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日々徒然

2017年9月26日 12時28分20秒 (Tue)

島原市営バスを作ろう

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​最近、市議会の一般質問において市内循環バスの実証運行の結果反映についての話が持ち上がっていたので、市内線の実証運行について見てみようかと思う。
島原市では、2015年11月〜2016年2月にかけて市内で乗り合いタクシー(循環バス)の実証運行を行っていた。
​上の画像のように、車両はハイエース2台(それぞれ島鉄タクシー(現:島鉄観光)と本多観光に所属)を借り受けて運行し、運賃100円、路線は「ゆとろぎの湯」を起点として一方通行の循環線2路線を運行し、路線内に自由乗降区間や予約制の区間を設けていた。ダイヤは午前午後とも3便ずつであり、ゆとろぎの湯にて接続を図るようなダイヤであった。
また、この乗り合いタクシーの前にも同じように循環バスの実証運行を行っており、車両も島鉄の小型車が使用されていたのだが、こちらに関しては一部区間が島鉄の定期路線として運営されることとなった。畜産試験場線の上新丁〜柿の木〜城内三丁目〜北門の区間、市内団地循環線の萩が丘団地〜上ノ原〜市営球場入口の区間がまさにそれで、後者の方に関しては、そのような経路設定により市営球場入口〜下萩原に存在した「加美町」停留所が廃止になるといった動きが見られたのである。

​さて、これら実証運行バスは島原市の活性化協議会などが計画し実施したものである。特に前者の乗り合いタクシーについては、車両を貸した以外に島鉄が運行に関わっていなかったためか、乗り合いタクシーが島原駅や島鉄バスターミナル、島原港に乗り入れることがなかった。これでは駅やバスターミナル、港で他の交通機関に接続を図ることが出来ず、遠方に向かいたい市民などにとっては不便きわまりないものであった。しかし、そんな路線でも実際に走らせたと言うことは、島原市が島原市内線の現状に満足していないという考えの表れでもあるのではないだろうか。
​先述の通り、実証運行で誕生した区間が定期路線化されているものの、これらの路線は実証運行時と比べるとダイヤがわかりにくくなったりするなどの問題も発生している。この問題については、島鉄のバス車両数の問題や乗務員人数などの話に関わってくるので、解決しようにもしにくいものである。その現状を理解しているのかしていないのか島原市がこのように乗り合いタクシーの実証運行という形で島鉄の島原市内線の対抗馬を設定してきたが、いくら実証運行の乗り合いタクシーといえど、人口50000人にも満たない島原において2つのバスが走るというのは輸送力過剰のようにも思えたものである。

​そう思ってしまうと、どちらかの事業者を市内線から撤退させてしまう方が得策であるように感じる。そこで私が考えたのが、島鉄を島原市内線から撤退させ、市内線を島原市が運営する(つまりは島原市営バス=島原市の交通部門の設置)という案である。なぜなら、島鉄は島原市内線の他にも、多くのバス路線を持つほか、鉄道線や航路なども保有しているのだが、鉄道線やバス路線の多くは利用者の減少が続き厳しい現状にあるため、少しでも島鉄の負担の軽減を図らないと今後の鉄道線やバス路線などの運営に多大な影響を与えかねないからである。また、島原市に運営を委託することで、島鉄の頃よりも投資されやすくなるのではないだろうかと思う。
​島鉄を撤退させるといえど、学生輸送や島鉄が芝桜公園のスポンサーということもあるので、(南目各地など)→島原駅→大手→文化会館の系統は島鉄が運営したままとし(というか、この系統は市内線と言うより南目や雲仙方面からの島原行きの盲腸線のようなもの)芝桜公園線は朝夕に島鉄が乗り入れる形とする。
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​(島原市営バス誕生後の路線図予想)
また、この島原市営バスの車両に関しては、比較的利用が多いと見込める系統のために、島鉄の島原営業所に所属する小型車を全車移籍させるほか、利用の少ないと思える路線向けにハイエースを導入するものとする。また、場合によっては小型車にノンステップバス「ポンチョ」を導入するのも良いのかもしれない。ちなみに、小型バスの乗務員に関しては、島鉄から何名か移籍させる、市が募集をかけるなどの対策が必要である。ハイエースならば普通免許での運行が可能なので乗務員の確保は比較的容易ではなかろうか(ただし二種免許も必要なので留意すべし)
​上に掲載している路線図を見てみよう。実はわずかながら新しい区間も設定しているがお気づきだろうか。
​まず、有明地区の「グリーンウェーブ」線。グリーンウェーブは有明地区にあるホールの名称であり、近くには有明公民館もある。また、島原市有明庁舎にもほど近い。現状では路線設定がなされていないが、畜産試験場線の区間系統として「グリーンウェーブ止まり」の便を設定することで、有明地区や城内三丁目方面の本数を現状よりも増やすことが可能となるし、そのグリーンウェーブ止まりの便と接続する形で、グリーンウェーブ〜水分神社〜畜産試験場〜グリーンウェーブの循環乗り合いタクシーを設定できるのではないだろうか。
​次に、武家屋敷〜島原城〜大手線。こちらは一方通行の系統であり、土日祝日のみの運行となる。武家屋敷停留所や島原城停留所は設定されていないものの、観光客の利用も見込めると思うので設定してもいいのではないだろうか。同様の理由として、がまだすドーム入口(図上ではドーム口)〜がまだすドームの路線や大手〜鯉の泳ぐまち〜島鉄バスターミナルの路線も設定している。ちなみに、前者はかつて島鉄に存在したのだが、10年ほど前に廃止されている。これらの路線も土日祝日のみの運行として、観光客の輸送に特化させてもいいのではないだろうか。
ちなみに、現在礫石原線が三会駅前を経由しているのだが、それを城内三丁目経由に切り替えることとする。
一応、上記の路線図だけでは、どの系統がどこを経由しているかがわかりにくいかもしれないので下に記載する。
​・1号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜有明庁舎前〜グリーンウェーブ〜水分神社〜畜産試験場〜グリーンウェーブ(グリーンウェーブを起点に循環し、グリーンウェーブから来た道を戻る)
​・2号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜上新丁(うわじんちょう)〜城内三丁目〜有明庁舎前〜グリーンウェーブ
​・3号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜城内三丁目〜河原(こうら)〜宇土出口または礫石原(くれいしばる)
​・4号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜文化会館〜武家屋敷(駐車場)〜河原〜宇土出口〜津吹〜河原(河原を起点に循環し、河原から来た道を戻る)
・5号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜上新丁〜農高前〜六ツ木〜宇土出口
​・6号系統→新山〜島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜上新丁〜農高前〜芝桜公園前
・7号系統→島原駅〜萩が丘団地〜島原病院〜島原港〜東登山口〜下中木場〜魚見団地〜門内〜仁田団地〜下中木場(下中木場を起点に循環し、下中木場から来た道を戻る)
​・8号系統→島原駅〜城内三丁目〜上新丁〜島原駅(島原駅を起点とした循環)〜島鉄バスターミナル〜中央公園前(図中に記載できず)〜鯉の泳ぐまち〜萩が丘団地〜島原病院〜島原港
​・観1系統(土日祝日のみ運行)⇒島原駅→文化会館→武家屋敷(駐車場)→島原城→鯉の泳ぐまち〜島鉄バスターミナル〜島原港〜東登山口〜がまだすドーム〜(来た道を戻る)〜鯉の泳ぐまち→大手→島原駅
・観2系統(土日祝日のみ運行)→芝桜公園前〜農高前〜上新丁〜島原駅〜島鉄バスターミナル〜島原港〜東登山口〜がまだすドーム
​・乗り合いタクシー→グリーンウェーブ〜水分神社前〜畜産試験場〜グリーンウェーブ(グリーンウェーブ起点の循環線)
​※小型車での運行→1号、2号、6号、8号、観1、観2とし、ハイエースでの運行→3号、4号、5号、7号、乗り合いタクシー
車両の保有も島原市が行うものとし、車庫については島原病院近くにある「かんぽの宿」跡地を利用する。とは言っても、車両の点検や整備などは島鉄の島原営業所で行うこととする。
ダイヤに関しては、今回は明確にしないが、小型車が運行されるような路線はハイエースを利用してでも本数を確保した方が良いだろう。

​とまぁ、私の妄想がすごいことになってしまった・・・が、本当に島原市内線に関しては島原市に運営を委託しても良いのではないのではないかと思う。正直、島原市内線は恵まれた路線環境にあるのに、本数などが確保されにくいなど問題が多数あるがためにうまくその環境に適応できていないのが残念でならない。一応記しておくが、私は別に島鉄に恨みはない。むしろ、今かなり大変な状況にあるのに、廃止という道を選ぼうとせずなんとか運営しようと努力されている姿は感服するものがある。だが、やはり島原市が実証運行で乗り合いタクシーを走らせるということは島原市内線の現状に不便さを感じているという意思表示かもしれない。そうならば、乗り合いタクシーの実証運行を島鉄の力をほとんど借りずにたま〜に運行されるよりかは、島原市なりに島原市内線を運行してもらいたい。どのような形であれ、島原市内線が現在よりも便利になることを願っている。

2017年9月2日 21時57分28秒 (Sat)

イオン島原店と島鉄バスターミナル

今年の6月下旬、あるニュースが流れた。
​『イオン島原店建て替え拡張へ 島鉄バスターミナルは移転』
//qbiz.jp/article/113080/1/​
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​『イオン』島原店は元々『ユニード』として1973年より営業が始まったもので、その後ユニードがダイエーに吸収されたことで『ダイエー』として営業されていたものが、2015年にダイエーが吸収されたことで『イオン』となったものである。とはいえ建物はユニード開業時からのもので、今年で築44年となる古い物件である。老朽化の進行で耐震など防災面における問題なども多く、イオン島原店の施設管理者である島原鉄道としても、このイオン島原店に対しては早急に何らかの対策を講じるべきだと考えられてきていたようであるが、今回建て替えという形で検討されることになったようだ。報道によれば2020年夏頃には計画を確定させる予定のようである。

さて、このイオン島原店建て替え計画において最も大きな影響を受けると言っても過言でない施設が「島鉄バスターミナル」である。
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​島鉄バスターミナルは島鉄バス島原営業所の施設の内の一つで、待合室の他に乗車券券売機や窓口などを兼ね備えた島鉄バスの運行拠点の一つである。市中心部にあることで利用者も多く、イオン島原店などからの買い物客や、近隣の病院の通院客、『鯉の泳ぐまち』地区を訪れる観光客などがよく利用されている。そんな島鉄バスターミナルだが、こちらも古い建物であり老朽化も目立つ。
またバリアフリー面でも課題が多く、先日私が訪れたときには、目の不自由な方がホームに面したトイレに向かうつもりがいつの間にかホームを降りて、バスターミナルの利用者用駐車場に迷い込んでいたこともあった。結局その後私が介助し無事にトイレに行くことができたのだが、その際にその方が「ホームなどに点字ブロックがなくて不便ですね」という感じで言っていたのが印象的であった。
今回の報道によれば、島鉄バスターミナルは「移転」されることになっている。話によれば移転先は島原駅の近くのようだが、私としては「どうせ市役所建て替えているんだから、新市役所庁舎1階をバスターミナルにしても良かったのではないか?」という思いもあるので、もしよければこちらの記事も読んでいただきたい→//www3.hp-ez.com/hp/shimatetsuclubcom/page18/bid-383775
まあ、移転先うんぬんはともかく、もし移転して新しくターミナルを設置するのであれば、やはりまず考えてほしいのは「バリアフリー」ということであろう。最近、島鉄バスでは新車中古車問わずノンステップバスやワンステップバスが増備され続けており車両のバリアフリー化および平均車齢の若返りが進んでいるのだが、一方で施設においてはバリアフリーが進んでないところがまだまだ散見される。道路上のバス停は自治体の判断にゆだねられる所もあるようだが、バスターミナルにおいては島鉄の所有物なので早急な対応が求められている・・・のだが、実際のところ、この島鉄バスターミナル移転案を含めたら、3カ所のターミナルにおいて改修計画が明らかとなっている。諫早は県営バスのターミナルに乗り入れという形になっているが、新幹線整備により駅前にバスロータリーが整備されるようであるし、口之津も港湾を一部埋め立てることで口之津港の再整備が行われて新フェリーターミナルがつくられることになっているため、それにバスも乗り入れる形となるようである。
​・・・話がそれてしまったが、もし移転して新しいターミナルを開業するのならば、バリアフリー性は忘れてはいけないし同時に耐震化などの防災面での対策などもしっかりと講じてほしいものである。

​と、ここまでいろいろ書いてきたのだが、正直言うと私はバスターミナル移転に関しては否定的である。
​もしバスターミナルがなくなってしまえば、当然のことながら公道上に停留所を設置することになるであろう。そうなった場合、車両の停車スペースが確保できるかが心配である。なにせバスターミナル付近は交差点が多く、また商業施設などの出入り口も当然ながら多いため、とても停留所の設置ができるスペースが見当たらない。「大型車1台分だけでもスペースが確保できればいいのでは」と思う方もいるだろうが、現状の本数を見る限り、同方向に向かうバスが2,3台ほぼ同時に発着することも多いため、1台分だけしか停車スペースを設けなかったならば、スペース侵入待ちのバスが公道上に待機することになり道路の混雑の原因となってしまう可能性が高い。かといってバス専用車線の確保も難しく、公道上にバス停を新たに設置するのには難があると言える。
​それに島鉄バスターミナルは『鯉の泳ぐまち』に近いこともあって観光客の利用も多いため、島原観光の玄関口の一つとして機能しているといえると思うのだが、果たしてターミナル移転後にそのような機能を持ったバス停をバスターミナル付近に新たに設置できるのか疑問である。もし、慣れてない利用者が乗り場を間違えたのであれば、道路をわざわざ横断せねばならないのだから不便を強いることにもなるし、交通事故発生の可能性も考えられるのではないだろうか。

​「バスターミナルがダメなら、どうやってイオン島原店の建て替えを行えるのか」という声が聞こえてきそうだが、私としては長崎市にある「ココウォーク」のように、バスターミナルと商業施設が一体となったビルとしていいのではないかと思っている。
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※長崎市にある「ココウォーク」
​ココウォークは元々長崎バスの茂里町営業所があったところに建てられた巨大商業施設であり、スーパーマーケットや服飾関係の店、書店や飲食店など多くの商業施設があるほか、1階部分には長崎市南部(三和、香焼など)や長崎市東部(矢上など)へ向かう路線バスや長崎空港へ向かうシャトルバスなどが発着するバスターミナルが設けられているのが特徴である。
​商業施設とバスの拠点が一体化するというのには利点として、バスを降りたらすぐ商業施設なのですぐに買い物ができる上に買い物し終えたらすぐにバスにも乗れること、屋根に覆われているので雨や雪などでぬれることなく移動ができること、交通事故のリスクを減らすこともできるので安全性が高いことなどがあげられる。特に3番目の「交通事故のリスクを減らすことができる」という点については、バスターミナルとイオン島原店の間において歩行者や自転車の移動の多さが目立つ一方で、横断歩道などが道路の都合上、ターミナル前1カ所にとどまっているため横断歩道のない道路上を歩行者や自転車が横断せざるを得ず、そのため交通事故のリスクが高いという現状を大きく改善することに繋がっていくものではないかと思われる。
​一方で構造が複雑で高層になりがちなため維持費などがかかるという弱点も存在するのだが、維持費など経費についてはイオン九州と島鉄が共同で管理する、もしくはそこに島原市も加わった3者で協力して管理していくことで、それぞれの負担の軽減ができるのではないだろうか。まあ、ココウォークと比べて圧倒的に商業施設の数が少ないイオン島原店ならココウォークほどの大規模なビルディングにはならないと思うが・・・。
​私が考えるに、新イオン島原店は、1階部分がバスターミナル(方面または路線別に乗り場も分ける)とし、2階以上の上層階に従来の店舗を設置する(可能なら飲食店など新店舗もオープンさせる)、車の駐車場は立体駐車場としてそれの1階をバスターミナル利用者専用の駐車場+タクシー乗り場とするなどの工夫もできるのではないだろうか。
​「今、バスターミナルとイオンの間にある市道は?」・・・それは若干の経路変更とする。というか実際、今回の報道でもイオン島原店拡充みたいになっているので市道の経路変更はすでに考えられているようだ。

​ともかく、イオン島原店の建て替えおよびそれに関連して行われる島鉄バスターミナルの移転計画については、このココウォークタイプに改良する案も含めて、もう少し色々な案を出したりしてじっくり検討していただきたいと思う。
​考えが先走りすぎて後になって「あれ、どうしようか・・・?」と悩み出してしまっている南目線廃線跡活用計画のような失敗した事例もあるので、そのような失敗を繰り返されないように願うばかりだ。
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2017年3月19日 21時59分22秒 (Sun)

廃線から9年経過して・・・

島原市のホームページを確認していたら、このようなものを見つけた。
//www.city.shimabara.lg.jp/page3897.html?type=top
実際は、第1回が先月の19日だったかに開催されていた。ゲストもこの2回目と同じ方だったと思われる。
正直、このように「地方の公共交通」について真摯に考える機会を設ける島原市の姿勢は評価できると言える。今や大都市近郊においても幹線系統の鉄道やバスの路線ですら廃止になることも多くなり、「存続か廃止か」という選択を迫られる事業者や自治体が多い。そんな今だからこそ、公共交通のあり方、公共交通をどのように支えていけば良いのかなどを考えるこの企画というのは行っていくべきなのである。
私は素晴らしいと思ったのだが、なにか心に引っかかるものもあった。

2008年3月。島原鉄道の南目線の大部分である島原外港〜加津佐の区間が廃線となった。
1928年に開業したこの路線は皮肉にも創業100年、開業80年目の節目の年に廃線となったのである。
廃線区間の中には、何億もの税金で整備された高架区間すら存在した。この区間は雲仙普賢岳災害の土石流により線路流失が多発した区間やその付近を高架化したものであり、復興の象徴とも言える区間であった。ちなみに、この区間にあった「安徳駅」は県内初の高架駅であった。現在では佐世保駅が開業し、浦上駅や長崎駅の高架化が進められているが、それらに先んじて島原の地にすでに高架駅は存在していたのである。
また、廃線となった区間は風光明媚な区間としても知られ、CMのロケに使われることもあったほか、この当時島鉄にはキハ20形という旧型気動車が活躍し、鉄道ファンからも親しまれていた。
ちなみに、CMは→//www.youtube.com/watch?v=aUlSVIZCcfU&list=PL4D1CA5D22B357C04
廃線後、これらの風光明媚な線路は荒れ地と化し、旧型気動車は保存されることなく解体されている。余談だが、タラコ色として親しまれていたキハ2008号車のスピードメーターを私は所有している。

このようなことが約10年前にあったこの土地で、今になって「公共交通を残そう」と言っているのは遅すぎたのではないかと私は思う。
とらえようによっては、現在のこのような動きは「南目線廃線が反面教師となっている」とも言える。しかし私はそんなことは無いと思う。廃線が打ち出されたのが2007年頃だったかと思うのだが、2007年頃かそれ以前に鉄道の廃線という事例が無かったわけではないのだから、全国各地に存在する鉄道が廃線となった自治体を島原市や周辺自治体が視察したりするなどして、「廃線後に自治体でどのようなことが起こったのか」というのを考えることはできたはずである。それを踏まえて、このように公共交通についてのシンポジウム的なものを開催したなら、沿線住民などにも大きく影響を与えることはできただろう。そしてそれが「廃線」という考えを抑止させるきっかけになり得たはずなのだ。なのに、その当時にそのような機会を設けなかったが為に多くの人に公共交通の存在意義を訴えかけられなかったのは残念だし、そのような機会を廃線後10年近くたって設けたって失われた35.3qの鉄路は戻る可能性は極端に低いのだから、意味が無いわけではないのだが手遅れな感じは否めないのである。
余談だが、最近ではある自治体が「自治体役所職員に公共交通を利用して通勤させることで存続につなげようとする」という自治体自らが体を張って訴えかける事例もあるようだ。口で言うのは簡単、でも体を張らなければ意味が無いと考えたのであろう。この運動が全国的に普及することも切に願うばかりだ。

たしか、1970年代頃にも南目線は廃線を検討されたことがあるらしいが、その時は地元住民などが必死に反対したから残ったという。当時はまだ地方ではトラック輸送が発達しだした頃であり、少なくとも貨物面の需要は少なからずあっただろうし、道路状況も現在と比べたら良いものとは言えなかったからこそ旅客面での需要もあったのだろう。
一方、21世紀。その頃ともなれば地方の鉄道で貨物営業をしているのはごくわずか、道路状況もだいぶ改善されているから、そんなときこそ鉄道の必要性を自治体だけでなく鉄道会社自体が訴えかける必要がある。
しかし、2007年頃の島鉄というのは考え方が真逆であった。なんと島鉄自体が「廃線」を推し進めていたというのである。
動機はお金の問題のようで、旧型気動車の維持費はかさむし、高架区間などの鉄道施設の維持費はかなりのものだったという。確かに旧型気動車はお金がかかる。現在は製造されていないような部品なんかが使われていたときは特にお金がかかる。鉄道施設なんかも古いものや新しくても建設費がかかる高架区間なんかはお金がかかる。
でも、これらも工夫次第で解決できたはずだ。例えば「上下分離方式」である。キハ20形を「観光資源」として沿線の4自治体に保有してもらい、自治体は運行や管理などに必要な資金を払い、島鉄も「借り受ける」ことになるので借用費を払う。鉄道施設も同様に、高架区間が噴火災害復興事業の一部と言うことで国もしくは長崎県に保有してもらい、国もしくは長崎県が管理などに必要な資金を島鉄に払い、島鉄も借用費を払うという形にしたら資金の問題も少しは改善できた可能性もある。
キハ20形を「観光資源」としたのは、あくまで現在のローカル線などにおいてレトロ車両や観光列車が評判になっているということを踏まえての考えであり、その当時は現在ほどの評判はなかったとは思うのだが、もし実現していれば「レトロな乗り物=観光資源」というイメージを作り上げた先駆けの一つとしてイメージリーダーとなり良い意味で注目されていたことも考えられる。

これらは私の考えではあるのだが、このような「公共交通存続に向けた考え」というのを1つでも考えられなかったのは島鉄のみならず沿線自治体の大きな失敗だったとも思える。とはいえ、かろうじて島原市が島原外港駅の存続を成功させた(実は外港駅も当初は廃止の対象であった)のは、この当初からわずかながら公共交通に対して何とかして守ろうという意思があったことが垣間見える良い話である。だが、その意思を、先述のように、シンポジウム的なものを開催するなどという形で見せられたら・・・!と思うと、何とも悔いの残る結果になったのは実に惜しいのである。

こんなこともあって、このような公共交通の講演会に対して「なぜそれを10年前にやらなかった!やってたら南目線廃線の件に多少の影響を与えることはできただろう」という島原市への愚痴とも言うべき感情を感じることもある。仮に島原市民だけが「廃線反対」を訴えたとしても影響は大きくならなかったかもしれない。でもちりも積もれば山となる。その訴えが周りの自治体などに影響を与えていけば大きな力にもなっただろう。それに何もこのような講演会に来るのは島原市民だけとは限らない。もしかしたら南島原や雲仙市など他自治体の方も来場されると思われるので、そのような人たちからもっと多くの人へ「公共交通存続」という考え方が広がっていけば、大きな力になり得たのではないかと思う。

ここまでこのような書いてきたとはいえ、この講演会企画は本当に素晴らしい企画だと思っている。
島鉄一部廃線という大きな失敗をしたからこそ、このような企画を通じて一般市民に公共交通の大切さなどをより強く訴えかけていきたいという意思が感じられる。その意思が今後、このような機会だけでなくもっと多くの機会で伝わっていけたら島原市だけでなく他の自治体や島原鉄道などとしても喜ばしいものなのではないか。
公共交通を愛する一人の人間として、こう思うのである。

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画像は2008年10月撮影。キハ2003号車は2008年当時在籍していたキハ20形で唯一の島鉄オリジナル車だった。三本ひげ塗装と呼ばれたこの塗装は、国鉄乗り入れに際して国鉄車との識別を容易にするためのものだったという。現在では、この塗装をもした車両が茨城県のひたちなか海浜鉄道で留置中とは言え現在でも見ることはできるようだが、できれば赤パンツのように島鉄の線路上で再び復活してくれることを願うばかりである。

2017年2月19日 22時50分48秒 (Sun)

惜別、西鉄バス3240号車

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先日、西鉄の教習所で余生を送っていたという3240号車が廃車になったそうです。
3240号車と言えば、日本一長距離を走る「はかた」号の専用車としてデビューし、はかた号から引退後も桜島号などの多くの長距離路線で活躍するなど、まさに日本の長距離路線バスを代表する車両として人気の高かったこの車両。
乗り物の図鑑などでもおそらく目にしたことのある人がいるかもしれませんね。私もそんな人間です。
3240号車の「はかた」号での活躍ぶりは、とある有名タレントを苦しませた某深夜番組でもおなじみでしょう。

そんな3240号車があるとき島原に来たときがありました。
2012年12月1日。この日は長崎県内でICカード「SUGOCA」のサービスが開始された日でもありましたが、島原では「島原学生駅伝」が開催されており、沿道には多くの人がいました。
走り抜けていく選手への歓声が飛び交う中、3240号車は突如現れました。行き先表示機には「貸切」と書いてありましたが、上の画像を見たら分かると思いますが実は「島原」号の教習車としてやってきていたのです。
突然現れたので私はとても驚きました。図鑑でしか見たことのなかった車両がいきなり目の前に現れたのですから。
残念ながらこれが3240号車との最初で最後の出会いになってしまったわけですが、約20年の長きにも渡って活躍してきたかつてのエース3240号車に一言お疲れさまと声をかけてあげたいと思います。

3240号車、お疲れさまでした。

2017年2月5日 10時59分38秒 (Sun)

比べてみました!島原号西鉄便と島鉄便

気が付けばすっかり2月です。
島鉄では近年はこの時期になると新車がやって来まして、今年も2台の中型新車がやって来ました・・・というのはすでに記事にしておりますので、そちらをご覧ください。
→「速報!島鉄バスに今年度の新車登場
さて、今回の話しは島原号についてです。
つい先日、所用で福岡に行く機会がありましてその際に島原号を利用したのですが、1度は西鉄便、もう1度は島鉄便と双方の島原号に乗車できましたので、今回はそんな島原号を比べてみようかと思います。

1.西鉄便の場合
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(今回の乗車車両)
今回乗車をしたのは8546号車で、2011年式の日野セレガスーパーハイデッカー車です。
元々は福岡〜池袋・大宮線「ライオンズエクスプレス」専用車として、僚車8545号車と共に活躍しておりましたが、路線の運行休止に伴って西鉄高速バスから西鉄バス博多営業所へ8545号車と共に転属しました。転属後に塗装変更を行って、ライオンズエクスプレス塗装から中長距離高速バス標準の通称「火の鳥」塗装に変更となった車両で、2016年の夏頃から使用が開始されました。
車内は4列のシート配置でトイレがあり、整理券発行機は備え付けられているものの運賃表示器は設置されておりません(ただし備え付けられるようにはなっている)その他、行き先表示機は幕式であり、行き先表示の幕には今でも「高松」「三重」「横浜・池袋・大宮」など夜行路線の幕が現在でも残っているようです。ちなみに、側面の行き先表示機は使用されておらず、その代わりに乗降ドアに「博多駅・天神←→諫早駅・島原」と書いた紙を貼り付けて対応しております。
(乗車記)
乗車したのは13時00分島鉄バスターミナル発天神方面博多駅行きです。
バスは発車10分前にホームに入ってきました。しかし車体の大きさの都合でホームギリギリまで車両を寄せることができず、ホームから少し離れた位置に停車しての客扱いとなります。
13時00分になり島原号は定刻で島鉄バスターミナルを発車しました。最初の途中停車地は島原駅前です。
島原駅での客扱いを終えたバスは、国道を諫早方面へ北進していきます。駅を出てしばらくした時に乗務員の口頭で停車地や車内設備などに関するアナウンスが流れました。
ちなみに、この便に乗車したときは音声合成の放送は流れませんでしたが、別日に島原行きのこの車両に乗車したときは音声合成のアナウンスが流れました。島原行きのみと言うわけでは無いと思うのですが・・・こういうのは乗務員さん次第と言うことなのでしょうか。
国道を進むこと約15分、バスは多比良駅前(たいらえきまえ)に到着し客扱いを行います。多比良町駅は旧南高来郡国見町(現在の雲仙市国見町)の中心駅であり、周辺にはサッカーの強豪校として有名な国見高校があることから、街の至る所にサッカーボールをもした街灯などが設置されています。ちなみに、島原鉄道創業者の植木元太郎氏の出身地はちょうどこの多比良辺りだったかと思います。
多比良駅前での客扱いを終えたバスは再び国道を諫早方面へ。ちなみに、多比良までの道程でもそうですが車窓には青々とした有明海や雄大な雲仙普賢岳などの山々を望むことができ、島原らしい美しい自然を楽しむことができます。また、雲仙市吾妻町内ではテレビや新聞などで度々報道されることのある諫早湾干拓の堤防を望むこともできます。ちなみにこの堤防は「堤防道路」として整備されておりまして、休日にはツーリングやドライブで訪れる方も多くいらっしゃいますし、農業関係などのトラックの物資輸送ルートとなっていたり近隣住民のランニングや散歩のコースになっているなど、多くの人に愛されているようです。ちなみに有料道路ではないので、気軽に通行ができますが、ここを通る定期路線バスなどはございませんのでご注意ください。
さて、バスは愛野駅前に到着しました。
雲仙市愛野町は島原半島の付け根に存在する町であり、昔から交通の要所として栄えておりました。1911年に島原鉄道が開業したとき(会社創立は1908年)の運行区間も、諫早〜愛野でした。また、愛野町にある愛野駅からは雲仙鉄道線が肥前小浜駅まで延びておりましたが、開業して15年で廃止という短命な路線になってしまいました。現在廃線跡は一部区間が県道やサイクリングロードとして整備されております。
そして、愛野町と言えば近年は「愛の町」として町おこしを図っていることでも有名でして、特に愛野駅は「愛の駅」として日本ロマンチスト協会の本部の一つとなっているようですし、その他ロマンチスト協会とのタイアップ企画が町内各地で行われているようですので、恋人同士や夫婦で訪れてみるのもいかがでしょうか。ちなみに、最近は愛野駅で結婚式も行われるようですよ。
さて、愛野駅前での客扱いを終えるとバスはいよいよ島原半島を飛び出して諫早市へ入っていきます。
車窓には広大な諫早の干拓地を望むことができますが、最近では国道のバイパスの整備工事が行われているため工事現場の様子も見ることができます。また、この近辺は昔から地盤が弱いため道路が特にガタガタしている区間でもあります。
やがて諫早市街地へ入っていくのですが、途中踏切を渡る際に「踏切のため一度停車いたします」と放送が入り「左良し、右良し、・・・」と声に出して安全確認を行ってから踏切を横断しておりました。今までの運転も十分丁寧だったのですが、ここまで丁寧ですと「さすが西鉄だな」と思いましたね。
そして市街地に入り、本諫早駅前で客扱いを行います。本諫早駅周辺は諫早市の中心であり、周辺には市役所、アーケード、諫早高校などがあり賑やかな印象を受けます。また、ちょうどこの本諫早駅と諫早駅の中間辺りには「諫早の眼鏡橋」がある諫早公園があります。
本諫早駅前での客扱いを終え、本明川を渡ること2回、バスは諫早駅前に停車いたします。ちなみに諫早駅前は西鉄便では「県営諫早駅前」として案内されております。諫早駅周辺では現在諫早駅の新幹線関連工事に伴って再開発が行われており、本諫早駅前と比べると静かな印象を受けます。
そして、諫早駅前を出発すると改めて乗務員から車内設備や停車地などに関するアナウンスが口頭で行われまして、その後諫早インターに侵入する際にはシートベルト着用を呼びかける放送が行われます。
島原から1時間20分ほど、ようやくバスは高速道路を走行いたします。
高速道路上での客扱いは九州道の高速基山と筑紫野(二日市温泉入口)の2カ所に限定されており、速達性が確保されております。(福岡都市高速が太宰府まで開通する前までは鳥栖まで一般道走行、鳥栖からは高速鳥栖神辺や高速神埼などに停車していたようです)
また、長崎道からは大村湾の美しい景色の他に広大な佐賀平野を眺めることができます。特に佐賀平野と言えば毎年10月のバルーンフェスタが有名で、運が良ければバルーンの飛行シーンも見ることができるかもしれません(おそらく時間帯的に島原号では難しいかも)し、長崎県と佐賀県の県境はトンネル内になるのですが、その部分はタイルなどでわかりやすく表示されております。
さて、島原号は太宰府インターを出てそのまま福岡都市高速道路へ入っていきます。
都市高速道路は町の中を通ることもあり、高速道路の真上を高圧電線が通っていたり、上下二層構造になっていたりと面白い道路でもありますが、なにより車窓から福岡空港を眺めることができるのがこの都市高速の最大の特徴かと思います。特にこのスーパーハイデッカー車8546号車は車高が高いうえに窓も大きいので離着陸する飛行機の様子がよく見えますので飛行機が好きな方にもおすすめです。
また、都市高速は一般路線バスも走ることがありますので、高速バスだけでなく路線バスも行き交っている光景を見ることができます。
いよいよ、バスは天神北ランプを降りて福岡の市街地へ入っていきます。ランプ周辺は倉庫などが多い印象を受けましたが、ランプ先の交差点はもうビル街。まさに都心とも言える所になっております。そしてバスは多くの西鉄バスなどと共に天神高速バスターミナルへ向けて渡辺通を走行していきます。この近辺は九州でも地価が高いところとして有名ですが、このような発展があったのはこの天神地区に路面電車を敷設して、天神地区発展の礎を築いた渡邉與八郎(わたなべよはちろう)氏の功績が大きいのではないかと思います。実際、この渡辺通の名前の由来は渡邊氏ですし、地下鉄の渡辺通駅のシンボルマークは路面電車になっているなど、渡邊氏の功績は何気ないところに見て取ることができます。
そして、バスはいよいよ西鉄天神高速バスターミナルへ入っていきます。
九州・・・というより日本有数の発着本数を誇る天神バスターミナルですが、バスターミナルへ入っていくのはほとんどが高速バスや福岡県内各地へ向かう特急や急行などであり、九州中から多くのバスがやってくることから、天神バスターミナル入口付近でバスの撮影をされる方も多くいらっしゃるようです。
バスは急勾配を力強く駆け上っていきます。途中左側車窓に西鉄電車の線路を見ることができ、運が良ければ発着する電車の姿を見ることができます。
そしてバスはゆっくりとバスターミナルへ滑り込みます。天神バスターミナルは近年内装の大幅なリニューアルが行われ、木目調やレンガ調、石畳などバスターミナルとは思えないような豪華な内装となっており、多くの利用者に親しまれております。また、発車案内表も液晶式となっており見やすさが前のLED式よりも向上したと言えるのではないでしょうか。
天神での客扱いを終えたバスは、いよいよ終点の博多駅へ向かいます。
車窓からは天神の町並みの他、福岡市民の台所として親しまれている柳橋連合市場や住吉神社など多くの名所を見ることができます。そうしているうちにバスはいつの間にか博多駅の前に来ておりました。
博多駅前は多くの人々が行き交っており、まさに九州の玄関口の様相を呈しておりました。大きな駅ビルもまさに博多駅らしいと言えるのではないかと思いますが、バスは博多駅脇のバスターミナルへ入っていきます。
博多駅バスターミナルは天神とは違い、一般路線バスも乗り入れるバスターミナルとなっており、特にJR九州の路線バスが乗り入れていることが大きな特徴ではないかと思います。JR九州の路線バスはここから脇田温泉や直方駅などへ向かっており、西鉄バスとはまた違った魅力があるのではないかと思います。
それにしても博多駅バスターミナルはかなり窮屈な印象を受けました。急なカーブが多くて運転される運転士さんも大変じゃないかと思いますが、それでも安全運転で無事に博多駅まで到着しました。

西鉄便の良さはなんと言っても丁寧な運転(乗務員さんによるかもしれませんが)とエアーサスペンションなどの車両設備の良さですね。エアサスは本当に気持ちが良かったです。さすが元夜行用と言わんばかりのすばらしい乗り心地でした。また、丁寧な運転というのもバスに乗り慣れていない人には良いのではないかと思います。安全にかつ快適に走るという意識が感じ取れて、とてもすばらしいものでした。
※まあ、普段から島鉄や長崎バスなどのワイルドな運転に慣れていた私にとっては大人しすぎてかえって不安になったりすることもありはしたんですが・・・(^0^;)

2.島鉄便の場合
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(今回の乗車車両)
今回乗車した車両は「長崎200 か・145」で、2001年式の日野セレガRでした。
デビュー以来島原号専用車として走り続けている145号車は、島鉄バスでは珍しい青地に白文字の行き先幕や24マスのLED式運賃表示器などを採用していますし、そもそも島鉄としては唯一のセレガRというのも大きな特徴です。
車体には、平成新山のラッピングや島原半島の観光PRラッピングがなされてきましたが、現在では島鉄沿線に数店舗を構えるフリーマーケット「ACB(アシベ)」の広告ラッピングになっており、桃色のラピングがとても目を引きます。そして、車内は4列シートでトイレ付きとなっており、整理券発行機も備わっていますが多分使われたことは無いと思います。残念ながら幕の内容までは確認できませんでしたが、おそらくは必要最低限のものだけとなっているのではないかと思います。ちなみに福岡行きの場合は島鉄の場合はシンプルに「福岡」と表示されるだけであるのも特徴です。
(乗車記)
こちらも乗車したのは13時00分島鉄バスターミナル発の天神方面博多駅行きでした。
13時00分になって島鉄バスターミナルを出ると、すぐに島原駅前へ到着し客扱いを行います。
島原駅を出ると音声合成の放送が流れて、その後乗務員より車内設備などの放送がありました。西鉄便もそうなのですが、運転されながら事細かに説明するのはなかなか大変なのではないかと思いますが、わかりやすく放送がされていました。
しばらくしてバスは多比良駅前や愛野駅前に到着。着々と乗客を増やしていきます。
その後、本諫早駅前と諫早駅前にて客扱いを行っていたのですが、諫早駅前ではアジア系の海外の方が「テンジン、テンジン」と言っていましたが乗務員さんは「チケット、チケット」といまいち会話がかみ合っておらず、発車までに少し手間取ったのはちょっと残念な気もしますね。私も英語はあまり得意ではないのですが、せめて高速バス乗務員には簡単なものでも良いので英語のマニュアルが必要なのではないかと思いました。例えば「切符をお見せください」という時には「Please show your ticket」なんて言えば外国の方にも伝わると思いますし。
さて、バスは諫早インターへ向かいます。道中、音声合成の放送の後に乗務員より改めて車内設備などの説明が行われ、諫早インター辺りでも音声合成の放送でシートベルト着用を呼びかけておりました。
その後、諫早インターより長崎道を通り、九州道や福岡都市高速を経て、天神へ向かうことになりますが、この車両は西鉄の8546号車と異なりスタンダードデッカー車となっているため車高が低くなっております。しかしながら車窓の良さは変わらず、美しい大村湾や佐賀平野の景色、福岡の賑やかな町並みなどはどれも九州らしいすばらしい風景だと思います。
しかしながら一つ気になったのは、このバスが折戸式の乗降ドアを備えているが故のことなのかはわかりませんが、遮音性が他のスイングドア式の島原号よりも劣っていたように感じましたね。特に高速走行時は風の音がとても気になってしまい、あまり快いものではありませんでした。車両の老朽化もあると思われますが、やはり車両自体が快適であるのにこのようなところでマイナスの印象を与えてしまっては残念な気もします。
何はともあれ、無事に天神に到着した145号車。私は所用の都合で終点までの乗車はかないませんでしたが、それでも3時間の移動を快適に過ごせたのは本当に良かったと思います。
さて、天神バスターミナルはひっきりなしにバスが往来するので、島鉄も客扱いを終えると終点の博多駅へ向けてすぐに発車していきました。

島鉄便はもう1台「長崎200 か・791」という車両もおりますので、もし今後機会があればそちらにも乗車してみたいと思います。しかしながら145号車については、2001年式と高速バスでは比較的古参の部類になりますので、そろそろ置き換えられるものと思います。実際、同年代の西肥バスのセレガR(しかも折戸)が1台今年に入って廃車になったという話も聞いておりますので、そろそろ145号車も危ないのではないかと私自身危惧しております。145号車に乗るなら今のうちです!

今回島原号に乗車してみて思ったのは、どちらも平日に利用したのですが、平日真昼でも島原半島方面から福岡方面への需要というのはなかなかあるのだなということですね。特に西鉄便に乗車したときは、島原半島内の各地から乗車される方はいらっしゃいましたが諫早市内の2カ所からの利用者はいらっしゃいませんでした。私自身、島原からよりも諫早市内からの利用の方が多いのでは?と思っていただけにこの結果は意外でした。やはり諫早の人は高速バスを利用するときは市街地から離れていても、諫早インターバス停を利用されていると言うことでしょうか。
しかしそれでも、諫早中心部を通るというのは大きなメリットでもあると思いますので、諫早市内からの利用が更に増えていくことに期待したいですね。
それにしても、こうやって見ると、福岡〜島原の需要は結構あるんですね。国鉄乗り入れが廃止されたのが1980年、島原号運行開始が1990年となっているところにも、島鉄が福岡方面への需要を諦めなかった感じがします。しかも私論ではありますが、島原号はその需要に十分応え切れていると思うんです。1日3往復だけと聞くと本数が少ないようにも聞こえますが、島原発の時間が7時、13時、18時と朝昼夕に1本ずつというわかりやすいダイヤ設定は利用者にも使いやすさを感じさせますし、所要時間3時間20分ほどの路線ですから折り返しに要する時間は短くても1時間30分ほどと乗務員にとっても車両点検や自身の休養などを行うには十分な時間設定であると思いますので、利用者にも乗務員にも優しい路線となっているんです。なのに需要にも十分に応え切れているという・・・これが島原号が27年間基本的な運行パターンを変えずにやってくることができた秘訣なのではないでしょうか。
もし、今後福岡方面から島原方面へお越しになるという方がいらっしゃったならば、本数もそんなに多くなく所要時間もなかなかかかると思いますが、ぜひ島原号を使ってみてはいかがでしょうか。


島鉄情報局

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