2013年8月 アーカイブ
2013年8月30日 7時06分08秒 (Fri)
マンUの香川選手!!!ま・さ・か・・・・・・・
こちらの記事をご覧下さい。
⇒http://www.dailymail.co.uk/sport/football/article-2404991/Atletico-Madrid-offer-escape-route-Manchester-United-Shinji-Kagawa.html
もしかしたら、今現在出場機会もないので動く可能性もありますよね。
これは移籍になると、今現在の日本のスポンサーのCMはどうなるのでしょうwww
ですが、遺跡となると。。。うぅ~ん。。。
メディアからは逃げたように言われてしまいますかね^^;
マンUの方がネームバリューがあるチームなので
色々と知らない方達は、悪い意味で騒ぐかも知れないですよね><
私は、マンUで出場機会をえられないなら是非移籍をして頂きたいです。
その方が香川選手のレベルもあがりますし、日本の為にもなりますし。
この事に関しては色々な意見があるかと思います。
もしよろしかったら、皆様のご意見もお聞かせくださいませm(_ _)m
⇒http://www.dailymail.co.uk/sport/football/article-2404991/Atletico-Madrid-offer-escape-route-Manchester-United-Shinji-Kagawa.html
もしかしたら、今現在出場機会もないので動く可能性もありますよね。
これは移籍になると、今現在の日本のスポンサーのCMはどうなるのでしょうwww
ですが、遺跡となると。。。うぅ~ん。。。
メディアからは逃げたように言われてしまいますかね^^;
マンUの方がネームバリューがあるチームなので
色々と知らない方達は、悪い意味で騒ぐかも知れないですよね><
私は、マンUで出場機会をえられないなら是非移籍をして頂きたいです。
その方が香川選手のレベルもあがりますし、日本の為にもなりますし。
この事に関しては色々な意見があるかと思います。
もしよろしかったら、皆様のご意見もお聞かせくださいませm(_ _)m
2013年8月27日 21時22分15秒 (Tue)
サッカーが上手くなる為:その1
ブログを見て頂きまして、誠に有難う御座います。
是非、プロフィールを見て、私の事を知ってから読んで下さいますと幸いですm(_ _)m ⇒http://towasou-center.com/page7/bid-247370
それでは、第一回目のサッカーの事を書きたいと思います。
まず最初に、サッカーをする!!上手くなりたい!!っと思って練習をはじめる時に 絶対にして欲しい事、しなくてはならない事を書きたいと思います。
まず最初にして欲しい事、しなくてはならない事は、
絶対にしっかりとした、ジョギング→ストレッチをして下さい。
プロサッカー選手の寿命はプロ野球の選手より、とても短いです。
30歳までがサッカー選手の寿命だと思って頂いてもいいと思います。
なので、ピークの力をだせるのは5年間程度だと思います。
(23~28歳程度) だからこそ、絶対に怪我だけはしてはなりません。
怪我で数ヶ月棒に振るだけで、その後の一生の人生が変わります。大げさでも嘘でもありません。
ちょっとした例をだしてしまいますと
私の後輩に、中学のU-13からずっと年代別代表に選ばれレギュラーで活躍していた子がいます。
その後輩は、進学の時も私に相談をしてきたりしてきて、私はアドバイスなどをしていました。
この時に私は、自分の高校などは進めませんでした。
勿論後輩にも声はかかっていましたが 私は、私の辞めたいきさつなどを話し、私の高校は辞めた方が言いと話しました。
最終的に後輩は鹿島アントラーズユースに入団して、高校は地元の高行に通う事に致しました。
そして、勿論1年の時から目をつけて頂いて、しっかりと過ごして結果もだしていたのですが 17歳の時に怪我をしてしまいました。
靭帯をやってしまい、半年間復帰までかかりました。
そして、18歳で怪我が治ってもすぐには戻れるポジションはありませんでした。
ちなみにポジションはFWです。
ずっと年代別の代表でレギュラーをとっていた人間ですら、怪我のブランクでポジションを取られてしまう事があるのです。
しかしながら、FWだったので途中途中出場したりはしていて、18歳の最後の大会には、しっかりとポジションを取り返し全試合にレギュラーで出場!!
その大会で、鹿島アントラーズユースは全国優勝致しました。
その時の大会で後輩は、37点で得点王に選ばれました。ちなみに2位の選手は23点です。←※点数はうろ覚えの記憶なので正確さに少し欠けますが、大体これぐらいだったはずです。
どれだけ、後輩が凄いかがわかりますよね^^
そしてJの下部組織は、そのままプロになれるか、なれなくても2年間は他のJチームに入ってはいけない。契約があります。
大体、Jの下部組織のユースからプロに上がれるのは年代で2人程度と言われていますが この時の鹿島ユースは全国一位だったので5人上がれることになっていました。
そして後輩は・・・・・6番目であがれませんでした。。。
何故かはわかりますよね。Jユースでの実績があまりにも足らなかったからです。
後輩は中学はJのジュニアチームにいた訳ではありません。
違うチームです。 なのでJユースでの結果は最後の大会の得点王のみ。
それが響いてしまいました。 後輩の実力でしたら確実にプロになり、オリンピックにでていたでしょう。
それがたった一つの怪我によって、全てが狂ってしまいました。
後輩のその後は大学に行き、セレクションを受けてプロになりましたが、
プロでは中々出場機会がないみたいです。
今でもプロでやっていますが、もしかしたら今年あたりで終わりかも知れませんね。
やはりあの時に選ばれなかったのが、後輩の人生を大きく変えてしまったのです。
この事を聞いても、ストレッチなどのアップをしっかりしようと思いませんか?
私は同じような人がでてほしくありません。
実力がなくてプロになれないのは、ふんぎりがついて、けじめがついているので、次の人生にスッキリといけるかと思いますが
怪我などで、実力があるのにプロになれなかった人間は、正直ふんぎりがついていなく、
プライドなどが残ってしまい その後の人生に大きく、マイナスの材料として心に残ってしまいます。
なので、絶対にストレッチはしっかりとやりましょう。
特にサッカーをするに当たって柔らかいといい間接は 股関節です。
人間の体は記憶をしますので、若い時からしっかりとストレッチをしていれば 少しずつですが柔らかくなります。
股関節はサッカーの動きをするのにとても重要な場所ですので、しっかりと柔らかくなるようにやりましょう。 勿論、足首、ひざ、この2箇所のストレッチも入念にして下さい。
足首が弱いと、スパイク履いていてひねったりした時に、大怪我につながります。
ひざは、全てのスポーツの生命線です。しっかりとしましょう。
上記の後輩の話しは実例です。
多分、誰かわかる方もいらっしゃるのではないでしょうか^^;
一応後輩に書いていいか聞いた訳ではないので、名前は伏せておきます。
第一回は練習前の話でした。 とても長くなってしまいましたが、
最後までご購読誠に有難う御座いましたm(_ _)m
第二回に続く・・・
⇒http://towasou-center.com/page7/bid-248520
是非、プロフィールを見て、私の事を知ってから読んで下さいますと幸いですm(_ _)m ⇒http://towasou-center.com/page7/bid-247370
それでは、第一回目のサッカーの事を書きたいと思います。
まず最初に、サッカーをする!!上手くなりたい!!っと思って練習をはじめる時に 絶対にして欲しい事、しなくてはならない事を書きたいと思います。
まず最初にして欲しい事、しなくてはならない事は、
絶対にしっかりとした、ジョギング→ストレッチをして下さい。
プロサッカー選手の寿命はプロ野球の選手より、とても短いです。
30歳までがサッカー選手の寿命だと思って頂いてもいいと思います。
なので、ピークの力をだせるのは5年間程度だと思います。
(23~28歳程度) だからこそ、絶対に怪我だけはしてはなりません。
怪我で数ヶ月棒に振るだけで、その後の一生の人生が変わります。大げさでも嘘でもありません。
ちょっとした例をだしてしまいますと
私の後輩に、中学のU-13からずっと年代別代表に選ばれレギュラーで活躍していた子がいます。
その後輩は、進学の時も私に相談をしてきたりしてきて、私はアドバイスなどをしていました。
この時に私は、自分の高校などは進めませんでした。
勿論後輩にも声はかかっていましたが 私は、私の辞めたいきさつなどを話し、私の高校は辞めた方が言いと話しました。
最終的に後輩は鹿島アントラーズユースに入団して、高校は地元の高行に通う事に致しました。
そして、勿論1年の時から目をつけて頂いて、しっかりと過ごして結果もだしていたのですが 17歳の時に怪我をしてしまいました。
靭帯をやってしまい、半年間復帰までかかりました。
そして、18歳で怪我が治ってもすぐには戻れるポジションはありませんでした。
ちなみにポジションはFWです。
ずっと年代別の代表でレギュラーをとっていた人間ですら、怪我のブランクでポジションを取られてしまう事があるのです。
しかしながら、FWだったので途中途中出場したりはしていて、18歳の最後の大会には、しっかりとポジションを取り返し全試合にレギュラーで出場!!
その大会で、鹿島アントラーズユースは全国優勝致しました。
その時の大会で後輩は、37点で得点王に選ばれました。ちなみに2位の選手は23点です。←※点数はうろ覚えの記憶なので正確さに少し欠けますが、大体これぐらいだったはずです。
どれだけ、後輩が凄いかがわかりますよね^^
そしてJの下部組織は、そのままプロになれるか、なれなくても2年間は他のJチームに入ってはいけない。契約があります。
大体、Jの下部組織のユースからプロに上がれるのは年代で2人程度と言われていますが この時の鹿島ユースは全国一位だったので5人上がれることになっていました。
そして後輩は・・・・・6番目であがれませんでした。。。
何故かはわかりますよね。Jユースでの実績があまりにも足らなかったからです。
後輩は中学はJのジュニアチームにいた訳ではありません。
違うチームです。 なのでJユースでの結果は最後の大会の得点王のみ。
それが響いてしまいました。 後輩の実力でしたら確実にプロになり、オリンピックにでていたでしょう。
それがたった一つの怪我によって、全てが狂ってしまいました。
後輩のその後は大学に行き、セレクションを受けてプロになりましたが、
プロでは中々出場機会がないみたいです。
今でもプロでやっていますが、もしかしたら今年あたりで終わりかも知れませんね。
やはりあの時に選ばれなかったのが、後輩の人生を大きく変えてしまったのです。
この事を聞いても、ストレッチなどのアップをしっかりしようと思いませんか?
私は同じような人がでてほしくありません。
実力がなくてプロになれないのは、ふんぎりがついて、けじめがついているので、次の人生にスッキリといけるかと思いますが
怪我などで、実力があるのにプロになれなかった人間は、正直ふんぎりがついていなく、
プライドなどが残ってしまい その後の人生に大きく、マイナスの材料として心に残ってしまいます。
なので、絶対にストレッチはしっかりとやりましょう。
特にサッカーをするに当たって柔らかいといい間接は 股関節です。
人間の体は記憶をしますので、若い時からしっかりとストレッチをしていれば 少しずつですが柔らかくなります。
股関節はサッカーの動きをするのにとても重要な場所ですので、しっかりと柔らかくなるようにやりましょう。 勿論、足首、ひざ、この2箇所のストレッチも入念にして下さい。
足首が弱いと、スパイク履いていてひねったりした時に、大怪我につながります。
ひざは、全てのスポーツの生命線です。しっかりとしましょう。
上記の後輩の話しは実例です。
多分、誰かわかる方もいらっしゃるのではないでしょうか^^;
一応後輩に書いていいか聞いた訳ではないので、名前は伏せておきます。
第一回は練習前の話でした。 とても長くなってしまいましたが、
最後までご購読誠に有難う御座いましたm(_ _)m
第二回に続く・・・
⇒http://towasou-center.com/page7/bid-248520
2013年8月25日 12時25分52秒 (Sun)
簡単な自己紹介
これからの日記は
お子さんをプロにしたい!!
もしくはプロになりたい!!
っと思っている方達に少しずつですが、練習の事をなどを書いていきたいと思います。
っと、その前に、お前何様だよ!!っと思われている方もいらっしゃると思いますので
簡単では御座いますが、私の自己紹介を話しておきますね。
私は、小さい頃からサッカーをしていて、チームに入ったのは小学3年です。最初は学校の部活動ですね。
その後小学4年で、クラブチームに入り。活動。
実績は最高で県大会ベスト4ぐらいのチームでした。
この時は私は地区トレセンに入っているだけの存在です。県トレセンにも入っていません。
そして6年になり、大きな大会が終わって、新チームになると、6年は隠居みたくなり。
人数が少なく7人しかいなかったので、隣のチームと合併を致しました。
そして6年はその合併チームで色々な大会にでたりしていました。
そして、小学卒業になり、中学はその合併したチームのジュニアユースチームに入りました。
隣の県になるので、練習場が自宅から30分程度かかる場所だったのに、送り向かいをしてくださった
両親には頭が今でも上がりません。
そして、このジュニアユースチームで私達は1年生の大会で全国3位になり。
私は県トレセンに入り。中学2年になった時に
県トレセンから選ばれる関東トレセンに選ばれ
そして、東アジアカップのU-14日本代表に選ばれ初の海外。日本は優勝。今でも金メダルは持っています。
ただ、この中で私は一番へたくそだったと思います^^;
そして、関東トレセンから選ばれるナショナルトレセンに入り
その後の翌年の15歳の時もナショナルトレセンなどに選出されています。
このナショナルトレセンは代表候補合宿みたいなものでした。
50名のうちの5名を代表に選ぶって感じだったので、←最終的にはその前の予選で、まさかの負けたので^^;選ぶ必要がなくなってしまいました。
フランスにも遠征をしました。
その後は本当に色々な場所から声がかかりましたが、
最終的に2年の時から声をかけていただいている高校に行きました。
っと、ここで私はサッカーも、高校も辞めてしまうのです。
私の簡単ではありますが自己紹介になります^^
もし、ご質問などが御座いましたら、お気軽にご質問下さい。
ちなみに、嘘偽りはないですよwww
今でもプロや海外で活躍をしている人間は連絡をとる気になれば取れますし。
私の事を覚えていると思います^^
ある意味、私が高校サッカーを約半年ちょいで辞めたのは伝説になっているのでwww
お子さんをプロにしたい!!
もしくはプロになりたい!!
っと思っている方達に少しずつですが、練習の事をなどを書いていきたいと思います。
っと、その前に、お前何様だよ!!っと思われている方もいらっしゃると思いますので
簡単では御座いますが、私の自己紹介を話しておきますね。
私は、小さい頃からサッカーをしていて、チームに入ったのは小学3年です。最初は学校の部活動ですね。
その後小学4年で、クラブチームに入り。活動。
実績は最高で県大会ベスト4ぐらいのチームでした。
この時は私は地区トレセンに入っているだけの存在です。県トレセンにも入っていません。
そして6年になり、大きな大会が終わって、新チームになると、6年は隠居みたくなり。
人数が少なく7人しかいなかったので、隣のチームと合併を致しました。
そして6年はその合併チームで色々な大会にでたりしていました。
そして、小学卒業になり、中学はその合併したチームのジュニアユースチームに入りました。
隣の県になるので、練習場が自宅から30分程度かかる場所だったのに、送り向かいをしてくださった
両親には頭が今でも上がりません。
そして、このジュニアユースチームで私達は1年生の大会で全国3位になり。
私は県トレセンに入り。中学2年になった時に
県トレセンから選ばれる関東トレセンに選ばれ
そして、東アジアカップのU-14日本代表に選ばれ初の海外。日本は優勝。今でも金メダルは持っています。
ただ、この中で私は一番へたくそだったと思います^^;
そして、関東トレセンから選ばれるナショナルトレセンに入り
その後の翌年の15歳の時もナショナルトレセンなどに選出されています。
このナショナルトレセンは代表候補合宿みたいなものでした。
50名のうちの5名を代表に選ぶって感じだったので、←最終的にはその前の予選で、まさかの負けたので^^;選ぶ必要がなくなってしまいました。
フランスにも遠征をしました。
その後は本当に色々な場所から声がかかりましたが、
最終的に2年の時から声をかけていただいている高校に行きました。
っと、ここで私はサッカーも、高校も辞めてしまうのです。
私の簡単ではありますが自己紹介になります^^
もし、ご質問などが御座いましたら、お気軽にご質問下さい。
ちなみに、嘘偽りはないですよwww
今でもプロや海外で活躍をしている人間は連絡をとる気になれば取れますし。
私の事を覚えていると思います^^
ある意味、私が高校サッカーを約半年ちょいで辞めたのは伝説になっているのでwww
2013年8月24日 22時02分03秒 (Sat)
イチロー選手4000本安打!!
本日もサッカー以外のことを書きたいと思います。
本当は本田選手が筋肉のはりの為、次節の遠征に参加しない事を書こうかと思ったのですが
他の人もたくさん、この話題は書いているので、同じではつまらないと思い
このことを書きたいと思います。
まず、イチロー選手が4000本を打ったのは、号外まででたので、皆さん知ってらっしゃるかと思います。
そして、これに対して、ビート・ローズ氏が認めないと言っているのも、話題になっています。
この事には色々と意見がありますよね。
私の見解としては・・・・・どちらの言い分もわかる感じですか。。。何故かと言うと
逆の立場で韓国や台湾から移籍してきた選手が日本に来て、合算の記録で大記録をだした時に
日本のファンやメディアはどう対応するのか、わからないからです。
ただ、ビート・ローズ氏は認めないと言いましたが、アメリカのファンやチームメイトは
記録を達成した時に、ファンはスタンディングオベーションで『イチロー』コール
チームメイトも本当に祝福して下さいました。
これを見て私は本当にアメリカのベースボールの関係者は、度量がおおきく、しっかりと物事を
自分自身の考えで行動できているのだなぁ~と思いました。
確かにビート・ローズ氏の言い分もわかります。
何故かは、今アメリカでプレーをしている、元西武ライオンズの中島選手や元ヤクルトスワローズの青木選手を
見て頂ければわかりますように、日本では3割を打っていたバッターでもアメリカでは3割を打てません。
その結果などを考えると確かに、日本のピッチャーの方がレベルは低いと思います。
しかしながら、黒田投手、ダルビッシュ投手、岩隈投手は、しっかりとアメリカでも結果をだしています。
特に私は、黒田投手は日本人一のピッチャーだと思っております。
マー君が今伸びてきているので、今はわかりませんが^^;
それでも、黒田投手は確実に日本人で1番のピッチャーだと思います。
ただ玄人にしかわからない為、メディア的には、あまり追いかけませんが^^;
話がそれてしまいましたがwww
私が言いたいのは、確かに平均で考えましたら、確実にアメリカよりも日本の方がレベルは低いと思います。
しかしながら、日本の中のTOPのレベルはアメリカのTOPと肩を並べるレベルだと思うのです。
だから、ビート・ローズ選手の言い分もわかりますし、それに対する反対意見もわかります。
って、大分話しが脱線してしまいました^^;
私が話をしたかった事は、これからの事です。
イチロー選手は自分に厳しく、毎日の朝カレーは有名なお話ですが、
イチロー選手は自分の物にも、とても厳しく、特にスパイクには拘りがあったとの事です。
イチロー選手はシダックスさんと契約をしているとの事で、
担当のアシックスの方に、かなり無理難題を言っていたみたいです^^;
担当の方のコメントなのですが、本当に何回も『もう無理です。』とのお話しをしたそうです。
それぐらいに、イチロー選手は『軽さ』と『カッコ良さ』に拘りがあったそうです。
そしてなんと言っても、イチロー選手は足の形や調子は常にかわるからと
なんと『3試合に1度スパイクを変える』との事です。
こんな事って考えられますか?サッカーをしていた私からすると、まったく考えれません。
何故かと言うとサッカーは逆にスパイクは履けば履くほど足に慣れてきて、
大きさなども足に馴染んでくるので、長く使えるように手入れなどをしていたからです。
ですが、イチロー選手は常に自分の足に合うスパイクを、常に新しい機能の物を
これも一種のこだわりですよね。私のやり方と、どちらがあっているかはわかりませんが
なにに関しても全てに拘りがあって、一切妥協しない、このスタイルこそが
今までずっと記録をだしてきた、イチロー選手なのだと思います。
本当は本田選手が筋肉のはりの為、次節の遠征に参加しない事を書こうかと思ったのですが
他の人もたくさん、この話題は書いているので、同じではつまらないと思い
このことを書きたいと思います。
まず、イチロー選手が4000本を打ったのは、号外まででたので、皆さん知ってらっしゃるかと思います。
そして、これに対して、ビート・ローズ氏が認めないと言っているのも、話題になっています。
この事には色々と意見がありますよね。
私の見解としては・・・・・どちらの言い分もわかる感じですか。。。何故かと言うと
逆の立場で韓国や台湾から移籍してきた選手が日本に来て、合算の記録で大記録をだした時に
日本のファンやメディアはどう対応するのか、わからないからです。
ただ、ビート・ローズ氏は認めないと言いましたが、アメリカのファンやチームメイトは
記録を達成した時に、ファンはスタンディングオベーションで『イチロー』コール
チームメイトも本当に祝福して下さいました。
これを見て私は本当にアメリカのベースボールの関係者は、度量がおおきく、しっかりと物事を
自分自身の考えで行動できているのだなぁ~と思いました。
確かにビート・ローズ氏の言い分もわかります。
何故かは、今アメリカでプレーをしている、元西武ライオンズの中島選手や元ヤクルトスワローズの青木選手を
見て頂ければわかりますように、日本では3割を打っていたバッターでもアメリカでは3割を打てません。
その結果などを考えると確かに、日本のピッチャーの方がレベルは低いと思います。
しかしながら、黒田投手、ダルビッシュ投手、岩隈投手は、しっかりとアメリカでも結果をだしています。
特に私は、黒田投手は日本人一のピッチャーだと思っております。
マー君が今伸びてきているので、今はわかりませんが^^;
それでも、黒田投手は確実に日本人で1番のピッチャーだと思います。
ただ玄人にしかわからない為、メディア的には、あまり追いかけませんが^^;
話がそれてしまいましたがwww
私が言いたいのは、確かに平均で考えましたら、確実にアメリカよりも日本の方がレベルは低いと思います。
しかしながら、日本の中のTOPのレベルはアメリカのTOPと肩を並べるレベルだと思うのです。
だから、ビート・ローズ選手の言い分もわかりますし、それに対する反対意見もわかります。
って、大分話しが脱線してしまいました^^;
私が話をしたかった事は、これからの事です。
イチロー選手は自分に厳しく、毎日の朝カレーは有名なお話ですが、
イチロー選手は自分の物にも、とても厳しく、特にスパイクには拘りがあったとの事です。
イチロー選手はシダックスさんと契約をしているとの事で、
担当のアシックスの方に、かなり無理難題を言っていたみたいです^^;
担当の方のコメントなのですが、本当に何回も『もう無理です。』とのお話しをしたそうです。
それぐらいに、イチロー選手は『軽さ』と『カッコ良さ』に拘りがあったそうです。
そしてなんと言っても、イチロー選手は足の形や調子は常にかわるからと
なんと『3試合に1度スパイクを変える』との事です。
こんな事って考えられますか?サッカーをしていた私からすると、まったく考えれません。
何故かと言うとサッカーは逆にスパイクは履けば履くほど足に慣れてきて、
大きさなども足に馴染んでくるので、長く使えるように手入れなどをしていたからです。
ですが、イチロー選手は常に自分の足に合うスパイクを、常に新しい機能の物を
これも一種のこだわりですよね。私のやり方と、どちらがあっているかはわかりませんが
なにに関しても全てに拘りがあって、一切妥協しない、このスタイルこそが
今までずっと記録をだしてきた、イチロー選手なのだと思います。
2013年8月22日 23時14分40秒 (Thu)
高校野球
本日は高校野球の事です。
もう皆さん知ってらっしゃると思いますが、前橋育英高校が
甲子園初出場で初優勝と大変な快挙を達成致しました^^
これは1991年の大阪桐蔭高以来で22年ぶりの快挙だそうです。
本当に凄い事ですよね。
ですが前橋育英って実を言いますと、何気に野球も強かったんですよね。
甲子園での9回2アウトからの逆転勝ちを知ってらっしゃる方は多いかと思いますが、
前橋育英は県大会で群馬では野球で有名な桐生一高と対戦した時に
同じような事を逆にされたこともあったのです。
県大会の準決勝か、決勝かで、9回2アウトまで前橋育英が1点差で勝っていたのですが
そこから逆転サヨナラ負け。
その時に負けた桐生一高はその年の甲子園でベスト4になりました。
なので、初出場ではありますが、昔からある程度の力はあったと言うことですよね。
でも、前橋育英と言ったら皆さん知ってらっしゃるかと思いますが
なんと言っても、サッカーで有名な名門高校です。
監督はあのサッカー協会にも太いパイプがあり権力がある
『山田』監督です。
山田監督の一声で代表に一度は入れ、プロにもなれる。っと言うぐらいの権力とパイプがあります。
今が旬のフル代表でも頑張っている、細貝選手などが卒業生です。
サッカーも日本一になっていますし。
これで、サッカーと野球二つの種目で全国優勝を遂げたので
今後はもっと良い選手が集まる事でしょう。
試合に勝って高校名が売れると、入ってくる人数も増えて良い選手が増える。
色々な好循環がおこるんですよね。
こうやって、強い高校は更に強くなっていく。
逆に他のチームには人が集まらなくなる。。。
これが良いことなのか、悪いことなのかは、わかりませんが^^;
ただ私が一つ言える事は、もし、今このブログを見ている方で
プロになりたい!!もしくはお子さんをプロにしたい!!っと思われているなら
野球はわかりませんが、サッカーはJユースに行くよりも
正直名門高校に行った方がプロになれる確立は上がります。
それは何故かは上にも書いてあるとおり
大体名門高校の監督は業界に強い権力やパイプがあるため、道が開けやすいのです。
もしプロになれなくても、大学だったら六大学ならどこでもいけるなど
色々とメリットがあります。
Jユースにいくと、色々な契約があって
自分とこのJのプロ以外には2年間は入ってはいけないなど、縛りがでてしまって
高校後に思うような身動きが取れなくなってしまい、プロの道を断念する事になってしまった。
などの事がおこりかねます。
なので、私は高校の部活動を推進致します。
これはあくまで私の意見です。
サッカーの事でしたら、大体の事はお伝えする事も出来ますので。
もし私にお聞きしたいと事が御座いましたら、お気軽にご質問下さい。
練習方法などのご質問でもOKですよ^^
もう皆さん知ってらっしゃると思いますが、前橋育英高校が
甲子園初出場で初優勝と大変な快挙を達成致しました^^
これは1991年の大阪桐蔭高以来で22年ぶりの快挙だそうです。
本当に凄い事ですよね。
ですが前橋育英って実を言いますと、何気に野球も強かったんですよね。
甲子園での9回2アウトからの逆転勝ちを知ってらっしゃる方は多いかと思いますが、
前橋育英は県大会で群馬では野球で有名な桐生一高と対戦した時に
同じような事を逆にされたこともあったのです。
県大会の準決勝か、決勝かで、9回2アウトまで前橋育英が1点差で勝っていたのですが
そこから逆転サヨナラ負け。
その時に負けた桐生一高はその年の甲子園でベスト4になりました。
なので、初出場ではありますが、昔からある程度の力はあったと言うことですよね。
でも、前橋育英と言ったら皆さん知ってらっしゃるかと思いますが
なんと言っても、サッカーで有名な名門高校です。
監督はあのサッカー協会にも太いパイプがあり権力がある
『山田』監督です。
山田監督の一声で代表に一度は入れ、プロにもなれる。っと言うぐらいの権力とパイプがあります。
今が旬のフル代表でも頑張っている、細貝選手などが卒業生です。
サッカーも日本一になっていますし。
これで、サッカーと野球二つの種目で全国優勝を遂げたので
今後はもっと良い選手が集まる事でしょう。
試合に勝って高校名が売れると、入ってくる人数も増えて良い選手が増える。
色々な好循環がおこるんですよね。
こうやって、強い高校は更に強くなっていく。
逆に他のチームには人が集まらなくなる。。。
これが良いことなのか、悪いことなのかは、わかりませんが^^;
ただ私が一つ言える事は、もし、今このブログを見ている方で
プロになりたい!!もしくはお子さんをプロにしたい!!っと思われているなら
野球はわかりませんが、サッカーはJユースに行くよりも
正直名門高校に行った方がプロになれる確立は上がります。
それは何故かは上にも書いてあるとおり
大体名門高校の監督は業界に強い権力やパイプがあるため、道が開けやすいのです。
もしプロになれなくても、大学だったら六大学ならどこでもいけるなど
色々とメリットがあります。
Jユースにいくと、色々な契約があって
自分とこのJのプロ以外には2年間は入ってはいけないなど、縛りがでてしまって
高校後に思うような身動きが取れなくなってしまい、プロの道を断念する事になってしまった。
などの事がおこりかねます。
なので、私は高校の部活動を推進致します。
これはあくまで私の意見です。
サッカーの事でしたら、大体の事はお伝えする事も出来ますので。
もし私にお聞きしたいと事が御座いましたら、お気軽にご質問下さい。
練習方法などのご質問でもOKですよ^^
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