2016年9月 アーカイブ
2016年9月17日 19時39分52秒 (Sat)
「女囚の掟」
今回Upするのは、大好きな「エレノア・パーカ」主演映画の、
「CAGED」1950年(未公開 邦題「女囚の掟」)

でゲス。
監督は「ジョン・クロムウェル」
出演は「エレノア・パーカー」、「アグネス・ムーアヘッド」、「ジェーン・ダーウェル」、「エレン・コルビー」、「ホープ・エマーソン」、「ジャン・スターリング」、「オリーヴ・デアリング」、「ベティ・ガーデ」等など。

・・・19歳で新婚の「マリー・アレン(エレノア・パーカー)」は、強盗幇助の罪で女性刑務所に送られたんですナ。
9ヶ月で仮釈放になる判決だったんだけど、刑務所は想像を超えた非情な場所だったんでゲス。
容赦のない看守や暴力的な女囚たちの言動、ひっきりなしに鳴るベルや鉄格子の音・・・等など。
「マリー」は万引きで服役している「キティ(ベティ・ガーデ)」と知り合い、「マリー」に刑務所で生き残る為の知恵をアドバイスしていくでゲス。
「マリー」は刑務所の過酷な状況の中で小心者の小娘から次第に本物の犯罪者の顔を持つ囚人に変身していって・・・。



コレ、単なる女子刑務所を扱った作品じゃぁなくって、正義が貫けない不条理と力関係がしっかり描けた傑作でゲス。

当初「マリー」役に「ベティ・ディヴィス」を考えていたんだけど、「ベティ」が辞退した為に「エレノア」が出演して、ヴェネツィア映画祭で主演女優賞を獲得しましたナ。
んで、他にもアカデミー賞3部門にもノミネートされたんでゲス。
何でコレ程の作品が当時日本で公開されなかったのか?ですナ。






そうそう、「エリノア」が坊主になっての凄まじい好演だったでゲス。


あとネ、もう1人お気に入りの、
「ジャン・スターリング」

も出演しているのも嬉しいなぁ。
まぁ、こんなところでゲス。
最後に作品とは無関係だけど主演の「エレノア」のスナップですナ。(大好きなのでネ。)





んじゃぁ、又。
「CAGED」1950年(未公開 邦題「女囚の掟」)

でゲス。
監督は「ジョン・クロムウェル」
出演は「エレノア・パーカー」、「アグネス・ムーアヘッド」、「ジェーン・ダーウェル」、「エレン・コルビー」、「ホープ・エマーソン」、「ジャン・スターリング」、「オリーヴ・デアリング」、「ベティ・ガーデ」等など。

・・・19歳で新婚の「マリー・アレン(エレノア・パーカー)」は、強盗幇助の罪で女性刑務所に送られたんですナ。
9ヶ月で仮釈放になる判決だったんだけど、刑務所は想像を超えた非情な場所だったんでゲス。
容赦のない看守や暴力的な女囚たちの言動、ひっきりなしに鳴るベルや鉄格子の音・・・等など。
「マリー」は万引きで服役している「キティ(ベティ・ガーデ)」と知り合い、「マリー」に刑務所で生き残る為の知恵をアドバイスしていくでゲス。
「マリー」は刑務所の過酷な状況の中で小心者の小娘から次第に本物の犯罪者の顔を持つ囚人に変身していって・・・。



コレ、単なる女子刑務所を扱った作品じゃぁなくって、正義が貫けない不条理と力関係がしっかり描けた傑作でゲス。

当初「マリー」役に「ベティ・ディヴィス」を考えていたんだけど、「ベティ」が辞退した為に「エレノア」が出演して、ヴェネツィア映画祭で主演女優賞を獲得しましたナ。
んで、他にもアカデミー賞3部門にもノミネートされたんでゲス。
何でコレ程の作品が当時日本で公開されなかったのか?ですナ。






そうそう、「エリノア」が坊主になっての凄まじい好演だったでゲス。


あとネ、もう1人お気に入りの、
「ジャン・スターリング」

も出演しているのも嬉しいなぁ。
まぁ、こんなところでゲス。
最後に作品とは無関係だけど主演の「エレノア」のスナップですナ。(大好きなのでネ。)





んじゃぁ、又。
2016年9月16日 6時44分07秒 (Fri)
FRENCH POPS
実は14日から今日迄、両親が北海道へ旅行してるんでゲス。
んじゃぁ、滅多に休めない俺も・・・ってな事で3日間のんびりとさせてもらってますナ。
なので、明日からは以前の様に普通に仕事に戻るでゲス。
さてさて、前々回「カンツォーネ」、「イタリアン・ポップス」についてUpしたんだけど、今回は「フレンチ・ポップス」についてのUpでゲス。
「シャンソン」じゃぁないの?
って言うかもしれないんだけど、コレは”俺独自の解釈”で、
「シャンソン」="演歌"
「フレンチ・ポップス」="歌謡曲"
全くドンズバじゃぁなくっても、まぁこんな感覚ですナ。
んで、日本ではフランス語によって歌われる「ポップス」の事を指すんだけど、フランス人による歌唱に限定されている訳じゃぁなくって、”フランス語圏の地域”のフランス、ベルギー、カナダのケベック州出身の歌手、あと日本人歌手も存在しているでゲス。
ところで、「フレンチ・ポップス」っていう言葉は、通常、フランスでは通用しないみたいで、所謂”和製仏語”?じゃぁない”和製英語”?なのかもネ。
んでサ、日本における「フレンチ・ポップス」の代表っていう事になると、
「JOHNNY HALLYDAY」

「SYLVIE VARTAN」

「DANIELE VIDAL」

「FRANCE GALL」」

「MARJORIE NOEL」

「SALVATORE ADAMO」

等など。
ってなところでしょうかネ。
1960年代に日本でそれはそれは大流行でモテモテだったけど長続きはしなかったでゲス。
”曲調”はともかくとして”フランス語”が日本人にゃぁ”今ひとつ”だったと分析する人もいるみたいですナ。
本国のフランスじゃぁ先出の「フランス・ギャル」や「ジョニー・アリディー」、「シルビー・バルタン」は”大スター”として現在もガンバっているみたいでゲス。
「バルタン」は年齢を気にしながらも、セクシーな歌手として中年男性達のアイドルになって、「アリディー」はオバ様達に愛され続けていて、「ギャル」は1981年に「エルトン・ジョン」とデュエット曲を発売して大ヒットのカムバックを果たしていましたナ。
1960年代・・・日本じゃぁ、勿論「ザ・ビートルズ」、「ザ・ローリング・ストーンズ」等は若者に大人気だったんだけど、んでも、未だ”外国の「ロック」”にドップリなのは”ごく一部”で、大半の人達に人気があったのは「和製ポップス」や「フレンチ・ポップス」だったらしいでゲス。(あと、テケ・テケ・・・「ザ・ヴェンチャーズ」)
そんな「フレンチ・ポップス」の中でもカッチョイイのが「アリディー」で、彼は”世界的”にも人気があったみたいで、日本じゃぁ、
”フランスの「エルビス」”
何て言われていたんだけど、ソノ実は”大きな間違い”で、本当は、
”フランスの「坂本九」”(唯一「ポピュラー・ソング」で世界に通用したっていう意味で。)
らしくって、「エルビス」に当たるのは、
「EDDY MITCHELL」

なんだそうでゲス。
他にも、
「DANY LOGAN」(大好き!!!)

とかもいましたナ。
俺が「フレンチ・ポップス」で大好きなのは、
「LES CHAMPS-ELYSEES」(邦題「オー・シャンゼリゼ」)
が1等賞ですナ。
コノ曲は先出「ダニエル・ビダル」が唄って大ヒットしたでゲス。
「EN BLUE JEANS E BLOSON D’CUIR」(邦題「ブルージーンと革ジャンパー」)
で、コノ曲は「アダモ」が唄っていて、俺はコノ曲で「ブルゾン」=「ジャンパー」って事を知りましたナ。
「POUPEE DE CIRE, POUPEE DE SON」(邦題「夢見るシャンソン人形」)
コノ曲は「フランス・ギャル」ですネ。
「IRRESISTBLEMENT」(邦題「あなたのとりこ」)
は、「シルビー・バルタン」のヒットでゲス。
「DANS LE MEME WAGON」(邦題「そよ風にのって」)
は「マジョリー・ノエル」の大ヒット曲ですナ。
「L’AMOUR EST BLEU」(邦題「恋はみずいろ」)
は「ヴィッキー」(「ベッキー」じゃぁないヨ。)でゲス。
「HOLIDAYS」(邦題「愛の休日」)
「ミッシェル・ポルナレフ」もイイ曲で好きですヨ。
まぁ、こんなところでしょうかネ。
そうそう、最後に先出の大好きな「ダニー・ローガン」を4曲でゲス。
んじゃぁ、コレにて。
では、では。










んじゃぁ、滅多に休めない俺も・・・ってな事で3日間のんびりとさせてもらってますナ。
なので、明日からは以前の様に普通に仕事に戻るでゲス。
さてさて、前々回「カンツォーネ」、「イタリアン・ポップス」についてUpしたんだけど、今回は「フレンチ・ポップス」についてのUpでゲス。
「シャンソン」じゃぁないの?
って言うかもしれないんだけど、コレは”俺独自の解釈”で、
「シャンソン」="演歌"
「フレンチ・ポップス」="歌謡曲"
全くドンズバじゃぁなくっても、まぁこんな感覚ですナ。
んで、日本ではフランス語によって歌われる「ポップス」の事を指すんだけど、フランス人による歌唱に限定されている訳じゃぁなくって、”フランス語圏の地域”のフランス、ベルギー、カナダのケベック州出身の歌手、あと日本人歌手も存在しているでゲス。
ところで、「フレンチ・ポップス」っていう言葉は、通常、フランスでは通用しないみたいで、所謂”和製仏語”?じゃぁない”和製英語”?なのかもネ。
んでサ、日本における「フレンチ・ポップス」の代表っていう事になると、
「JOHNNY HALLYDAY」

「SYLVIE VARTAN」

「DANIELE VIDAL」

「FRANCE GALL」」

「MARJORIE NOEL」

「SALVATORE ADAMO」

等など。
ってなところでしょうかネ。
1960年代に日本でそれはそれは大流行でモテモテだったけど長続きはしなかったでゲス。
”曲調”はともかくとして”フランス語”が日本人にゃぁ”今ひとつ”だったと分析する人もいるみたいですナ。
本国のフランスじゃぁ先出の「フランス・ギャル」や「ジョニー・アリディー」、「シルビー・バルタン」は”大スター”として現在もガンバっているみたいでゲス。
「バルタン」は年齢を気にしながらも、セクシーな歌手として中年男性達のアイドルになって、「アリディー」はオバ様達に愛され続けていて、「ギャル」は1981年に「エルトン・ジョン」とデュエット曲を発売して大ヒットのカムバックを果たしていましたナ。
1960年代・・・日本じゃぁ、勿論「ザ・ビートルズ」、「ザ・ローリング・ストーンズ」等は若者に大人気だったんだけど、んでも、未だ”外国の「ロック」”にドップリなのは”ごく一部”で、大半の人達に人気があったのは「和製ポップス」や「フレンチ・ポップス」だったらしいでゲス。(あと、テケ・テケ・・・「ザ・ヴェンチャーズ」)
そんな「フレンチ・ポップス」の中でもカッチョイイのが「アリディー」で、彼は”世界的”にも人気があったみたいで、日本じゃぁ、
”フランスの「エルビス」”
何て言われていたんだけど、ソノ実は”大きな間違い”で、本当は、
”フランスの「坂本九」”(唯一「ポピュラー・ソング」で世界に通用したっていう意味で。)
らしくって、「エルビス」に当たるのは、
「EDDY MITCHELL」

なんだそうでゲス。
他にも、
「DANY LOGAN」(大好き!!!)

とかもいましたナ。
俺が「フレンチ・ポップス」で大好きなのは、
「LES CHAMPS-ELYSEES」(邦題「オー・シャンゼリゼ」)
が1等賞ですナ。
コノ曲は先出「ダニエル・ビダル」が唄って大ヒットしたでゲス。
「EN BLUE JEANS E BLOSON D’CUIR」(邦題「ブルージーンと革ジャンパー」)
で、コノ曲は「アダモ」が唄っていて、俺はコノ曲で「ブルゾン」=「ジャンパー」って事を知りましたナ。
「POUPEE DE CIRE, POUPEE DE SON」(邦題「夢見るシャンソン人形」)
コノ曲は「フランス・ギャル」ですネ。
「IRRESISTBLEMENT」(邦題「あなたのとりこ」)
は、「シルビー・バルタン」のヒットでゲス。
「DANS LE MEME WAGON」(邦題「そよ風にのって」)
は「マジョリー・ノエル」の大ヒット曲ですナ。
「L’AMOUR EST BLEU」(邦題「恋はみずいろ」)
は「ヴィッキー」(「ベッキー」じゃぁないヨ。)でゲス。
「HOLIDAYS」(邦題「愛の休日」)
「ミッシェル・ポルナレフ」もイイ曲で好きですヨ。
まぁ、こんなところでしょうかネ。
そうそう、最後に先出の大好きな「ダニー・ローガン」を4曲でゲス。
んじゃぁ、コレにて。
では、では。











2016年9月15日 16時30分14秒 (Thu)
”核”全面的に反対
何かさァ、北朝鮮が又”核実験”やったでしょ。
俺ネ、”核全面的に反対”なんでゲス。
んで、今回Upするのは、そんな”核全面的に反対”の俺が観た1950年代に制作された2本の映画で、
「THE AMAZING COLOSSAL MAN」1957年(未公開 ビデオタイトル「戦慄! プルトニウム人間」)

「WAR OF THE COLOSSAL BEAST」1958年(邦題「巨人獣」 ビデオタイトル「巨人獣 プルトニウム人間の逆襲」)

についてでゲス。
2作共、監督は「バート・I・ゴードン」
「戦慄! プルトニウム・・・」の出演は、「グレン・ランガン」、「キャシー・ダウンズ」、「ウィリアム・ハドソン」等など。

・・・”プルトニウム爆弾”の核実験で”被爆”した「マニング(グレン・ランガン)」大佐は、体が急成長し始めて、やがて60フィートを超える”巨人”になっちゃうんですナ。
んで、悲観の果てに町へ出て暴れ出すんでゲス。
このままじゃぁ・・・って事で、最後には陸軍の砲火を浴びて・・・。




話としては”巨人”となった「マニング」大佐の”孤独さ”を中心に展開されているんだけど、自分が在籍していた軍に退治されるラストは”何とも遣り切れないモノ”が残ったでゲス。
続いて、
「巨人獣」の出演は、「サリー・フレイザー」、「ロジャー・ペイス」、「ディーン・パーキン」、「ラス・ベンダー」等など。

・・・「マニング」大佐の妹(サリー・フレイザー)がメキシコで見たのは、ダムからの落下で顔面を激しく損傷して変わり果てた兄「マニング(ディーン・パーキン)」の姿だったんですナ。
脳も損傷を受けて、唸り声を上げて暴れる”獣”と化していたんでゲス。
んで、睡眠薬で昏倒したところをアメリカに空輸されるんだけど、受け入れ先が無くって、飛行場の格納庫内に鎖で縛り付けられる事になるんですナ。
隙を見て何とか脱走して山の頂の天文台へ潜んだ「マニング」は、駆けつけた妹の呼び声に”記憶”と”人格”を取り戻すんだけど、自らの居場所が無い事を悟って・・・。



前作で”好成績”を上げた「バート・I・ゴードン」監督が、又も”制作”、”監督”、”特撮”を手がけたんだけど、コチラの作品じゃぁ「マニング」が本能のままに暴れる”獣”と化していて、街中で暴れるスペクタクルは前作よりも徹底されていましたナ。
正直、”荒唐無稽”な話なんだけど、捕獲(って表現はイヤだなぁ。)した「マニング」の処置を巡る”お役所のたらい回し”や、医師による”脳検査”等、
”「巨人」が現れたらどうなるか。”
っていう”if”の世界が描かれているんでゲス。
”孤島に隔離して飛行機で食事を補給する”ってな実にまっとうな意見が軍から出るんだけど、兄思いの妹からは残酷な処置とされて、悲しみを煽るんですヨ。
妹の愛情で「マニング」が”人間性”を取り戻すってところは、いかにも1950年代のアメリカらしい”道徳主義”な結末でゲス。
んでもサ、”人間性”を取り戻す事は、「マニング」にとっては決して”幸福な事じゃぁ無い”んですヨ。
あのネ、色々な事を考えさせられる作品でゲス。
”科学は必ずしも人を幸福にしない。”


あぁ、本当に色々な事を考えさせられましたナ。
今回はココ迄でゲス。
んじゃぁ、コレで。







俺ネ、”核全面的に反対”なんでゲス。
んで、今回Upするのは、そんな”核全面的に反対”の俺が観た1950年代に制作された2本の映画で、
「THE AMAZING COLOSSAL MAN」1957年(未公開 ビデオタイトル「戦慄! プルトニウム人間」)

「WAR OF THE COLOSSAL BEAST」1958年(邦題「巨人獣」 ビデオタイトル「巨人獣 プルトニウム人間の逆襲」)

についてでゲス。
2作共、監督は「バート・I・ゴードン」
「戦慄! プルトニウム・・・」の出演は、「グレン・ランガン」、「キャシー・ダウンズ」、「ウィリアム・ハドソン」等など。

・・・”プルトニウム爆弾”の核実験で”被爆”した「マニング(グレン・ランガン)」大佐は、体が急成長し始めて、やがて60フィートを超える”巨人”になっちゃうんですナ。
んで、悲観の果てに町へ出て暴れ出すんでゲス。
このままじゃぁ・・・って事で、最後には陸軍の砲火を浴びて・・・。




話としては”巨人”となった「マニング」大佐の”孤独さ”を中心に展開されているんだけど、自分が在籍していた軍に退治されるラストは”何とも遣り切れないモノ”が残ったでゲス。
続いて、
「巨人獣」の出演は、「サリー・フレイザー」、「ロジャー・ペイス」、「ディーン・パーキン」、「ラス・ベンダー」等など。

・・・「マニング」大佐の妹(サリー・フレイザー)がメキシコで見たのは、ダムからの落下で顔面を激しく損傷して変わり果てた兄「マニング(ディーン・パーキン)」の姿だったんですナ。
脳も損傷を受けて、唸り声を上げて暴れる”獣”と化していたんでゲス。
んで、睡眠薬で昏倒したところをアメリカに空輸されるんだけど、受け入れ先が無くって、飛行場の格納庫内に鎖で縛り付けられる事になるんですナ。
隙を見て何とか脱走して山の頂の天文台へ潜んだ「マニング」は、駆けつけた妹の呼び声に”記憶”と”人格”を取り戻すんだけど、自らの居場所が無い事を悟って・・・。



前作で”好成績”を上げた「バート・I・ゴードン」監督が、又も”制作”、”監督”、”特撮”を手がけたんだけど、コチラの作品じゃぁ「マニング」が本能のままに暴れる”獣”と化していて、街中で暴れるスペクタクルは前作よりも徹底されていましたナ。
正直、”荒唐無稽”な話なんだけど、捕獲(って表現はイヤだなぁ。)した「マニング」の処置を巡る”お役所のたらい回し”や、医師による”脳検査”等、
”「巨人」が現れたらどうなるか。”
っていう”if”の世界が描かれているんでゲス。
”孤島に隔離して飛行機で食事を補給する”ってな実にまっとうな意見が軍から出るんだけど、兄思いの妹からは残酷な処置とされて、悲しみを煽るんですヨ。
妹の愛情で「マニング」が”人間性”を取り戻すってところは、いかにも1950年代のアメリカらしい”道徳主義”な結末でゲス。
んでもサ、”人間性”を取り戻す事は、「マニング」にとっては決して”幸福な事じゃぁ無い”んですヨ。
あのネ、色々な事を考えさせられる作品でゲス。
”科学は必ずしも人を幸福にしない。”


あぁ、本当に色々な事を考えさせられましたナ。
今回はココ迄でゲス。
んじゃぁ、コレで。







2016年9月14日 8時13分31秒 (Wed)
CANZONE
「カンツォーネ」が好きでゲス。
って言っても、所謂”イタリアン・ポップス”の事ネ。
それも1960年代の曲が中心ですナ。
俺が10歳代の頃は、”オールディーズ”が流行っていたんでゲス。
んで、ソノ”オールディーズ”っていうのは、基本的に”1950年代中期~60年代中期”迄に流行した音楽の事を指していて、もちろんソノ中には”アメリカン・ポップス”、”ブリテッシュ・ポップス”、”フレンチ・ポップス”等などで、今回Upする”イタリアン・ポップス”も含まれていたんでしたナ。
俺サ、”イタリアン・ポップス”っていう呼び方よりも、「カンツォーネ」っていう呼び方の方が”何だかシックリくる”んでそう呼んでいるんだけど、そもそも「カンツォーネ」っていうのはイタリー語で単に”歌”を指す単語で、日本国内においては主に19世紀末から20世紀初頭に書かれたイタリーの大衆歌曲、特にナポリのモノ”カンツォーネ・ナポレターナ(CANZONE NAPOLETANA)”を指すことが多いんですヨ。
コレ等は「イタリア民謡」と呼ばれる事もあるんだけど、古くより伝承された作者不詳の歌じゃぁなくって、近代において専門的な作曲家によって作曲された流行歌である為、「民謡」と呼ぶのは適切じゃぁないとする意見もあるんでゲス。
なので、1960年代~70年代に日本で流行した”イタリアン・ポップス”の事も「カンツォーネ」と呼んでいるんですナ。.(んでも、”只のポップス”ですヨ。)
ところで、「サンレモ音楽祭」って知っていますか。
イタリーのリグーリア州サンレモで開催されている”ポピュラー・ミュージック”の音楽祭で、1951年より毎年開催されていて、和訳では”音楽祭”ってされているが”歌”に焦点が当てられているんですヨ。
「サンレモ音楽祭」は1955年より「RAI UNO」(イタリア放送協会の総合チャネル)でイタリー全土に生中継されている程で、日本でいうところの「レコード大賞」や「有線大賞」みたくなモノかなぁ。
んで、コノ「サンレモ・・・」の1964年度の優勝曲の、
「NON HOL’ETA」(邦題「夢見る想い」)
が、日本においての”直輸入「カンツォーネ」第1号”だったんでゲス。
”ソレ”以前からも多くのイタリーのヒット曲は知られていたんだけど、ソレ等は”日本人の歌手”が唄って流行ったり、”映画主題歌”として広まったり、”アメリカ、フランスを経過”して知られたモノだったんですナ。
なので、”純粋培養”のイタリー語での大ヒットは「夢見る・・・」が最初っていう事なんでゲス。
コノ「夢見る・・・」を唄ったのは、
「GIGLIOLA CINQUETTI」

っていう16歳の女の子で、彼女は更にコノ「夢見る・・・」を西欧17ヶ国が参加する「ユーロ・ヴィジョン・ソング・コンテスト」で唄って”優勝”したんですナ。
そんな「ジリオラ」のお陰でコンテストは”すっかり有名”になっちゃって翌年の優勝曲「夢みるフランス人形」で、今度は”フレンチ・ポップス”のブームの”火付け役”になったんでゲス。
話が少しズレたんだけど、先出の「夢見る・・・」が日本でヒットしたには色々な要素があって、まず数年前から「ザ・ピーナッツ」、「森山加代子」さん、「弘田三枝子」さん、「藤木孝」殿っていった歌手が、「月影のナポリ」、「しあわせがいっぱい」、「夕焼けのトランペット」、「2万4千回のキッス」等の「カンツォーネ」を競って唄ってヒットしているんだけど、ソノ頃はアルゼンチン曲の「ラ・ノビア」を「ペギー葉山」さんと「トニー・ダララ」で”大ヒット中”で、日本のファンがイタリーに関心を持ち始めた頃で、また「サンレモ・・・」が国内から世界向きに転換を図って、”外国人歌手”とイタリーのスターを組む”ダブル・キャスト方式”を採用して世界の注目を集めたんですナ。
ソノ初回優勝曲に”無名の新人”ソレも16歳の女の子を選んだっていう事が”とってもニュース・ヴァリュー”なんでゲス。
あと、もう1つ、前年にイタリーのハーフで「カンツォーネ」のヒット曲も多くある「カテリーナ・ヴァレンテ」が日本公演をして大成功を収めて、日本の歌「恋のバカンス」でヒットしていた事と、「ジリオラ」のヒット直前に”レウッチョ(王様)”の愛称で知られている「サンレモ・・・」で4度優勝する事となる「クラウディオ・ビルラ」が「カンツォーネ」歌手として初公演があった事も”関心を倍増”させたんですナ。
俺が好きな「カンツォーネ」は、
「UN BUCO NELLA SABBIA」(邦題「砂に消えた涙」)・・・「MINA」
「COME PRIMA」(邦題「コメ・プリマ」)・・・「TONY DALLARA」
「IN UN FIORE」(邦題「花のささやき」・・・「WILMA GOICH」
「24MILA BACI」(邦題「2万4千回のキッス」・・・「LITTLE TONY」
「UNA LACRIMA SUL VISO」(邦題「ほほにかかる涙」)・・・「BOBBY SOLO」
「GO-KART TWIST」(邦題「サンライト・ツイスト」、「ゴーカート・ツイスト」)・・・「GIANNI MARANDI」
等などでゲス。
「コメ・プリマ」の「トニー・ダララ」はもう少し前のヒット曲ですナ。
最近は、「カンツォーネ」なんて全く(本当に全く)話にも出てこなくなっているでしょ。
ヤッパ”英語圏”の流行歌が”バロメーター”とされていて特に”アメリカン・ポップス文化圏”の日本ではアングロ・サクソンの音楽を愛好する人々とは異なった”ファン層”や”購買層”によってのみ支持されているんですナ。
俺、好きなんだけどなぁ。
まぁ、そんなところでゲス。
では、では。






って言っても、所謂”イタリアン・ポップス”の事ネ。
それも1960年代の曲が中心ですナ。
俺が10歳代の頃は、”オールディーズ”が流行っていたんでゲス。
んで、ソノ”オールディーズ”っていうのは、基本的に”1950年代中期~60年代中期”迄に流行した音楽の事を指していて、もちろんソノ中には”アメリカン・ポップス”、”ブリテッシュ・ポップス”、”フレンチ・ポップス”等などで、今回Upする”イタリアン・ポップス”も含まれていたんでしたナ。
俺サ、”イタリアン・ポップス”っていう呼び方よりも、「カンツォーネ」っていう呼び方の方が”何だかシックリくる”んでそう呼んでいるんだけど、そもそも「カンツォーネ」っていうのはイタリー語で単に”歌”を指す単語で、日本国内においては主に19世紀末から20世紀初頭に書かれたイタリーの大衆歌曲、特にナポリのモノ”カンツォーネ・ナポレターナ(CANZONE NAPOLETANA)”を指すことが多いんですヨ。
コレ等は「イタリア民謡」と呼ばれる事もあるんだけど、古くより伝承された作者不詳の歌じゃぁなくって、近代において専門的な作曲家によって作曲された流行歌である為、「民謡」と呼ぶのは適切じゃぁないとする意見もあるんでゲス。
なので、1960年代~70年代に日本で流行した”イタリアン・ポップス”の事も「カンツォーネ」と呼んでいるんですナ。.(んでも、”只のポップス”ですヨ。)
ところで、「サンレモ音楽祭」って知っていますか。
イタリーのリグーリア州サンレモで開催されている”ポピュラー・ミュージック”の音楽祭で、1951年より毎年開催されていて、和訳では”音楽祭”ってされているが”歌”に焦点が当てられているんですヨ。
「サンレモ音楽祭」は1955年より「RAI UNO」(イタリア放送協会の総合チャネル)でイタリー全土に生中継されている程で、日本でいうところの「レコード大賞」や「有線大賞」みたくなモノかなぁ。
んで、コノ「サンレモ・・・」の1964年度の優勝曲の、
「NON HOL’ETA」(邦題「夢見る想い」)
が、日本においての”直輸入「カンツォーネ」第1号”だったんでゲス。
”ソレ”以前からも多くのイタリーのヒット曲は知られていたんだけど、ソレ等は”日本人の歌手”が唄って流行ったり、”映画主題歌”として広まったり、”アメリカ、フランスを経過”して知られたモノだったんですナ。
なので、”純粋培養”のイタリー語での大ヒットは「夢見る・・・」が最初っていう事なんでゲス。
コノ「夢見る・・・」を唄ったのは、
「GIGLIOLA CINQUETTI」

っていう16歳の女の子で、彼女は更にコノ「夢見る・・・」を西欧17ヶ国が参加する「ユーロ・ヴィジョン・ソング・コンテスト」で唄って”優勝”したんですナ。
そんな「ジリオラ」のお陰でコンテストは”すっかり有名”になっちゃって翌年の優勝曲「夢みるフランス人形」で、今度は”フレンチ・ポップス”のブームの”火付け役”になったんでゲス。
話が少しズレたんだけど、先出の「夢見る・・・」が日本でヒットしたには色々な要素があって、まず数年前から「ザ・ピーナッツ」、「森山加代子」さん、「弘田三枝子」さん、「藤木孝」殿っていった歌手が、「月影のナポリ」、「しあわせがいっぱい」、「夕焼けのトランペット」、「2万4千回のキッス」等の「カンツォーネ」を競って唄ってヒットしているんだけど、ソノ頃はアルゼンチン曲の「ラ・ノビア」を「ペギー葉山」さんと「トニー・ダララ」で”大ヒット中”で、日本のファンがイタリーに関心を持ち始めた頃で、また「サンレモ・・・」が国内から世界向きに転換を図って、”外国人歌手”とイタリーのスターを組む”ダブル・キャスト方式”を採用して世界の注目を集めたんですナ。
ソノ初回優勝曲に”無名の新人”ソレも16歳の女の子を選んだっていう事が”とってもニュース・ヴァリュー”なんでゲス。
あと、もう1つ、前年にイタリーのハーフで「カンツォーネ」のヒット曲も多くある「カテリーナ・ヴァレンテ」が日本公演をして大成功を収めて、日本の歌「恋のバカンス」でヒットしていた事と、「ジリオラ」のヒット直前に”レウッチョ(王様)”の愛称で知られている「サンレモ・・・」で4度優勝する事となる「クラウディオ・ビルラ」が「カンツォーネ」歌手として初公演があった事も”関心を倍増”させたんですナ。
俺が好きな「カンツォーネ」は、
「UN BUCO NELLA SABBIA」(邦題「砂に消えた涙」)・・・「MINA」
「COME PRIMA」(邦題「コメ・プリマ」)・・・「TONY DALLARA」
「IN UN FIORE」(邦題「花のささやき」・・・「WILMA GOICH」
「24MILA BACI」(邦題「2万4千回のキッス」・・・「LITTLE TONY」
「UNA LACRIMA SUL VISO」(邦題「ほほにかかる涙」)・・・「BOBBY SOLO」
「GO-KART TWIST」(邦題「サンライト・ツイスト」、「ゴーカート・ツイスト」)・・・「GIANNI MARANDI」
等などでゲス。
「コメ・プリマ」の「トニー・ダララ」はもう少し前のヒット曲ですナ。
最近は、「カンツォーネ」なんて全く(本当に全く)話にも出てこなくなっているでしょ。
ヤッパ”英語圏”の流行歌が”バロメーター”とされていて特に”アメリカン・ポップス文化圏”の日本ではアングロ・サクソンの音楽を愛好する人々とは異なった”ファン層”や”購買層”によってのみ支持されているんですナ。
俺、好きなんだけどなぁ。
まぁ、そんなところでゲス。
では、では。







プロフィール

- 自己紹介
- WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、
”「BEAT」野郎”
で、特に1950年代が大好物でゲス。
岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)
他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)
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