自己紹介

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邑上佑子(むらかみゆうこ) 

1978年 1月16日 愛知県生まれ
2000年 南山大学経済学部卒業
2000年 ミセス・ハート<後にミセスハート>入社
       デザート製造、管理、販売に携わる

2007年 名古屋市クッキングスクール クッキート入社
       家庭料理 少人数制 常勤講師

2009年 某タイ料理店の委託にて「タイ料理教室」を始める

2010年
  1月 「名古屋タイ料理教室」を瑞穂区自宅にて 開業 
  8月 クッキート退社
  9月 バンコク「Baan Vasana」へ向かう
       竹下ワサナ先生のアシスタントとしてホームステイをしながら
       タイの料理、文化を勉強する
2011年
  3月 帰国
  4月 「名古屋タイ料理教室」を中区東別院にて 再開

 

2009年、知人の紹介から、
名古屋の老舗タイ料理店でタイ料理教室を月に2〜3回開催していました。
しかし諸事情により、半年ほどで終了してしまいました。

そのときの情熱が冷めやらず、名古屋へ引っ越したことを機に、
「自宅で教室をやろう!!」
となり、しばらく副業として瑞穂区の自宅でタイ料理教室を続けていました。

2010年9月、それまで働いていた料理教室を退職し
名古屋タイ料理教室を本業にするために
バンコクの「BaanVasana」(http://www.takeshita-vasana.com)へ向かいます。

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BaanVasanaとは、直訳すると「ワサナの家」です。
竹下ワサナ先生と、そのご家族の経営しているタイ料理教室で、
主に日本人のお客様を対象としています。
わたしは、BaanVasanaにホームステイをしながら
ワサナ先生のアシスタントとして働きました。

半年のあいだ、本当に貴重な体験をしました。

<ワサナ先生のアシスタント>

調理道具や食材をそろえたり、下ごしらえを手伝いながら、
タイの食材の扱い方、保存方法などが身につきました。

また、毎回のレッスンをアシストしていました。
ワサナ先生は、タイ国籍なのですが日本語が堪能で、レッスンも流暢な日本語で行います。レッスン中には、生徒さんと並んでいろいろな質問をすることができました。
ワサナ先生は、生徒さんやわたしの質問にひとつひとつ丁寧に応えてくださいました。

先生のレシピの作成もしていました。
今思えば、なんて贅沢なことでしょうね。

また、ホームステイするお客様のおもてなしも大切な仕事でした。
 

「一緒にタイを楽しむ」感覚で
市場に行ったり、観光したり、していました。
タイに詳しい方も多く、また、それぞれにタイを見る視点も違っているので
さまざまな角度から、タイという国をとらえることができました。

ワサナ先生のベトナム出張にも同行しました。

2011.2.28 と 3.1 ホーチミン、overlandclub さんでのレッスンをアシストしていました。
初期の打ち合わせから関わっていたので、料理教室の運営に関してとても勉強になりました。

また、出張とは言いながらも、レッスン以外の時間は
ワサナ先生のお姉さん、ご友人も同行して総勢7名の旅になり、さらに幸運なことに、ホーチミン在住の友人に紹介してもらいながらホーチミンの町を回ることができました。

同行のお姉さま方の反応も楽しくて、
「タイ人から見たべトナム」を知ることができました。

そうなんです。
わたしのもう一つの目的は、タイの習慣や日常生活を知ることでした。

<タイの日常生活を知る>

半年のあいだずっと、
よそ行きの顔ではなくタイの日常を知りたい、と強く思っていました。

わたしは、とにかくワサナ先生の家族と同じ時を過ごしたかった。
学びながらも、みんなと仲良くなりたかった。

どこへでもついて行きました。

ワサナ先生は、よくわたしに「あなたは、運がいいわね」と言ってくれました。
たった半年のあいだに、いろいろなイベントに出会えたからです。

結婚式、開業祝賀パーティー、女王様からのプレゼントお披露目パーティー、
運動会、お葬式、などに参加することで、タイの文化を肌で感じることができました。

いくつかご紹介しますね。

>>> 派手に催される誕生会

とにかく飲む!食べる!ということです。
ワサナ先生一家、友人、お酒を飲まない人はいません。
わたしも一緒に飲んだり踊ったりしていました。

お酒の飲み方が、日本と違うことに気付きました。
ビールに氷を入れたり、ビールを凍らせたり、継ぎ足すタイミングが早かったり、
ブランデーをサイダーで割ったり。

バースデーケーキは、毎回必ずバタークリームでした。
デパートに行けばあるそうですが、生クリームのケーキというのは、
町のケーキ屋さんには存在しませんでした。

さて何回、ハッピーバースデイの歌を歌ったかしら。

その中に、自分の誕生日も入っていました。
うれしすぎて泣きました。

>>> メーサイ帰省ツアー

2010.12.28 〜 2011.1.1 の5日間、先生一家の、メーサイへの帰省に同行しました。

テェンライ、チェンマイを経由しながら、タイ最北の町メーサイを目指しました。

総勢13名で、ミニバスを2台貸し切りました。
早朝に出発して、12時間移動するあいだに、徐々に風景が変わっていきます。

また、家族のみんなが「買い食い」するのも楽しかったですね。
買い方が半端じゃないんです。「そんなに買うの!?」とわたしはよく言っていました。

北の市場に並ぶ食材は、バンコクのものとは大きく違っていました。
ワサナ先生は、思い出と共にいろいろなことをわたしに紹介してくれました。

数時間だけ隣国ミャンマーへ渡ったりもしました。

カウントダウンパーティーは、先生のご友人宅の豪邸で、コムロイ(大型のちょうちん)を宙に放って楽しみました。

なによりうれしかったのは、この旅行のおかげで、家族みんなとの距離が大きく縮まったことですね。

などなど、話しはじめれば、心の奥から思い出があふれてきます。

そして、2011..3.16 に帰国しました。

<帰国して思うこと>

タイのことを勉強する目的で行き、多くのことを学んだのですが、
それだけではなく、「人が生きるということ」を考えるきっかけともなりました。

ごくごく当たり前ですが
人は独りでは生きられないんですね。

BaanVasanaのみなさんは、助け合いながら生きています。
根底には、仏教の教えがあるとは思いますが
日本の家族関係よりも、深いものだと感じました。

また、自分で希望して行き、たとえ半年間という短い期間だったとはいえ、
わたしにもつらい時がありました。

そんなときに、日本からの友人のメールやお客様からの声援、
BaanVasanaのみなさんの小さな笑顔が、わたしを元気にしてくれました。

そしてBaanVasanaのお客様方と仲良くなれたことも、わたしのエネルギーになりました。

日本全国からお客様がいらっしゃいます。
みなさまと話しているうちに、日本の素晴らしさを感じることも多くありましたし、
友人も増えました。

ワサナ先生が、最後にわたしに残した言葉が忘れられません。
「いっぱい友達ができてよかったね」
ワサナ先生は、わたしが何を感じていたのかを分かっていたんですね。

わたしがタイ料理教室を続けることで、
笑顔になる人が増えればいいなあと思います。

最後に、

わたしが、今後どのように生きて行くのかを悩んでいたとき
「じゃあ、タイに行くしかないんじゃない?」
とわたしの背中を押してくれた母に、感謝します。