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2020年9月 アーカイブ

2020年9月21日 11時44分10秒 (Mon)

やっと観れた。

俺ネ、20歳代の頃に知ったイギリス映画で、

”いずれ観てみたい3作品”

ってのがあって、


「PEEPING TOM」1960年(邦題「血を吸うカメラ」)

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「THE DAMNED」1963年(未公開)

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と、今回Upする、



「SAPPHIRE」1959年(邦題「サファイア」)

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だったんでゲス。




監督は「ベイジル・ディアデン」

出演は「ナイジェル・パトリック」、「イヴォンヌ・ミッシェル」、「マイケル・クレイグ」、「ポール・マーシー」、「バーナード・マイルズ」、「オルガ・リンド」、「アール・キャメロン」、「ゴードン・ヒース」、「ジョセリン・ブリットン」、「ハリー・ベアード」、「イヴォンヌ・バッキンガム」、「バーバラ・スティール」等など。





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・・・冬の月曜日、ロンドン郊外の遊園地で若い娘の惨殺死体が発見されたんでゲス。

警部の「ハザード(ナイジェル・パトリック)」と「リーロイド(マイケル・クレイグ)」が事件の担当になりましたナ。

死因は心臓の刺傷で、Sの字のついたハンカチが手掛かりで、「ハザード」達はロンドン中の学校を調べて、王室音楽学校で、「サファイア(イヴォンヌ・バッキンガム)」っていう女学生が欠席している事を知ったんでゲス。

「サファイア」恋人で建築料の学生「デイビッド(ポール・マッシー)」が死体を確認して、2人は近く結婚する予定でしたナ。

「ハザード」達は「サファイア」の兄でバーミンガムの医師「ロビンス(アール・キャメロン)」を呼んだら、意外にも彼は黒人だったんでゲス。

「ロビンス」達の父親は白人で母親は黒人だったんでしたナ。

「サファイア」のタンスにナイトクラブで踊る写真があったんだけど、片側が破れていて相手は?。

検屍のうえ、彼女は妊娠3カ月と分かったでゲス。

「デイビッド」は相手が自分だと認めて、近く奨学金でローマに留学するんだけど、”ソレ”を止めても結婚するつもりだったというんですナ。

看板屋の両親も、姉の「ミルドレッド(イヴォンヌ・ミッチェル)」も、土曜に彼女が赤ん坊の事を話しに来たと言っていて、喜んで家族にするつもりだったとの事でゲス。

「ミルドレッド」には船乗りの夫がいて、留守中は双子を実家で育てていましたナ。

「サファイア」は高級下着店の常連で、一度、背の高い黒人と来店した事が判ったんでゲス。

「ポール(ゴードン・ヒース)」という黒人の法科学生と踊っていた事も判りましたナ。

「ポール」が調べられ、今は弁護士の「ポール」は「サファイア」が白人と結婚するっていうんで絶交したと言っていてアリバイもあったでゲス。

んが、「ハザード」警部は、「ポール」がナイト・クラブで「サファイア」の事から「ジョニー(ハリー・ベアード)」っていう黒人とケンカしたと聞き込んで、「ジョニー」が容疑者として捕まりましたナ。

「ジョニー」は犯行を否定したんだけど、「ジョニー」の部屋から「サファイア」が半分破った写真の完全なプリントが出てきたんでゲス。

相手は彼だ。

短刀とワイシャツが出てきた。

血は「サファイア」のと同型だった。

「ジョニー」は犯人か?・・・。





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先出の2作品「血を吸う・・・」と「ザ・ダムネド」は数年前に鑑賞済みだったんだけど、「サファイア」は未観だったので、コノ度やっと観れて嬉しかったなぁ。




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作品オープニング、死体から始まるところにゃぁ、俺みたくな”映画好き”からするとニヤニヤとさせられて嬉しい作品でゲス。




”潜在的人種差別”、”保守・排外意識”が結婚を巡って浮き彫りになっていく構図も良かったなぁ。





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んでもネ、のっけのシーンのバックで流れてる曲がサ。

「モダン・ジャズ」

しかも”スウィング”してるじゃぁないの。


確かにアノ頃「モダン・ジャズ」を映画で使うのはヨーロッパ作品じゃぁ流行ったけどサ。


作風に合ってない様な気がしたのは俺だけでしょうかネ。


まぁ、内容が良かったのでOKとするでゲス。



ってなところで、今回はココ迄ですナ。



んじゃぁ、又。




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2020年9月7日 15時05分54秒 (Mon)

MOTOWN GIRLS

今回は大好きな「タムラ・モータウン」レーベルの、

”女声シンガー&グループ”

のUpでゲス。


先ずは、初期「タムラ・モータウン」レーベルを代表する、

「ザ・マーヴェレッツ」

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で、1960年にミシガン州のハイ・スクールで結成されたグループで、「ザ・ビートルズ」や「カーペンターズ」等のカヴァーでお馴染みの、

「PLEASE MR.POSTMAN」1961年
 


が、デビュー曲にしていきなり全米1位の快挙となって、ソノ人気に火が付くと共に、記念すべき「タムラ・モータウン」レーベル史上最初の全米ナンバーワン・シングルとなったんでしたナ。

彼女達は他にも、

「BEECHWOOD 4−5789」1962年 (大好き!!!!!)
 


や、

「PLAYBOY」1962年
 


なんかもヒットさせてたでゲス。



続いては、

「メリー・ウェルズ」

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で、彼女も初期「タムラ・モータウン」レーベルを代表する”女声シンガー”で、1943年デトロイト生まれで、17歳の時にレコーディングした”自作曲”の、

「BYE BYE BABY」1961年
 

が全米45位のスマッシュ・ヒットを記録したのを皮切りに、

「TWO LOVERS」1962年
 


なんかも、全米7位のヒットをしたんだけど、何といっても、

「MY GUY」1964年
 


の全米1位のビッグ・ヒットでピークを迎えるんだけど、ソノ直後に「20thセンチュリー」レーベルへと電撃移籍しちゃうんですナ。



続いては、

「マーサ & ザ・ヴァンデラス」

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で、リーダーの「マーサ・リーヴス」は「タムラ・モータウン」レーベルのA&Rディレクター「ミッキー・スティーヴンソン」の秘書として働きつつレコード・デビューのチャンスを窺っていたところ、「マーヴィン・ゲイ」のバッキング・ヴォーカルの仕事が認められて夢を実現させたんでゲス。

「HEAT WAVE」1963年
 


を全米4位、続く、

「QUICKSAND」1963年
 

を全米8位、んで翌年の、

「DANCING IN THE STREET」1964年
 


を全米2位、っていったトップ10ヒットで人気は決定的になりましたナ。

彼女達の魅力は何といってもノリノリの”ノーザン・ビート・ナンバー”で、ソノ殆どが、ヒットメイカーの”ホーランド=ドジャー=ホーランド”のペンによるもので、「マーサ」のパンチの効いたヴォーカルとの相性もバッチリでゲス。



続いては、

「ザ・スプリームス」

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で、デトロイト在住の「ダイアナ・ロス」と「メリー・ウィルソン」、「フローレンス・バラード」で「ザ・プライメイツ」っていうグループを作ったのが結成のきっかけになって、1961年グループ名を「ザ・スプリームス」って改めてデビューするんだけど、ソノ後2年間は鳴かず飛ばずでしたナ。

んでも、1963年に、

「WHEN THE LOVELIGHTS STERTS SHINING THROUGH HIS EYES」1963年 (大好き!!!!!)
 


がスマッシュ・ヒットになると、

「WHERE DID OUR LOVE GO」1964年
 


「BABY LOVE」1964年


「COME SEE ABOUT ME」1964年


「STOP! IN THE NAME OF LOVE」1965年



ってな曲を立て続けにチャートのトップに送り込んで、ソノ後も、

「YOU CAN’T HURRY LOVE」1966年 (大好き!!!!!)
 


なんかも全米1位のヒットさせて、「ポピュラー・ミュージック」史に燦然と輝いているでゲス。

何せ、コノ時期にゃぁ所謂”ブリティッシュ・インヴェイション”ってな「ザ・ビートルズ」等のイギリス勢の猛攻があった事を思えば、ソレはそれは本当に凄い事だと思いますナ。



最後は、

「ブレンダ・ホロウェイ」

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で、1962年に「ドナ」レーベルから出したシングル盤が不発で、1964年に「タムラ・モータウン」レーベルと契約したんだけど、カリフォルニア出身の彼女はソノ時未だ17歳だったそうでゲス。

デビュー曲の、

「EVERY LITTLE BIT HURTS」1964年



は、そんな若い女の子らしくないディープな雰囲気を持った「ソウル・バラード」で、全米13位のヒットをして、他にも、

「YOU’VE MADE ME SO VERY HAPPY」1967年


がタマランですナ。


「EVERY LITTLE ・・・」は「ザ・スペンサー・デイヴィス・グループ」が、「YOU’VE MADE ・・・」は「ブラッド・スエット&ティヤーズ」がカヴァーしていて、どちらもカッチョイイでゲス。


俺ネ、「ザ・スプリームス」と「ブレンダ・ホロウェイ」が「タムラ・モータウン」レーベルの”女声シンガー”じゃぁ1番好きですナ。



まぁ、こんなところで。


んじゃぁ、又。



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プロフィール

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自己紹介
WW2以降1970年代迄の”映画”、”音楽”、”ファッション”等などが大好きな、

”「BEAT」野郎”

で、特に1950年代が大好物でゲス。

岐阜で「MEMPHIS」っていうアメカジ店を2010年1月末日迄やってましたが、現在は家業をついで”製帽業”をしてますヨ。(「CA4LA」、「ポール・スチュアート」、「ザ・スコッチ・ハウス」、「コムサ・デ・モード」等より仕事を頂いているでゲス。)

他にも個人的に「MEMPHIS工房」として”帽子”製作、販売していますヨ。(コチラは出来上がり次第「作品集」のコーナーに随時Upしますのでご覧くださいませ、ませ。 詳細のお問い合わせ承りますので、お気軽にどうぞ。)

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