリースした2枚目のアルバムは、ナント1位!!!
100万枚以上の売り上げでゲス。
3枚目のアルバムも1位で、1956年に2枚の”ゴールド・ディスク・アルバム”を獲得したんだから、物凄いブームでしたナ。
コノ年は「エルヴィス」も”ゴールド・ディスク・アルバム”を2枚獲得しているので、「アルバム・チャート」じゃぁ「エルヴィス」と「ハリー・ベラフォンテ」は”互角の人気”だった訳でゲス。
翌57年、4枚目のアルバムは2位でしたが”ゴールド・ディスク・アルバム”を獲得して、兎に角コノ頃は”「ベラフォンテ」ブーム”、”「カリプソ」ブーム”で、以前に大ブームだった「マンボ」の様に「カリプソ」ってな言葉も”流行語”となって色々なところで使われましたナ。
今回はココ迄でゲス。
俺の周りじゃぁ、あんまり人気の無いジャンルなんだけど、1950年代の「ポップ・ミュージック」において忘れちゃぁならないところなのでUpしましたナ。
未だ次回にも続きますのでヨロシクでゲス。
では、では。





なのでコチラのUpも出来ませんでしたナ。
今月もソレなりに忙しいんだけど、今のところ先月程じゃぁないでゲス。
さて、本題にしましょうネ。
エッと、2021年11月21日にタイトルの、
”「THE WEAVERS」”
のところで大好きな、
「ザ・ウィーヴァーズ」

を軸に1950年代の「フォーク・ミュージック」がどういった状況だったのかについてはUpしたんだけど、今回はもう少し掘り下げて「ワーク・ソング」(労働歌)や「フォーク・ソング」について色々とUpしてみようかと思うでゲス。
「SIXTEEN TONS」(邦題「16トン」)
「テネシー・アーニー・フォード」

で、コノ曲は純粋な「フォーク・ソング」じゃぁないんだけど、先出の「ザ・ウィーヴァーズ」が音楽シーンに復帰した1955年12月に「カントリー・ミュージック・チャート」トップ10入りして8週連続の1位、「ポップ・チャート」でも1位になりましたナ。

炭鉱労働の歌で、いかにも古くからの「フォーク・ソング」の様に聴こえる人もいるかと思うけど、
「マール・トラヴィス」

が1946年に作った曲で、当時「フォーク・ミュージック」のアルバムがヒットしていたので「キャピトル」レーベルでも何か「フォーク・ミュージック」的な歌を作ってみないかと「マール・トラヴィス」にアドバイスしたそうでゲス。
実際「マール」の父親はケンタッキーの炭鉱で働いていて、”ソレ”を基に曲が作られましたナ。

1947年にアルバムの「フォーク・ソング・オブ・ザ・ヒルズ」に入れてリリースしたんだけど、放送局に”コノ”アルバムの曲は流さない様にとFBIが”圧力”をかけてきたんでゲス。
アルバムなのでラジオ局で流さなきゃぁリスナー達は知る由も無いですナ。
ってな理由から、長らく埋もれていた曲を時は流れて1955年に「テネシー・アーニー・フォード」が所属していた「キャピトル」レーベルのプロデューサーの、
「ケン・ネルソン」

が埋もれていた「16トン」を思い出して「アーニー・フォード」にカヴァーしたらどうかと持ち掛けたんだそうでゲス。
1955年っていうと、
「ジョセフ・マッカーシー」議員

も失脚(先出の2021年11月21日「THE WEAVERS」にて詳しくUp)しているし、まぁそろそろイイんじゃぁないかと「ケン・ネルソン」は思ったんでしょうナ。
んでもヤッパ怖かったのかB面でのリリースだったんだけど、DJがサ、コノB面ばっかり流すもんだからクリスマス迄に200万枚売り上げる特大ヒットになったんでゲス。
んでネ、同55年っていうと、「ザ・ウィーヴァーズ」が再結成するんですナ。
再結成のコンサートで「16トン」を演っているでゲス。
続いて「ワーク・ソング」についてなんだけど、1957年1月に初登場して2月にゃぁ5位の曲が「ポップ・チャート」に登場しましたナ。
「DAY−O(THE BANANA BOAT SONG)」(邦題「バナナ・ボート」)
「カリプソ」ですネ。
唄っていたのは、
「ハリー・ベラフォンテ」

デビューは古くって1949年にレコードをリリースしているでゲス。
「ベラフォンテ」は図書館で、
「ロマックス」親子(アメリカ国立議会図書館で「フォーク・ソング」のアーカイブを制作)

についての勉強をして「フォーク・ソング」に興味を持ったんですナ。
んで、「ビレッジ・ヴァンガード」で唄う様になって、”ソコ”にレコード会社のディレクターが観に来て契約して、1954年に”アメリカ文学の父”なんて言われている、
「マーク・トゥエイン」

をテーマにしたファースト・アルバムを作ったでゲス。
リリースして直ぐにゃぁ売れなかったんだけど、2年後の1956年に突然「アルバム・チャート」の3位を記録しましたナ。
シングル盤のヒットが全く無いのにアルバムが3位ってな事は恐らく「ポップス」史上初めてじゃぁないかなぁ。
1ヶ月後にリリースした2枚目のアルバムは、ナント1位!!!
100万枚以上の売り上げでゲス。
3枚目のアルバムも1位で、1956年に2枚の”ゴールド・ディスク・アルバム”を獲得したんだから、物凄いブームでしたナ。
コノ年は「エルヴィス」も”ゴールド・ディスク・アルバム”を2枚獲得しているので、「アルバム・チャート」じゃぁ「エルヴィス」と「ハリー・ベラフォンテ」は”互角の人気”だった訳でゲス。
翌57年、4枚目のアルバムは2位でしたが”ゴールド・ディスク・アルバム”を獲得して、兎に角コノ頃は”「ベラフォンテ」ブーム”、”「カリプソ」ブーム”で、以前に大ブームだった「マンボ」の様に「カリプソ」ってな言葉も”流行語”となって色々なところで使われましたナ。
今回はココ迄でゲス。
俺の周りじゃぁ、あんまり人気の無いジャンルなんだけど、1950年代の「ポップ・ミュージック」において忘れちゃぁならないところなのでUpしましたナ。
未だ次回にも続きますのでヨロシクでゲス。
では、では。






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プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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