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うみみちの日々徒然

2017年9月26日 12時28分20秒 (Tue)

島原市営バスを作ろう

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​最近、市議会の一般質問において市内循環バスの実証運行の結果反映についての話が持ち上がっていたので、市内線の実証運行について見てみようかと思う。
島原市では、2015年11月〜2016年2月にかけて市内で乗り合いタクシー(循環バス)の実証運行を行っていた。
​上の画像のように、車両はハイエース2台(それぞれ島鉄タクシー(現:島鉄観光)と本多観光に所属)を借り受けて運行し、運賃100円、路線は「ゆとろぎの湯」を起点として一方通行の循環線2路線を運行し、路線内に自由乗降区間や予約制の区間を設けていた。ダイヤは午前午後とも3便ずつであり、ゆとろぎの湯にて接続を図るようなダイヤであった。
また、この乗り合いタクシーの前にも同じように循環バスの実証運行を行っており、車両も島鉄の小型車が使用されていたのだが、こちらに関しては一部区間が島鉄の定期路線として運営されることとなった。畜産試験場線の上新丁〜柿の木〜城内三丁目〜北門の区間、市内団地循環線の萩が丘団地〜上ノ原〜市営球場入口の区間がまさにそれで、後者の方に関しては、そのような経路設定により市営球場入口〜下萩原に存在した「加美町」停留所が廃止になるといった動きが見られたのである。

​さて、これら実証運行バスは島原市の活性化協議会などが計画し実施したものである。特に前者の乗り合いタクシーについては、車両を貸した以外に島鉄が運行に関わっていなかったためか、乗り合いタクシーが島原駅や島鉄バスターミナル、島原港に乗り入れることがなかった。これでは駅やバスターミナル、港で他の交通機関に接続を図ることが出来ず、遠方に向かいたい市民などにとっては不便きわまりないものであった。しかし、そんな路線でも実際に走らせたと言うことは、島原市が島原市内線の現状に満足していないという考えの表れでもあるのではないだろうか。
​先述の通り、実証運行で誕生した区間が定期路線化されているものの、これらの路線は実証運行時と比べるとダイヤがわかりにくくなったりするなどの問題も発生している。この問題については、島鉄のバス車両数の問題や乗務員人数などの話に関わってくるので、解決しようにもしにくいものである。その現状を理解しているのかしていないのか島原市がこのように乗り合いタクシーの実証運行という形で島鉄の島原市内線の対抗馬を設定してきたが、いくら実証運行の乗り合いタクシーといえど、人口50000人にも満たない島原において2つのバスが走るというのは輸送力過剰のようにも思えたものである。

​そう思ってしまうと、どちらかの事業者を市内線から撤退させてしまう方が得策であるように感じる。そこで私が考えたのが、島鉄を島原市内線から撤退させ、市内線を島原市が運営する(つまりは島原市営バス=島原市の交通部門の設置)という案である。なぜなら、島鉄は島原市内線の他にも、多くのバス路線を持つほか、鉄道線や航路なども保有しているのだが、鉄道線やバス路線の多くは利用者の減少が続き厳しい現状にあるため、少しでも島鉄の負担の軽減を図らないと今後の鉄道線やバス路線などの運営に多大な影響を与えかねないからである。また、島原市に運営を委託することで、島鉄の頃よりも投資されやすくなるのではないだろうかと思う。
​島鉄を撤退させるといえど、学生輸送や島鉄が芝桜公園のスポンサーということもあるので、(南目各地など)→島原駅→大手→文化会館の系統は島鉄が運営したままとし(というか、この系統は市内線と言うより南目や雲仙方面からの島原行きの盲腸線のようなもの)芝桜公園線は朝夕に島鉄が乗り入れる形とする。
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​(島原市営バス誕生後の路線図予想)
また、この島原市営バスの車両に関しては、比較的利用が多いと見込める系統のために、島鉄の島原営業所に所属する小型車を全車移籍させるほか、利用の少ないと思える路線向けにハイエースを導入するものとする。また、場合によっては小型車にノンステップバス「ポンチョ」を導入するのも良いのかもしれない。ちなみに、小型バスの乗務員に関しては、島鉄から何名か移籍させる、市が募集をかけるなどの対策が必要である。ハイエースならば普通免許での運行が可能なので乗務員の確保は比較的容易ではなかろうか(ただし二種免許も必要なので留意すべし)
​上に掲載している路線図を見てみよう。実はわずかながら新しい区間も設定しているがお気づきだろうか。
​まず、有明地区の「グリーンウェーブ」線。グリーンウェーブは有明地区にあるホールの名称であり、近くには有明公民館もある。また、島原市有明庁舎にもほど近い。現状では路線設定がなされていないが、畜産試験場線の区間系統として「グリーンウェーブ止まり」の便を設定することで、有明地区や城内三丁目方面の本数を現状よりも増やすことが可能となるし、そのグリーンウェーブ止まりの便と接続する形で、グリーンウェーブ〜水分神社〜畜産試験場〜グリーンウェーブの循環乗り合いタクシーを設定できるのではないだろうか。
​次に、武家屋敷〜島原城〜大手線。こちらは一方通行の系統であり、土日祝日のみの運行となる。武家屋敷停留所や島原城停留所は設定されていないものの、観光客の利用も見込めると思うので設定してもいいのではないだろうか。同様の理由として、がまだすドーム入口(図上ではドーム口)〜がまだすドームの路線や大手〜鯉の泳ぐまち〜島鉄バスターミナルの路線も設定している。ちなみに、前者はかつて島鉄に存在したのだが、10年ほど前に廃止されている。これらの路線も土日祝日のみの運行として、観光客の輸送に特化させてもいいのではないだろうか。
ちなみに、現在礫石原線が三会駅前を経由しているのだが、それを城内三丁目経由に切り替えることとする。
一応、上記の路線図だけでは、どの系統がどこを経由しているかがわかりにくいかもしれないので下に記載する。
​・1号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜有明庁舎前〜グリーンウェーブ〜水分神社〜畜産試験場〜グリーンウェーブ(グリーンウェーブを起点に循環し、グリーンウェーブから来た道を戻る)
​・2号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜上新丁(うわじんちょう)〜城内三丁目〜有明庁舎前〜グリーンウェーブ
​・3号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜城内三丁目〜河原(こうら)〜宇土出口または礫石原(くれいしばる)
​・4号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜文化会館〜武家屋敷(駐車場)〜河原〜宇土出口〜津吹〜河原(河原を起点に循環し、河原から来た道を戻る)
・5号系統→島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜上新丁〜農高前〜六ツ木〜宇土出口
​・6号系統→新山〜島原病院〜島原港〜島鉄バスターミナル〜島原駅〜上新丁〜農高前〜芝桜公園前
・7号系統→島原駅〜萩が丘団地〜島原病院〜島原港〜東登山口〜下中木場〜魚見団地〜門内〜仁田団地〜下中木場(下中木場を起点に循環し、下中木場から来た道を戻る)
​・8号系統→島原駅〜城内三丁目〜上新丁〜島原駅(島原駅を起点とした循環)〜島鉄バスターミナル〜中央公園前(図中に記載できず)〜鯉の泳ぐまち〜萩が丘団地〜島原病院〜島原港
​・観1系統(土日祝日のみ運行)⇒島原駅→文化会館→武家屋敷(駐車場)→島原城→鯉の泳ぐまち〜島鉄バスターミナル〜島原港〜東登山口〜がまだすドーム〜(来た道を戻る)〜鯉の泳ぐまち→大手→島原駅
・観2系統(土日祝日のみ運行)→芝桜公園前〜農高前〜上新丁〜島原駅〜島鉄バスターミナル〜島原港〜東登山口〜がまだすドーム
​・乗り合いタクシー→グリーンウェーブ〜水分神社前〜畜産試験場〜グリーンウェーブ(グリーンウェーブ起点の循環線)
​※小型車での運行→1号、2号、6号、8号、観1、観2とし、ハイエースでの運行→3号、4号、5号、7号、乗り合いタクシー
車両の保有も島原市が行うものとし、車庫については島原病院近くにある「かんぽの宿」跡地を利用する。とは言っても、車両の点検や整備などは島鉄の島原営業所で行うこととする。
ダイヤに関しては、今回は明確にしないが、小型車が運行されるような路線はハイエースを利用してでも本数を確保した方が良いだろう。

​とまぁ、私の妄想がすごいことになってしまった・・・が、本当に島原市内線に関しては島原市に運営を委託しても良いのではないのではないかと思う。正直、島原市内線は恵まれた路線環境にあるのに、本数などが確保されにくいなど問題が多数あるがためにうまくその環境に適応できていないのが残念でならない。一応記しておくが、私は別に島鉄に恨みはない。むしろ、今かなり大変な状況にあるのに、廃止という道を選ぼうとせずなんとか運営しようと努力されている姿は感服するものがある。だが、やはり島原市が実証運行で乗り合いタクシーを走らせるということは島原市内線の現状に不便さを感じているという意思表示かもしれない。そうならば、乗り合いタクシーの実証運行を島鉄の力をほとんど借りずにたま〜に運行されるよりかは、島原市なりに島原市内線を運行してもらいたい。どのような形であれ、島原市内線が現在よりも便利になることを願っている。

2017年9月2日 21時57分28秒 (Sat)

イオン島原店と島鉄バスターミナル

今年の6月下旬、あるニュースが流れた。
​『イオン島原店建て替え拡張へ 島鉄バスターミナルは移転』
//qbiz.jp/article/113080/1/​
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​『イオン』島原店は元々『ユニード』として1973年より営業が始まったもので、その後ユニードがダイエーに吸収されたことで『ダイエー』として営業されていたものが、2015年にダイエーが吸収されたことで『イオン』となったものである。とはいえ建物はユニード開業時からのもので、今年で築44年となる古い物件である。老朽化の進行で耐震など防災面における問題なども多く、イオン島原店の施設管理者である島原鉄道としても、このイオン島原店に対しては早急に何らかの対策を講じるべきだと考えられてきていたようであるが、今回建て替えという形で検討されることになったようだ。報道によれば2020年夏頃には計画を確定させる予定のようである。

さて、このイオン島原店建て替え計画において最も大きな影響を受けると言っても過言でない施設が「島鉄バスターミナル」である。
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​島鉄バスターミナルは島鉄バス島原営業所の施設の内の一つで、待合室の他に乗車券券売機や窓口などを兼ね備えた島鉄バスの運行拠点の一つである。市中心部にあることで利用者も多く、イオン島原店などからの買い物客や、近隣の病院の通院客、『鯉の泳ぐまち』地区を訪れる観光客などがよく利用されている。そんな島鉄バスターミナルだが、こちらも古い建物であり老朽化も目立つ。
またバリアフリー面でも課題が多く、先日私が訪れたときには、目の不自由な方がホームに面したトイレに向かうつもりがいつの間にかホームを降りて、バスターミナルの利用者用駐車場に迷い込んでいたこともあった。結局その後私が介助し無事にトイレに行くことができたのだが、その際にその方が「ホームなどに点字ブロックがなくて不便ですね」という感じで言っていたのが印象的であった。
今回の報道によれば、島鉄バスターミナルは「移転」されることになっている。話によれば移転先は島原駅の近くのようだが、私としては「どうせ市役所建て替えているんだから、新市役所庁舎1階をバスターミナルにしても良かったのではないか?」という思いもあるので、もしよければこちらの記事も読んでいただきたい→//www3.hp-ez.com/hp/shimatetsuclubcom/page18/bid-383775
まあ、移転先うんぬんはともかく、もし移転して新しくターミナルを設置するのであれば、やはりまず考えてほしいのは「バリアフリー」ということであろう。最近、島鉄バスでは新車中古車問わずノンステップバスやワンステップバスが増備され続けており車両のバリアフリー化および平均車齢の若返りが進んでいるのだが、一方で施設においてはバリアフリーが進んでないところがまだまだ散見される。道路上のバス停は自治体の判断にゆだねられる所もあるようだが、バスターミナルにおいては島鉄の所有物なので早急な対応が求められている・・・のだが、実際のところ、この島鉄バスターミナル移転案を含めたら、3カ所のターミナルにおいて改修計画が明らかとなっている。諫早は県営バスのターミナルに乗り入れという形になっているが、新幹線整備により駅前にバスロータリーが整備されるようであるし、口之津も港湾を一部埋め立てることで口之津港の再整備が行われて新フェリーターミナルがつくられることになっているため、それにバスも乗り入れる形となるようである。
​・・・話がそれてしまったが、もし移転して新しいターミナルを開業するのならば、バリアフリー性は忘れてはいけないし同時に耐震化などの防災面での対策などもしっかりと講じてほしいものである。

​と、ここまでいろいろ書いてきたのだが、正直言うと私はバスターミナル移転に関しては否定的である。
​もしバスターミナルがなくなってしまえば、当然のことながら公道上に停留所を設置することになるであろう。そうなった場合、車両の停車スペースが確保できるかが心配である。なにせバスターミナル付近は交差点が多く、また商業施設などの出入り口も当然ながら多いため、とても停留所の設置ができるスペースが見当たらない。「大型車1台分だけでもスペースが確保できればいいのでは」と思う方もいるだろうが、現状の本数を見る限り、同方向に向かうバスが2,3台ほぼ同時に発着することも多いため、1台分だけしか停車スペースを設けなかったならば、スペース侵入待ちのバスが公道上に待機することになり道路の混雑の原因となってしまう可能性が高い。かといってバス専用車線の確保も難しく、公道上にバス停を新たに設置するのには難があると言える。
​それに島鉄バスターミナルは『鯉の泳ぐまち』に近いこともあって観光客の利用も多いため、島原観光の玄関口の一つとして機能しているといえると思うのだが、果たしてターミナル移転後にそのような機能を持ったバス停をバスターミナル付近に新たに設置できるのか疑問である。もし、慣れてない利用者が乗り場を間違えたのであれば、道路をわざわざ横断せねばならないのだから不便を強いることにもなるし、交通事故発生の可能性も考えられるのではないだろうか。

​「バスターミナルがダメなら、どうやってイオン島原店の建て替えを行えるのか」という声が聞こえてきそうだが、私としては長崎市にある「ココウォーク」のように、バスターミナルと商業施設が一体となったビルとしていいのではないかと思っている。
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※長崎市にある「ココウォーク」
​ココウォークは元々長崎バスの茂里町営業所があったところに建てられた巨大商業施設であり、スーパーマーケットや服飾関係の店、書店や飲食店など多くの商業施設があるほか、1階部分には長崎市南部(三和、香焼など)や長崎市東部(矢上など)へ向かう路線バスや長崎空港へ向かうシャトルバスなどが発着するバスターミナルが設けられているのが特徴である。
​商業施設とバスの拠点が一体化するというのには利点として、バスを降りたらすぐ商業施設なのですぐに買い物ができる上に買い物し終えたらすぐにバスにも乗れること、屋根に覆われているので雨や雪などでぬれることなく移動ができること、交通事故のリスクを減らすこともできるので安全性が高いことなどがあげられる。特に3番目の「交通事故のリスクを減らすことができる」という点については、バスターミナルとイオン島原店の間において歩行者や自転車の移動の多さが目立つ一方で、横断歩道などが道路の都合上、ターミナル前1カ所にとどまっているため横断歩道のない道路上を歩行者や自転車が横断せざるを得ず、そのため交通事故のリスクが高いという現状を大きく改善することに繋がっていくものではないかと思われる。
​一方で構造が複雑で高層になりがちなため維持費などがかかるという弱点も存在するのだが、維持費など経費についてはイオン九州と島鉄が共同で管理する、もしくはそこに島原市も加わった3者で協力して管理していくことで、それぞれの負担の軽減ができるのではないだろうか。まあ、ココウォークと比べて圧倒的に商業施設の数が少ないイオン島原店ならココウォークほどの大規模なビルディングにはならないと思うが・・・。
​私が考えるに、新イオン島原店は、1階部分がバスターミナル(方面または路線別に乗り場も分ける)とし、2階以上の上層階に従来の店舗を設置する(可能なら飲食店など新店舗もオープンさせる)、車の駐車場は立体駐車場としてそれの1階をバスターミナル利用者専用の駐車場+タクシー乗り場とするなどの工夫もできるのではないだろうか。
​「今、バスターミナルとイオンの間にある市道は?」・・・それは若干の経路変更とする。というか実際、今回の報道でもイオン島原店拡充みたいになっているので市道の経路変更はすでに考えられているようだ。

​ともかく、イオン島原店の建て替えおよびそれに関連して行われる島鉄バスターミナルの移転計画については、このココウォークタイプに改良する案も含めて、もう少し色々な案を出したりしてじっくり検討していただきたいと思う。
​考えが先走りすぎて後になって「あれ、どうしようか・・・?」と悩み出してしまっている南目線廃線跡活用計画のような失敗した事例もあるので、そのような失敗を繰り返されないように願うばかりだ。
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2017年3月19日 21時59分22秒 (Sun)

廃線から9年経過して・・・

島原市のホームページを確認していたら、このようなものを見つけた。
//www.city.shimabara.lg.jp/page3897.html?type=top
実際は、第1回が先月の19日だったかに開催されていた。ゲストもこの2回目と同じ方だったと思われる。
正直、このように「地方の公共交通」について真摯に考える機会を設ける島原市の姿勢は評価できると言える。今や大都市近郊においても幹線系統の鉄道やバスの路線ですら廃止になることも多くなり、「存続か廃止か」という選択を迫られる事業者や自治体が多い。そんな今だからこそ、公共交通のあり方、公共交通をどのように支えていけば良いのかなどを考えるこの企画というのは行っていくべきなのである。
私は素晴らしいと思ったのだが、なにか心に引っかかるものもあった。

2008年3月。島原鉄道の南目線の大部分である島原外港〜加津佐の区間が廃線となった。
1928年に開業したこの路線は皮肉にも創業100年、開業80年目の節目の年に廃線となったのである。
廃線区間の中には、何億もの税金で整備された高架区間すら存在した。この区間は雲仙普賢岳災害の土石流により線路流失が多発した区間やその付近を高架化したものであり、復興の象徴とも言える区間であった。ちなみに、この区間にあった「安徳駅」は県内初の高架駅であった。現在では佐世保駅が開業し、浦上駅や長崎駅の高架化が進められているが、それらに先んじて島原の地にすでに高架駅は存在していたのである。
また、廃線となった区間は風光明媚な区間としても知られ、CMのロケに使われることもあったほか、この当時島鉄にはキハ20形という旧型気動車が活躍し、鉄道ファンからも親しまれていた。
ちなみに、CMは→//www.youtube.com/watch?v=aUlSVIZCcfU&list=PL4D1CA5D22B357C04
廃線後、これらの風光明媚な線路は荒れ地と化し、旧型気動車は保存されることなく解体されている。余談だが、タラコ色として親しまれていたキハ2008号車のスピードメーターを私は所有している。

このようなことが約10年前にあったこの土地で、今になって「公共交通を残そう」と言っているのは遅すぎたのではないかと私は思う。
とらえようによっては、現在のこのような動きは「南目線廃線が反面教師となっている」とも言える。しかし私はそんなことは無いと思う。廃線が打ち出されたのが2007年頃だったかと思うのだが、2007年頃かそれ以前に鉄道の廃線という事例が無かったわけではないのだから、全国各地に存在する鉄道が廃線となった自治体を島原市や周辺自治体が視察したりするなどして、「廃線後に自治体でどのようなことが起こったのか」というのを考えることはできたはずである。それを踏まえて、このように公共交通についてのシンポジウム的なものを開催したなら、沿線住民などにも大きく影響を与えることはできただろう。そしてそれが「廃線」という考えを抑止させるきっかけになり得たはずなのだ。なのに、その当時にそのような機会を設けなかったが為に多くの人に公共交通の存在意義を訴えかけられなかったのは残念だし、そのような機会を廃線後10年近くたって設けたって失われた35.3qの鉄路は戻る可能性は極端に低いのだから、意味が無いわけではないのだが手遅れな感じは否めないのである。
余談だが、最近ではある自治体が「自治体役所職員に公共交通を利用して通勤させることで存続につなげようとする」という自治体自らが体を張って訴えかける事例もあるようだ。口で言うのは簡単、でも体を張らなければ意味が無いと考えたのであろう。この運動が全国的に普及することも切に願うばかりだ。

たしか、1970年代頃にも南目線は廃線を検討されたことがあるらしいが、その時は地元住民などが必死に反対したから残ったという。当時はまだ地方ではトラック輸送が発達しだした頃であり、少なくとも貨物面の需要は少なからずあっただろうし、道路状況も現在と比べたら良いものとは言えなかったからこそ旅客面での需要もあったのだろう。
一方、21世紀。その頃ともなれば地方の鉄道で貨物営業をしているのはごくわずか、道路状況もだいぶ改善されているから、そんなときこそ鉄道の必要性を自治体だけでなく鉄道会社自体が訴えかける必要がある。
しかし、2007年頃の島鉄というのは考え方が真逆であった。なんと島鉄自体が「廃線」を推し進めていたというのである。
動機はお金の問題のようで、旧型気動車の維持費はかさむし、高架区間などの鉄道施設の維持費はかなりのものだったという。確かに旧型気動車はお金がかかる。現在は製造されていないような部品なんかが使われていたときは特にお金がかかる。鉄道施設なんかも古いものや新しくても建設費がかかる高架区間なんかはお金がかかる。
でも、これらも工夫次第で解決できたはずだ。例えば「上下分離方式」である。キハ20形を「観光資源」として沿線の4自治体に保有してもらい、自治体は運行や管理などに必要な資金を払い、島鉄も「借り受ける」ことになるので借用費を払う。鉄道施設も同様に、高架区間が噴火災害復興事業の一部と言うことで国もしくは長崎県に保有してもらい、国もしくは長崎県が管理などに必要な資金を島鉄に払い、島鉄も借用費を払うという形にしたら資金の問題も少しは改善できた可能性もある。
キハ20形を「観光資源」としたのは、あくまで現在のローカル線などにおいてレトロ車両や観光列車が評判になっているということを踏まえての考えであり、その当時は現在ほどの評判はなかったとは思うのだが、もし実現していれば「レトロな乗り物=観光資源」というイメージを作り上げた先駆けの一つとしてイメージリーダーとなり良い意味で注目されていたことも考えられる。

これらは私の考えではあるのだが、このような「公共交通存続に向けた考え」というのを1つでも考えられなかったのは島鉄のみならず沿線自治体の大きな失敗だったとも思える。とはいえ、かろうじて島原市が島原外港駅の存続を成功させた(実は外港駅も当初は廃止の対象であった)のは、この当初からわずかながら公共交通に対して何とかして守ろうという意思があったことが垣間見える良い話である。だが、その意思を、先述のように、シンポジウム的なものを開催するなどという形で見せられたら・・・!と思うと、何とも悔いの残る結果になったのは実に惜しいのである。

こんなこともあって、このような公共交通の講演会に対して「なぜそれを10年前にやらなかった!やってたら南目線廃線の件に多少の影響を与えることはできただろう」という島原市への愚痴とも言うべき感情を感じることもある。仮に島原市民だけが「廃線反対」を訴えたとしても影響は大きくならなかったかもしれない。でもちりも積もれば山となる。その訴えが周りの自治体などに影響を与えていけば大きな力にもなっただろう。それに何もこのような講演会に来るのは島原市民だけとは限らない。もしかしたら南島原や雲仙市など他自治体の方も来場されると思われるので、そのような人たちからもっと多くの人へ「公共交通存続」という考え方が広がっていけば、大きな力になり得たのではないかと思う。

ここまでこのような書いてきたとはいえ、この講演会企画は本当に素晴らしい企画だと思っている。
島鉄一部廃線という大きな失敗をしたからこそ、このような企画を通じて一般市民に公共交通の大切さなどをより強く訴えかけていきたいという意思が感じられる。その意思が今後、このような機会だけでなくもっと多くの機会で伝わっていけたら島原市だけでなく他の自治体や島原鉄道などとしても喜ばしいものなのではないか。
公共交通を愛する一人の人間として、こう思うのである。

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画像は2008年10月撮影。キハ2003号車は2008年当時在籍していたキハ20形で唯一の島鉄オリジナル車だった。三本ひげ塗装と呼ばれたこの塗装は、国鉄乗り入れに際して国鉄車との識別を容易にするためのものだったという。現在では、この塗装をもした車両が茨城県のひたちなか海浜鉄道で留置中とは言え現在でも見ることはできるようだが、できれば赤パンツのように島鉄の線路上で再び復活してくれることを願うばかりである。

2017年3月11日 21時32分53秒 (Sat)

今後のホームページの方針など

重要なお知らせです。
私は大学に進学することになり、この住み慣れた島原の地を離れることになりました。
どこかまではハッキリと言ってしまうのもアレなのですが、とりあえず九州のどこかとだけ伝えておきます。そうですね・・・島原からは3時間以内で到達できる地域ですね。ですから県内の可能性はもちろん、熊本や福岡などの九州内他県の可能性もありますしはたまた飛行機も使えば大阪や神戸、名古屋や東京などの可能性も(笑)
そのため、島鉄の最新情報をお伝えしにくくなると共に更新頻度もさらに低下するかもしれません。まあ、画像のストックはたくさんあるので過去ネタで更新頻度を補うことは十分可能ではあると思います。けれども最新情報をお伝えできなくなることは本当に申し訳ありません(島鉄の関係者の皆様はこれでマニアに少しだけ狙われにくくなって安心できると思いますが)ただでさえ、SNS上でも希少な新鮮な島鉄ネタがさらに希少になってしまいそうで・・・。
まあ、3時間以内で帰ってくることはできますので金と時間さえあればいつでも撮影に赴きたいですね。ここ近年はバスの方がだいぶ若返りが進んでますし、鉄道も2505A号車の引退勧告(赤パンツ塗装は引退記念塗装)も出てますから撮れる内に撮らないと後悔してしまいますし。
まあ、とりあえず以上で「私が転居しちゃうから更新頻度低下して最新情報減っちゃうよ〜」という1行で済む報告を終わります。

ここまで書いていて気づいたのはこのホームページもこの春で5周年を迎えるんですよね。
元々は島鉄ネタ専門系のサイトではなかったのですが、書いていた記事が島鉄ネタばっかりになったので思いっきり方針を転換して島鉄ネタ専門になったんです。
最初は「こんなマニアックなものが受けるのか」と思ってましたが、だいぶ閲覧者の方も増えてきて驚きましたね。閲覧者の方の中には地元島原で名のある方がお見えになっていたり、私が撮影をしていたら「うみみちさんですよね?」と気軽に声をかけてくださる方もいらっしゃいました。そして自分が悪いのですが、本気で炎上しかけた(というか炎上した)こともありまして、・・・まあ口の利き方には気をつけようと反省したことも何度か。・・・本当に色々ありました。嬉しいこともありましたし、申し訳ないこともありましたし、悲しいこともありましたし、・・・5年というのは長いようで短いものです。
また、私が撮影しているときには「良い写真撮れた?」「いつもありがとうね」などとやさしく声をかけてくださる島鉄の方もいらっしゃいましたし、良い笑顔をこちらに向けてくださる運転士さんもいらっしゃいました。お忙しい中、このように接してくださったことは本当に大切な想い出です。感謝してもしきれないくらい嬉しかったです。この場を借りて心よりお礼申し上げます。
そして、この5年間このホームページを見てくださっている方々に改めて心よりお礼申し上げます。

・・・こんな風に書いてしまうと、まるでこのホームページの更新が終わるような感じがしてしまいますね(^0^;)
え?あ、お・・・終わりませんよっ!ネタがあれば更新しますので!
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画像は2015年12月撮影。個人的に見ることができて良かった光景の一つです。
左から、元長崎バス、元近鉄バス、島鉄オリジナルと島鉄で見ることのできるブルーリボン3形態が一堂に会した瞬間ですね。特に一番左の元長崎バスのブルリは画像の526号車しかおらず稼働していたりしていなかったりという感じでしたし、真ん中の元近鉄車は実は「雲仙・小地獄入口」行きなのですが、オートマ車たるゆえんか代走としてでしか雲仙に登っていないのでなかなか珍しいんです。本当に奇跡の1枚とも言うべき光景です。
また、この光景は日によっては、元長崎バスのいすゞキュービック、元県営バスの三菱エアロスター、島鉄オリジナルの日野ブルーリボンと3メーカー+県南3事業者勢揃いという奇跡の光景にもなり得ました。
残念ながら、現在は元県営車は絶滅、526号車も廃車となっておりどちらも見ることはできなくなっております。
撮影時間帯は17時30分頃です。多比良港行きと雲仙行き、加津佐海水浴場前行きがバスターミナルで一堂に会するチャンスは実はこの時間帯だけですので、面白い時間帯なんですよね。しかも日によっては、多比良港行きが先に発車していたり、加津佐海水浴場前行きが来る頃には雲仙行きが発車していたりということもあるので、飽きが来ないんですよね、本当に。

2017年2月19日 22時50分48秒 (Sun)

惜別、西鉄バス3240号車

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先日、西鉄の教習所で余生を送っていたという3240号車が廃車になったそうです。
3240号車と言えば、日本一長距離を走る「はかた」号の専用車としてデビューし、はかた号から引退後も桜島号などの多くの長距離路線で活躍するなど、まさに日本の長距離路線バスを代表する車両として人気の高かったこの車両。
乗り物の図鑑などでもおそらく目にしたことのある人がいるかもしれませんね。私もそんな人間です。
3240号車の「はかた」号での活躍ぶりは、とある有名タレントを苦しませた某深夜番組でもおなじみでしょう。

そんな3240号車があるとき島原に来たときがありました。
2012年12月1日。この日は長崎県内でICカード「SUGOCA」のサービスが開始された日でもありましたが、島原では「島原学生駅伝」が開催されており、沿道には多くの人がいました。
走り抜けていく選手への歓声が飛び交う中、3240号車は突如現れました。行き先表示機には「貸切」と書いてありましたが、上の画像を見たら分かると思いますが実は「島原」号の教習車としてやってきていたのです。
突然現れたので私はとても驚きました。図鑑でしか見たことのなかった車両がいきなり目の前に現れたのですから。
残念ながらこれが3240号車との最初で最後の出会いになってしまったわけですが、約20年の長きにも渡って活躍してきたかつてのエース3240号車に一言お疲れさまと声をかけてあげたいと思います。

3240号車、お疲れさまでした。


島鉄情報局

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