おまけ 1
原作:アンナ・L・アイキン (1743-1825 イギリス) 訳:リツ・ティーベン
今回の冒険も無事に終わりサー・バートランドは丘陵に向けて馬を進めていた。
‘何とか明るいうちにこの薄気味悪い荒野を越えられるといいんだがな・・’
しかし半分も行かないうちに道に迷ってしまったらしい。どう目を凝らしても見えるのは生い茂ったヒースばかり、目印になるようなものは何もない。
空には雲が重く暗く垂れこめ、時折その雲の切れ間に月が姿を現すが、それも一瞬のことですぐに又雲の陰に隠れてしまう。
その一瞬の月明かりを頼りにあたりを見回しても、目に入るのは荒れ果てた土地ばかりで、かえって心細さがつのる。
何とか自らを励ましながら進み続けはしたものの、地面と沼地やくぼみの区別が出来ないほど闇が深くなった頃には、さすがに心身ともに疲れ果て、ついにバートランドは馬を下り地面に倒れこんでしまった。
その直後だ。重苦しい陰気な鐘の音がどこからともなく聞こえてきた。かすかだが確かに明かりも見える。
すぐにバートランドは馬の手綱をとりその明かりに向かって歩き出した。疲れた体を引きずりながら、暗闇のなか足元に全神経を集中させ、一歩一歩注意深く足を進める。
ようやく明かりが手に届くほど近くなった時、バートランドの目に飛び込んできたのは、無残に荒れ果てた古い大きな屋敷だった。
正面には広々としたポーチ、建物の左右は塔になっている。明かりはその塔の窓のひとつに灯されていた。屋根や壁はあちこちが剥がれ落ち、窓も壊れ放題だ。堀にかかった今にも崩れ落ちそうな跳ね橋を渡ると屋敷の前庭に出た。
その途端、塔の明かりがすっとすべるように動き、そして消えた。あたりには死の静寂だけが漂っている。
‘嫌な感じだ’
馬をつなぎ、ポーチに上がってみる。窓から中を覗いてみるが、真っ暗で何も見えない。
‘どうしたものかな・・’
しかし、あの荒れ野に引き返すには疲れすぎているし、こう暗くなってしまっては危険にも思えた。
意を決してドアの前に立つ。ドアにはいかにも重そうな鉄のノッカーがとりつけられている。それを手に取り、ややためらいがちにノックをする。思ったよりも大きな音が屋敷中に響き渡った。が、返事はない。
もう一度、今度は前よりも強く叩いてみる。さらにもう一度。しかしやはりノックの音だけが不気味に響く。
バートランドはポーチを下り、屋敷全体が見まわせるくらいのところまであとずさってみた。すると、あの明かりがさっきと同じ塔の窓に灯ったかと思うと、たちまち消え去り、その瞬間まるで地の底からのうめき声のように鐘の音が鳴り響いた。
バートランドは思わず馬に駆け寄り、飛び乗って逃げようとして、かろうじて思いとどまった。それができたのは臆病者め!という自らの声と、抑えがたい好奇心のおかげだった。
呼吸を整え、姿勢を正すと、バートランドは片手に剣をかまえ、再びドアに向かった。もう一方の手でドアの掛け金をはずし開けようとしたが、ちょうつがいがギシギシ軋むばかりでどうにもならない。そこで肩をドアに押し当て全身の力を込めて押し開けたのだが、中に入ると同時に、ドアは背後でものすごい音をたててひとりでに閉まってしまった。
‘しまった!’
体中の血が凍るのがはっきりとわかった。案の定それからどう力をいれようと、ドアは二度と開こうとはしなかったのだ。
‘くそ!’
こうなったら仕方がない。あらためてホールを見回してみると、大きな階段と、かすかにあたりを照らす不気味な青白い光が見えた。
その光は、しかし、月明かりでもなく、ましてろうそくが灯されているのでもない。再び勇気を奮い起こし、その光に向かって一歩踏み出す。と、何と、その光はまるで道をあけるように一歩退いたではないか!
そして、バートランドを案内するかのように、階段を一段、また一段と上っていく。体の奥からわき上がってくる恐怖心を抑えながら、その光の後に従うバートランド。もはや自分の靴音さえこの世のものとは思えなかった。
階段を上りきり広い回廊に出ると、その光はさらにもうひとつの階段を薄気味悪く照らし、消えた。その瞬間あの陰鬱な鐘の音が鳴り響く。
‘またか。心臓でも止まったらどうしてくれるんだ。鐘の音に殺されるなんて冗談じゃないぞ、まったく’
暗闇のなかにとり残されたバートランドは、手探りで階段を上ろうとしてギョッとした。氷のように冷たい手がバートランドの左腕をつかんだのだ。それも、鷲掴みにしてバートランドに無理やり階段を上らせようとしている。
バートランドは反射的に剣でその相手に切りつけた。耳をつんざくような悲鳴が上がり、バートランドの腕を固く掴んでいた手から急に力が抜けた。恐る恐るまさぐってみると、その手の二の腕から先はなく、血が滴り落ちていた。死に物狂いでその手をもぎ取ると、バートランドは一気に階段を駆け上がった。
その階段は壊れ方もひどく、崩れた壁の石がそこかしこに散らばり、曲がりくねっている上に、上に行くほど狭くなっていき、突き当たりは鉄製の格子戸になっていた。
その格子戸の先は、四つんばいになってやっと通れるほどの広さしかなく、やはり複雑に曲がりくねっている。しかし真っ暗ではない。薄ぼんやりだが方向だけは何とかわかる。奥の方からうめき声のようなものが聞こえ、それがトンネルの中で不気味にこだまする。
最初の角を曲がったところで、バートランドの前に再びあの光が現れた。今度もバートランドを案内するように少し前を進んでいく。やがてトンネルは立派な回廊に行き着いた。
‘やれやれ年だな。腰が’
立ち上がるか立ち上がらないうちに、バートランドは剣を抜いて身構えた。目の前で 鎧に身を固めた男が剣を振りかざしているのだ。バートランドに向かって突き出された片腕は血まみれで、 二の腕から先はない。
しかし、バートランドが鋭い突きを前にくりだすと、その瞬間、男の姿は消え、ずっしりした鉄の鍵が大きな音をたてて、宙から床に落ちてきた。
その鍵を手に取りあたりを見回すと、回廊の奥に大きな扉があり、あの光がやはりバートランドを招くように、その扉をかすかに照らしだしている。
鍵をまわすのにすこし力がいったが、扉は案外簡単に開き、大広間が現れた。
両側の壁に沿って、黒い大理石でできた巨大な像が並んでいる。どれもムーア人の身なりで、右手には見るからに重そうな剣をかまえている。ただ立っているのではなかった。片足を一歩前に踏み出し今にも歩き出しそうな気配だ。
‘頼むから動くなよ’
そのムーア人達に守られてか、見張られてか、中央には棺が安置されている。両側にはろうそくが灯され、弱々しい光をはなっている。
その時あの弔いの鐘が鳴り響き、突然棺のふたが開いた。バートランドは光に導かれるように棺に近ずく。が、棺まであと五、六歩というところで足が釘付けになった。
棺の中から喪服の女が起き上がり、バートランドに救いを求めるように両手を差し伸べ、同時に、不気味な鐘の音が鳴り、ムーア人達がガチャガチャと剣の音をたてて動き出したのだ。
バートランドは一気に女のもとに駆け寄り、両腕でしっかり女を守るように抱きしめた。女は顔にかかった黒いベールを上げ、バートランドに喜びに満ち溢れたキスをする。
と、足元が立っていられないほど揺れたかと思うと、すぐに建物全体がものすごい力で揺さぶられ始めた。すべてが崩れ落ち、バートランドの体も宙高く放り出された。
‘女を助けたのがまずかったか・・・’
意識はそこで途切れ、次に気がつくとバートランドは、今まで見たこともないような豪華な部屋で、柔らかいベルベットのソファーに座っていた。
数え切れないほどのろうそくが明々と灯され、クリスタルのろうそくたては眩しいくらいに光り輝いている。部屋の中央には、これも又見たこともないような贅沢な晩餐会の支度が調っていた。
‘今度はいったい何だっていうんだ’
心地よい音楽が奏で始められると、それと同時にドアが開かれ、絢爛な衣装をまとったあの女が入ってきた。たとえようもない美しさだ。美の女神でさえこれほどではないだろう。妖精たちが楽しげに、嬉しげに周りを取り囲んでいる。
その美女が、バートランドの前にひざまずき、自分を解き放ってくれた感謝の言葉を述べ、妖精たちは月桂樹の冠をバートランドの頭上に載せる。それからふたり並んで晩餐の席についた。妖精たちもそれぞれに席につく。召使達が次から次に食べ切れないほどの料理を運んでくる。バートランドは驚きのあまり言葉を失くしていた。
やがて晩餐会が終わると、妖精たちも召使たちも皆引き下がり、部屋にはふたりだけになった。女はバートランドをソファーに誘ない、そして、そっと耳元で何かをささやいた・・・氷のように冷たい微笑みをうかべながら。
今回の冒険も無事に終わりサー・バートランドは丘陵に向けて馬を進めていた。
‘何とか明るいうちにこの薄気味悪い荒野を越えられるといいんだがな・・’
しかし半分も行かないうちに道に迷ってしまったらしい。どう目を凝らしても見えるのは生い茂ったヒースばかり、目印になるようなものは何もない。
空には雲が重く暗く垂れこめ、時折その雲の切れ間に月が姿を現すが、それも一瞬のことですぐに又雲の陰に隠れてしまう。
その一瞬の月明かりを頼りにあたりを見回しても、目に入るのは荒れ果てた土地ばかりで、かえって心細さがつのる。
何とか自らを励ましながら進み続けはしたものの、地面と沼地やくぼみの区別が出来ないほど闇が深くなった頃には、さすがに心身ともに疲れ果て、ついにバートランドは馬を下り地面に倒れこんでしまった。
その直後だ。重苦しい陰気な鐘の音がどこからともなく聞こえてきた。かすかだが確かに明かりも見える。
すぐにバートランドは馬の手綱をとりその明かりに向かって歩き出した。疲れた体を引きずりながら、暗闇のなか足元に全神経を集中させ、一歩一歩注意深く足を進める。
ようやく明かりが手に届くほど近くなった時、バートランドの目に飛び込んできたのは、無残に荒れ果てた古い大きな屋敷だった。
正面には広々としたポーチ、建物の左右は塔になっている。明かりはその塔の窓のひとつに灯されていた。屋根や壁はあちこちが剥がれ落ち、窓も壊れ放題だ。堀にかかった今にも崩れ落ちそうな跳ね橋を渡ると屋敷の前庭に出た。
その途端、塔の明かりがすっとすべるように動き、そして消えた。あたりには死の静寂だけが漂っている。
‘嫌な感じだ’
馬をつなぎ、ポーチに上がってみる。窓から中を覗いてみるが、真っ暗で何も見えない。
‘どうしたものかな・・’
しかし、あの荒れ野に引き返すには疲れすぎているし、こう暗くなってしまっては危険にも思えた。
意を決してドアの前に立つ。ドアにはいかにも重そうな鉄のノッカーがとりつけられている。それを手に取り、ややためらいがちにノックをする。思ったよりも大きな音が屋敷中に響き渡った。が、返事はない。
もう一度、今度は前よりも強く叩いてみる。さらにもう一度。しかしやはりノックの音だけが不気味に響く。
バートランドはポーチを下り、屋敷全体が見まわせるくらいのところまであとずさってみた。すると、あの明かりがさっきと同じ塔の窓に灯ったかと思うと、たちまち消え去り、その瞬間まるで地の底からのうめき声のように鐘の音が鳴り響いた。
バートランドは思わず馬に駆け寄り、飛び乗って逃げようとして、かろうじて思いとどまった。それができたのは臆病者め!という自らの声と、抑えがたい好奇心のおかげだった。
呼吸を整え、姿勢を正すと、バートランドは片手に剣をかまえ、再びドアに向かった。もう一方の手でドアの掛け金をはずし開けようとしたが、ちょうつがいがギシギシ軋むばかりでどうにもならない。そこで肩をドアに押し当て全身の力を込めて押し開けたのだが、中に入ると同時に、ドアは背後でものすごい音をたててひとりでに閉まってしまった。
‘しまった!’
体中の血が凍るのがはっきりとわかった。案の定それからどう力をいれようと、ドアは二度と開こうとはしなかったのだ。
‘くそ!’
こうなったら仕方がない。あらためてホールを見回してみると、大きな階段と、かすかにあたりを照らす不気味な青白い光が見えた。
その光は、しかし、月明かりでもなく、ましてろうそくが灯されているのでもない。再び勇気を奮い起こし、その光に向かって一歩踏み出す。と、何と、その光はまるで道をあけるように一歩退いたではないか!
そして、バートランドを案内するかのように、階段を一段、また一段と上っていく。体の奥からわき上がってくる恐怖心を抑えながら、その光の後に従うバートランド。もはや自分の靴音さえこの世のものとは思えなかった。
階段を上りきり広い回廊に出ると、その光はさらにもうひとつの階段を薄気味悪く照らし、消えた。その瞬間あの陰鬱な鐘の音が鳴り響く。
‘またか。心臓でも止まったらどうしてくれるんだ。鐘の音に殺されるなんて冗談じゃないぞ、まったく’
暗闇のなかにとり残されたバートランドは、手探りで階段を上ろうとしてギョッとした。氷のように冷たい手がバートランドの左腕をつかんだのだ。それも、鷲掴みにしてバートランドに無理やり階段を上らせようとしている。
バートランドは反射的に剣でその相手に切りつけた。耳をつんざくような悲鳴が上がり、バートランドの腕を固く掴んでいた手から急に力が抜けた。恐る恐るまさぐってみると、その手の二の腕から先はなく、血が滴り落ちていた。死に物狂いでその手をもぎ取ると、バートランドは一気に階段を駆け上がった。
その階段は壊れ方もひどく、崩れた壁の石がそこかしこに散らばり、曲がりくねっている上に、上に行くほど狭くなっていき、突き当たりは鉄製の格子戸になっていた。
その格子戸の先は、四つんばいになってやっと通れるほどの広さしかなく、やはり複雑に曲がりくねっている。しかし真っ暗ではない。薄ぼんやりだが方向だけは何とかわかる。奥の方からうめき声のようなものが聞こえ、それがトンネルの中で不気味にこだまする。
最初の角を曲がったところで、バートランドの前に再びあの光が現れた。今度もバートランドを案内するように少し前を進んでいく。やがてトンネルは立派な回廊に行き着いた。
‘やれやれ年だな。腰が’
立ち上がるか立ち上がらないうちに、バートランドは剣を抜いて身構えた。目の前で 鎧に身を固めた男が剣を振りかざしているのだ。バートランドに向かって突き出された片腕は血まみれで、 二の腕から先はない。
しかし、バートランドが鋭い突きを前にくりだすと、その瞬間、男の姿は消え、ずっしりした鉄の鍵が大きな音をたてて、宙から床に落ちてきた。
その鍵を手に取りあたりを見回すと、回廊の奥に大きな扉があり、あの光がやはりバートランドを招くように、その扉をかすかに照らしだしている。
鍵をまわすのにすこし力がいったが、扉は案外簡単に開き、大広間が現れた。
両側の壁に沿って、黒い大理石でできた巨大な像が並んでいる。どれもムーア人の身なりで、右手には見るからに重そうな剣をかまえている。ただ立っているのではなかった。片足を一歩前に踏み出し今にも歩き出しそうな気配だ。
‘頼むから動くなよ’
そのムーア人達に守られてか、見張られてか、中央には棺が安置されている。両側にはろうそくが灯され、弱々しい光をはなっている。
その時あの弔いの鐘が鳴り響き、突然棺のふたが開いた。バートランドは光に導かれるように棺に近ずく。が、棺まであと五、六歩というところで足が釘付けになった。
棺の中から喪服の女が起き上がり、バートランドに救いを求めるように両手を差し伸べ、同時に、不気味な鐘の音が鳴り、ムーア人達がガチャガチャと剣の音をたてて動き出したのだ。
バートランドは一気に女のもとに駆け寄り、両腕でしっかり女を守るように抱きしめた。女は顔にかかった黒いベールを上げ、バートランドに喜びに満ち溢れたキスをする。
と、足元が立っていられないほど揺れたかと思うと、すぐに建物全体がものすごい力で揺さぶられ始めた。すべてが崩れ落ち、バートランドの体も宙高く放り出された。
‘女を助けたのがまずかったか・・・’
意識はそこで途切れ、次に気がつくとバートランドは、今まで見たこともないような豪華な部屋で、柔らかいベルベットのソファーに座っていた。
数え切れないほどのろうそくが明々と灯され、クリスタルのろうそくたては眩しいくらいに光り輝いている。部屋の中央には、これも又見たこともないような贅沢な晩餐会の支度が調っていた。
‘今度はいったい何だっていうんだ’
心地よい音楽が奏で始められると、それと同時にドアが開かれ、絢爛な衣装をまとったあの女が入ってきた。たとえようもない美しさだ。美の女神でさえこれほどではないだろう。妖精たちが楽しげに、嬉しげに周りを取り囲んでいる。
その美女が、バートランドの前にひざまずき、自分を解き放ってくれた感謝の言葉を述べ、妖精たちは月桂樹の冠をバートランドの頭上に載せる。それからふたり並んで晩餐の席についた。妖精たちもそれぞれに席につく。召使達が次から次に食べ切れないほどの料理を運んでくる。バートランドは驚きのあまり言葉を失くしていた。
やがて晩餐会が終わると、妖精たちも召使たちも皆引き下がり、部屋にはふたりだけになった。女はバートランドをソファーに誘ない、そして、そっと耳元で何かをささやいた・・・氷のように冷たい微笑みをうかべながら。
訳者
- Rits Teeven
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