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2011年10月17日 22時18分53秒 (Mon)

1950年代の「ユナイテッド・アーティスツ」社



あのサ、何回にも別けて色々な映画会社についてUpしてきたんだけど、”可愛気が無い”っていう点では、コノ「ユナイテッド・アーティスツ」社(以降「ユナイト」社)が1番ズルいかも。

イヤ、ニクらしいんですナ。

つまり、自社じゃぁ何も制作しないで、ひたすら他人が制作した映画を配給していたのが、コノ「ユナイト」社の”ポリシー”だったんでゲス。

別に”悪口”を言ってる訳じゃぁないですヨ。

”絶賛”しているんでゲス。

っていうのも、「20世紀フォックス」社を中心として、1950年代後半は”シネマスコープ”、”ビスタビジョン”、”スーパースコープ”、”メトロスコープ”ってな、とにかく内容以上に”水増し”、”水割り”した作品作りが”主流”のご時世に、”ソレ”に反旗を翻すが如き”映像革命”を試みたのが、「独立プロ」で、”ソノ”「独立プロ」の作品を中心に積極配給していたのが、「ユナイト」社っていう映画会社だったんですナ。

そうした「独立プロ」の作品は、おしなべて、

”反骨な神経の図太さ”

と、

”全く新鮮なテーマ設定”

が特色で、目立ったのは、「ハロルド・ヘクト」と「バート・ランカスター」による「ヘクト・ランカスター・プロ」の、

「MARTY」1955年(邦題「マーティ」)



「TRAPEZE」1956年(邦題「空中ぶらんこ」)



「SWEET SMELL OF SUCCESS」1957年(邦題「成功の甘き香り」)



等の”問題作”や、「ウォルター・M・ミリシュ」による、

「WICHITA」1955年(邦題「法律なき町」)



以降の「西部劇」や、「ビリー・ワイルダー」監督の、

「SOME LIKE IT HOT」1959年(邦題「お熱いのがお好き」)



「THE APARTMENT」1960年(邦題「アパートの鍵貸します」)



等の「都会調コメディ映画」、ソレに又、「スタンリー・キューブリック」監督の、

「THE KILLING」1955年(邦題「現金に体を張れ」)



や、「ルイス・アレン」監督の、

「SUDDENLY!」1954年(邦題「三人の狙撃者」)



を代表とする、ハードボイルド・タッチの”秀作”群とか、”ソレ”等は確かに、今想うに、革命の喧騒の様に各メジャー系の伝統を”根こそぎ震撼させた”んでゲス。

だから、「ユナイト」社が配給する作品には、他社のカラーとは歴然と違った”新鮮なテーマ”と、”意外なキャスティング”が非常に明解で、時代が”スター・システム”と共に変わり出した様に、あたかも”音楽”が「ジャズ」から「ロック」に主流が移った様に、何かしら”1960年代を予見した様な”、変わり身の早さを見せつけていたんですナ。

んで、”ソレ”は、小規模の「独立プロ」の体質に似て、「ユナイト」社のイメージは”斬新”で、”居直り”で、”スリリング”だったんでゲス。

そんな中で、不思議に多かったのが「西部劇」でサ、言ってみれば”時代劇”である筈の”古来ウエスタン”が、1950年代の”革新”「ユナイト」社に多かったっていうのは、思えば”不思議な事件”なんだけど、”ソコ”は「独立プロ」系の「西部劇」だけに、”切り口”、”内容”は、かなり”異色”だったですネ。

まぁ、ソノ昔「ジョン・フォード」監督の、

「STAGECOACH」1939年(邦題「駅馬車」)



を配給したり、「ハワード・ホークス」監督の、

「RED RIVER」1948年(邦題「赤い河」)



や、「フレッド・ジンネマン」監督の、

「HIGH NOON」1952年(邦題「真昼の決闘」)



を公開してるんだから、むしろ”本格派”って言えなくもないんだけど、「ロバート・アルドリッチ」監督の、

「APACHE」1954年(邦題「アパッチ」)



「VERA CRUZ」1955年(邦題「ヴェラクルス」)



や、「ウィリアム・ワイラー」監督の、

「THE BIG COUNTRY」1958年(邦題「大いなる西部」)



や、先出の「ジョン・フォード」監督の、

「THE HORSE SOLDIERS」1959年(邦題「騎兵隊」)



や、「ジョン・スタージェス」監督の、

「THE MAGNIFICENT SEVEN」1960年(邦題「荒野の七人」)



以下、「ミリッシュ・プロ」の「最後のテキサス人」、「西部の人」、「開拓者の血闘」等など、今でこそ”代表的”「西部劇」って云えようが、公開当時としては、ソレはソレは”強烈なインパクト”を持っていたユニークな”新作”だったって聞いているでゲス。

ってな訳で、今回はコノ辺迄ですナ。

では、では。









2011年10月17日 12時08分22秒 (Mon)

1950年代の「RKO」社



1950年代中間で姿を消してしまった「RKO」社っていう映画会社は、正に、

”1950年代で燃焼しつくした。”

ってな意味じゃぁ、実は、

”最も1950年代のハリウッドらしい映画会社”

なんじゃぁないかと、あえて言いたいでゲス。

あらゆる点で、アメリカ映画としての”俗性”を看板に、「ウォルト・ディズニー」の「アニメーション映画」から「ジョン・フォード」、「アルフレッド・ヒチコック」、「ロバート・ワイズ」等の監督作品から、「サミュエル・ゴールドウィン」、「デビッド・O・セルズニック」達の”大作”を提供したり、「ターザン」、「キング・コング」、「アラビアン・ナイト」っていった、

”コレぞ、アメリカ映画の宝庫”

ってなサ。

”ソレ”が「RKO」社の映画だったんでゲス。

「リチャード・B・レウィル」が出版した、

「THE RKO STORY」

っていう本(俺、持ってるでゲス。)の扉にゃぁ関係したスター達のサインが寄せ書きされているんだけど、”コレ”を見ると、ハリウッドにある「チャイニーズ・グローマン・シアター」の、”アノ”路面よりも数多い有名スターのサインがビッシリあって、まぁ、”コレ”が、

”ハリウッド玉手箱”

っていった感じですヨ。

とにかく、

「恐れ入ったか、オノオノ方!」

でゲス。

さて、んでも、1950年代最後の「RKO」社を飾ったスターって言ったら、何といっても「ロバート・ミッチャム」でしょうナ。

1940年代からの、

「OUT OF THE PAST」1947年



「THE BIG STEAL」1949年



「MACAO」1952年



「ANGEL FACE」1953年



等を、今改めて観てみると何とも心が安らぐ気分の良さなんでゲス。

”コレ”は、つまり”映画が持っている一体感”を、”メッセージ”や”イデオロギー”を語るんじゃぁ無くって、居心地がイイ、バーのバーテンダーの”呑ませ上手”の様に、全く無理無く自然に、こっちの”感性”に入って来てしまうんですナ。

んで、フッと気が付くのは、こんなイイ気持ちにさせてしまう映画って、果たして今あるのかなぁ?ってな”疑問”と、ナイナイっていう”結論”ネ。

つまり、「RKO」社の映画の持っていた”感性”っていうのは、

”苦悩を知らない善良アメリカ人の心の拠り所”

の様な、呆れるばかりに屈託が無いモノなんでゲス。

何かねェ、コレは俺だけのイメージかもしれないんだけどコノ頃の「RKO」社って
先出の「ミッチャム」と、

「ジェーン・ラッセル」



あと、

「ロバート・ライアン」



位しかスターが思い出せないんだよなぁ。

1930年代〜40年代だと、

「ジョニー・ワイズミューラー」



「ジョン・ウェイン」



「モーリン・オハラ」



「キャサリン・ヘプバーン」



「フレッド・アステア」



「イングリッド・バーグマン」



「ケイリー・グラント」



「ヴィクター・マチュア」



等などが思い出せるけど、どうも1950年代となると”ピンと来ない”のが事実でゲス。

「マリリン・モンロー」



も、「RKO」社作品にゃぁ出演してたなぁ。

皆、他社に移籍してから”大スター”になっちゃったでゲス。

そういえば、女優の「ルシル・ボール」(TVドラマの「アイ・ラブ・ルーシー」が有名)が、”コノ”「RKO」社を買い取って”社長”をしていた時期があったって聞いた事があったゾ。
 


まぁ、そんな映画会社ですナ。

んじゃぁ、コレにて。

では、では。









プロフィール

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自己紹介
WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、

”「BEAT」野郎”

でゲス。

岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)

他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)

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